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Noir et Rouge 〜闇夜に開かれし宴〜  作者: 吾桜紫苑
第4幕 学院編入
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ルーフィア学院 〜Rouge〜

 レオニード先生に連れて行かれたのは、この間試験を受けた建物の、1番上の階。6階建てなのにエレベータもエスカレータも無いのを見て、本当に異世界だなあ、なんて思った。


 先生は階段を上って、廊下を1番奥まで進んだ先で止まった。綺麗な草の彫刻が施された、しっかりとした扉。ちょっと見ただけでも、簡単には入れないように、魔術がいっぱい施されてるのが分かる。学院長って、そんなに危ないお仕事なのかな?



「レオニードです。編入生を連れてきました」

 レオニード先生がドアをノックして、のんびりした声でそう言った。さっきみんなに声をかけていた時より、何か気の抜けた感じがする。


 そんな感想を抱いていると、ドアがかちっと音を立てた。びっくりするより先に、ドアが勝手に開く。


「どうぞ、お入り下さい」

 優しそうな声。低さからして男の人だけど、声音がまるで女の人みたいだ。


「失礼します」

「えっと、失礼します」

「失礼しまーす」

 ノワとユハナの挨拶を真似て、みんなでドアをくぐる。中で待っていたのは、腰まで届くような鈍色の髪に青い瞳の、とても優しそうな人。その人が、口を開いた。



「王立ルーフィア学院へようこそ。学院長のローラン=ミミル=ベクレルです」



 さっきと同じ優しそうな声が名乗るのを聞いて、私達は一斉に頭を下げる。


「ユハナ=ヴァロ=パーヴォラです。今日から宜しくお願いします」

「ダンスーズ・フージュでーす。よろしくお願いします」

「ノワールです。今日からお世話になります」


 あれだけミア達に釘を刺されていたのに、ノワは結局フルネームで名乗らない。学院長——ローラン先生もそれに気付いたみたいで、首を傾げている。


「移民といえど名字はあるはずですが……試験でも、ノワールとのみ書いていましたね」

「俺もそうとしか名乗られていませんねー。何でだ?」


 レオニード先生も不思議そうに尋ねる。ノワは微妙に嫌そうな顔になり、小さく息をつく。


「フルネームはスブラン・ノワールです。名前が嫌いなもので」

「嫌い? なんだそりゃ」


 怪訝そうに首を傾げるレオニード先生を見て、私とユハナは顔を見合わせ、くすりと笑う。理由は言わないだろうなあ。


「……貴方の過去に何があったのかは分かりませんが、名前は親が付けてくれる、唯一無二のものです。そう嫌がるものではありませんよ」

 でも、事情を知らないローラン先生は、すっごく真面目な口調でそう言った。それを聞いたノワの目が、ちょっと細まる。

「……心に留めておきます」



 ノワがそう返すのは、意外ではない。魔法士協会で色々言ってくる人に対しても、いっつもこの言葉で答えていた。そう言ったノワが、本当に真に受けていた事なんて、1度もないんだけど。



 けど、そんな事を知るはずもないローラン先生は、にこりと笑って頷いた。

「さて、お掛け下さい。この学院について、いくつか説明します」


 手で示されたソファに、3人並んで座る。ふかふかなソファの感触を楽しんでいると、お茶が出された。熱い紅茶を啜りながら、先生の話に耳を傾ける。



「貴方達がどこまでこの学院について知っているか分かりませんので、基本的な事から説明します。

 王立ルーフィア学院は、ルーラ国に3つしかない、国直轄の学院です。このカラルの街にあと2つの学院も集まっていますが、当学院が最も大きく、歴史ある学院です。

 学院は7年制で、ミスタ・パーヴォラは2年生、ミスタ・ノワールとミス・フージュは5年生へと編入になります。毎年学年末に試験があり、それに通らないと学年を上がる事は出来ませんから、そのつもりで」


 そこで言葉を句切ったローラン先生は、何故かレオニード先生と目を合わせて苦笑した。どうしたのかなあと首を傾げると、ローラン先生は優しい笑顔を浮かべて続ける。


「……もっとも、貴方達の今の成績を見る限り、今年度落第することはまず無いと言えるでしょう。けれど気を抜かず、しっかり勉学に励んで下さいね」

「はーい」

 元気よく返事して頷くと、先生達は表情を綻ばせて頷き返してくれた。


「その制度だと、いつまで経っても学年を上がれない生徒が出てくるのではありませんか?」

 唐突なノワの問いかけに、ローラン先生は当然って感じで頷く。


「ええ、大抵の生徒は3,4年生が限度ですね。祓魔師や魔法使いの資格は、狭き門です。学年を上げたところで、資格試験に通れないのでは意味がありませんから、そこは妥協しません。無理に上の学年に行って無茶をすれば、体を壊しかねませんし」


