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砂獄の虚王宮 ~砂守りの竜~  作者: 牧田紗矢乃
第一章 ・ 洞窟の奥に

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1

 朝一番に、レハルキッシュは学校へ行くと言って元気よく家を飛び出した。

 だが、本当のことを言えば、彼には学校へ行く気など全くと言っていいほど無かった。

 レハルキッシュは迷うことなく砂地にある建物の間を駆け抜け、あっという間にそこ(●●)に辿り着いてしまう。


 町の外れにあるそこは、――『禁域』と呼ばれる森の前だった。




 禁域の森は普段は結界魔法が施されており、全てものの侵入を拒む。


 しかし、その状況も今だけは違っている。


 数日後に迫った祭礼のため、二週間ほど前に都から上級神官がラーオリエへ派遣されてきた。

 都から派遣される上級神官のみが禁域の森の結界を解くことができるのだが、今回派遣されてきた神官というのがどうも怠慢な男らしい。


 本来ならば、森を出るたびに結界魔法を施し直して他の者が立ち入れないようにする必要があるのだが、その神官はそれをしなかった。

 だが、禁域の森には立ち入ることができないと信じ込んでいる村の人間たちは、森に入るどころか近付きもしない。

 そういった意味ではその神官の狙いは当たっていたのかも知れない。


 ――それも、たった一つの例外を除いての話だが。


 たまたま禁域の森の近くで遊んでいたレハルキッシュは見てしまったのだ。都からやってきた壮麗な衣装を纏った神官が禁域の森から出てくる姿を。


 その神官は、結界を張りなおす手間を惜しんでか、森へ向き直ることなくそのまま村の教会へ向けて歩き出した。

 その様子を見たラーオリエの若い神官は、驚いたような、焦ったような表情で上級神官を見遣った。しかし、立場上指摘することもできないのだろう。何度も口を開きかけては、高圧的な様子の上級神官の面構えに沈黙してしまっていた。

 そして、その若い神官は何度も不安げに背後の森を振り返りつつも、上級神官の後ろに続いて遠く街の中にある教会へと姿を消したのである。


 その一部始終を物陰から見つめていたレハルキッシュは、好奇心に背中を押されて禁域の森へ近付いた。


 結界により普段は侵入者を拒むその森は、丁度結界のある場所を堺にして満遍なく野草が生い茂り、道と呼べるものは存在していない。

 つい数分前まで神官たちが踏んでいたはずの草も、その事実がまるでなかったかのように直立していた。そして、そこから更に進めば、見上げるほどの高さがある木々が太陽の光を遮っていた。


 その光景にレハルキッシュは戸惑いを覚える。

 普段は芋や豆といった食用の植物しか目にしないレハルキッシュにとって、木というものが異質な存在であるためだ。


 レハルキッシュは勇気を振り絞って、足を踏み出した。


 いつもなら感じられるはずの、見えない壁に押し戻されるあの感覚はなく、レハルキッシュの足は楽々とその草地を踏みしめている。

 その感動に包まれながら、レハルキッシュは更にその奥深くへと足を進めていった。




 胸いっぱいに森の空気を吸い込んだレハルキッシュは、生まれて初めて「森の匂い」というものを感じた。

 若草の青々とした色と、地面に落ちる木漏れ日とが少年の心を躍らせる。マントや服が汚れるのも構わず、レハルキッシュは草むらの中に大の字になって寝た。


 あれだけ強そうに意志を持って上へ伸びていた草も、今は大人しくレハルキッシュの体の下に敷かれている。

 風が吹くたびにレハルキッシュの周りの草が揺れ、細長い草の葉が少年をくすぐった。

 草むらに横たわって見上げた空は、普段見ているような容赦のない太陽光を照射するそれとは違っていた。柔らかな日差しが木々の間から降り注ぎ、なんとも言えず心地よい。


 優しい森の空気を堪能したレハルキッシュが大きく伸びをして体を起こすと、自分が寝ていた所の草だけが倒れているのが目に入った。

 それはレハルキッシュの体のあった位置を、どんな姿勢でそこにいたかまで含めて明確に示している。


 それを見た瞬間、レハルキッシュの中に後悔が湧き上がってきた。

 迂闊な行動のせいで、神官たちに自分がしたことがばれてしまうのではないかと恐れたのだ。

 もし禁域に侵入したと知れれば、どんな処罰が与えられるかも分からない。そんなことをした者の前例がないからだ。


 今の代の国王が非常に厳しい人物で、これまでもいとも簡単に多く者を裁いているという噂は漏れ聞いている。そういった人物であるならば、相手が子供だからといって情状酌量してくれるということも確率としては非常に低い。

 何よりも困るのは、自分がしたことで他の家族に迷惑をかけてしまうことだ。母も怒りはするだろうが自分を責め立てるような事はしないと思われた。

 だが、その優しさに甘えるのも大概にするべきだろう。


 長考の後、レハルキッシュは他の草まで倒さないようにと慎重に立ち上がる。そして、地面にくっきりと残る自分のいた痕跡を隠すように足で周りの草を立て直すと、逃げるようにその場を離れた。




 森から出る時も、レハルキッシュは注意を怠らなかった。

 木々の隙間からようやく見え始めた茶褐色の街並みを行く、ともすれば同化してしまうような色のマントを羽織った人影を見落とさぬように視線を巡らせながら、ゆっくりと結界のあるべきラインを踏み越える。


 草木が適度な湿度をもたらしてくれていた森とは正反対の埃っぽい空気に、咽喉が張り付いたようになって咳が出た。

 木がないために、この国には木材というものがほとんど流通しておらず、ほとんどの家が石や粘土を固めて作られている。

 そのせいで、風が吹くたびに砂埃が舞い上がってしまうのだ。それに加えて、町の外から吹き込んでくる砂漠の砂も住人たちを悩ませていた。


 砂漠で暮らす上では避けられないことであったが、住宅が砂に埋もれてしまうことは誰しもが身近に感じる不安の種になっていた。

 それを防ぐために防御魔法を使う者もあったが、魔法を使うというのは非常に体力を消耗する行為である。ほとんどの者は、酷い砂嵐の時以外は箒を用いて自宅の敷地から砂を掃き出していた。中には、当番制で除塵を行う地域もある。


 また、あまりにも空気が乾燥しているので、地下水脈まで乾ききってしまっているのではと異国の者たちから誤解されることもあったが、こんな土地でも、運が良ければ井戸を掘れば少し濁った水が出る。

 それを浄化魔法の使える者が浄化し、生活用水として暮らしていた。その水は無償で他の住人たちにも分け与えられるので、浄化魔法の使える者がいないレハルキッシュの家庭も非常にお世話になっている。


 レハルキッシュは町の中心部に近い広場へ向かうと、そこに設置されている給水台へ進んだ。

 蛇口の下へ両手を合わせて差し込み、少し指を曲げて水を受ける準備をする。そして、レハルキッシュが定められた呪文を口にすると、その手に収まる量の水が蛇口から放出された。


 それを一息に飲み込めば、咽喉の違和感もかなり薄れる。

 小さく咳払いをすると、レハルキッシュは何事もなかったかのように自宅へ向けて砂埃の道を歩き始めた。

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