 隣に座るユハナが、小さく身動ぎした。ちらっと見ると、ちょっと強張った顔をしている。

 体を壊す、という言葉に怯えたみたいだ。私は魔法で無茶する事の危険性を、何度も何度もノワに教え込まれたから、特にびっくりはしない。



 ……私に言い聞かせるくせにノワは無茶するじゃん、と言うと、ノワはいっつも聞こえないふりをするんだけど。



「大丈夫ですよ、ミスタ・パーヴォラ。そうならない為に、私達教師が皆さんの素質を見極め、無理をさせないようにしているのですから。試験は、その一環でもあるのです」

 ユハナの様子に気付いたローラン先生が、優しい声でそう言った。それを聞いたユハナが、ほっとした感じで頷く。



「……学年を上がれずに中途退学した生徒は、魔法を扱えないのですか? 何年もかけて、魔法を学んできたのに」


 淡々と尋ねるノワは、妙にひっかかる言い方をしている気がする。否定的って言うのかな、質問の仕方が何となくいじわる。



「いえ、退学した彼等は、修めた学年に応じて、魔法使用許可証を発行することが出来るのですよ。攻撃魔法や魔法の研究は許可されませんが、生活で使用するようなちょっとした魔法——灯りとしての火を付けるなどです——は使えます。この資格にも何段階かあって、レベルに応じて仕事の枠も広がります。高いレベルになれば、城仕えも可能ですね」


 けれどローラン先生は、ノワの言葉の棘には気付かなかったかみたいで、にこやかに説明してくれる。それを聞く限り、魔法士の、8〜10級くらいかなあ? は、祓魔師や魔法使いとは別扱いみたいだ。



「それから、5年生以上は、国の許可を得ているギルドからの依頼を受け、魔物の討伐に行くことが出来ます。依頼を達成すれば褒賞金が渡されますし、結果に応じて成績に加算します。お小遣い稼ぎ、成績を上げる目的で依頼を受ける生徒は多いですよ」


 ノワや私が学院へ行くことを辛うじてOK出来る理由である、この制度はとっても大事だ。手を上げて聞いてみる。


「依頼はギルドで受けるんですか?」

「いいえ。校舎の掲示板に、依頼書が貼り出されています。ギルドの依頼全てを受けているわけではないのですよ。私達教師の審査を通過したものだけを、掲示板に貼り出しています。各生徒が自分に合った依頼を選び、職員室にそれを提出することで、依頼を受けた事になります」


 その言葉に、大きく首を傾げる。何でそんな面倒くさい事するのかな。自分で選べば良いのに。


「どうかしましたか?」

 私が首を傾げたのを見て、ローラン先生も小さく首を傾げる。うん、分からない事は訊くのが1番だよね。


「何で、わざわざ先生達が審査するんですか?」

「何でだと思う?」

 ローラン先生が質問に答える前に、レオニード先生が割り込んできた。質問し返されて、ちょっと考える。


「んー、危険すぎる依頼を外してるんですか? でも、それって見れば分かりますよね?」

「そうだな、でもそれもある。半分正解だ。筆記とは違って50点」


 何となくからかわれてる気がして、レオニード先生を、軽く睨むように見上げる。先生はすっごく楽しそうな顔で、今度はユハナ君に目を向けた。


「ユハナはどう思う?」

「僕もフージュと同じ答えだったのですが……ええと、依頼内容が偏らないため、ですか?」

「それもあるな。2人で60点」


 にやにやという感じの笑顔でそう言って、レオニード先生がノワに目を向ける。


「んじゃ、ノワールにこの回答を満点にしてもらおうかね」

 話を振られたノワは、慌てる様子もなくさらりと答える。


「信用性の低い依頼に生徒がひっかからない為、そして、生徒が受理した依頼を、教師陣がきちんと把握する為」


「お見事」

 楽しそうな笑顔。でも、私には意味が分からなくて、私はノワの袖を引いた。


「ねーノワ、どういう事?」

「後で説明してやる。学院の説明の途中だ、それを先に聞くぞ」

「えー、教えてよ」

 素っ気ない答えにちょっと粘ってみると、レオニード先生が口を挟んでくれた。

「言ってやれ。どうせあと少しで説明は終わるしな」

 ノワは軽く眉を上げてから、私達に向き直った。


「ギルドでは、簡単な手続きで誰もが依頼出来る。依頼内容のランク分けや、ランクに報酬が相応しいかの確認はするが、内容そのものの審査はない。そこにつけ込んだ依頼も存在するんだ。重要な情報を隠したり、リスクを伏せたりする事で、ランクを引き下げ、不当に安い金で人を雇う。プロならその辺りを見分けるが、学生には厳しい。それを狙って学生をカモにしようとする奴もいるしな。違約金狙いで」

「あー、危ないね、それ」



 何となく分かった。たまに私達の所にも、そういう依頼が来てた。普通の依頼に見せかけて、無茶苦茶危ない仕事だったり、普通レベルの化け物に目が行って気付かなかった事にして、厄介な化け物もついでに祓わせようとしたり。そうした予想外の出来事に手間取ったせいで本来の依頼を果たせなければ、失敗したんだからお金払えって言ってくる。


 そういう嘘にノワが引っかかるはずもなく、直ぐにばれてたけど。うん、ヴィルやミアはあっさり騙されそうだ。



「そして、高ランクの魔物の討伐を連続で行っていないか、教師は監視したい。レベルの高い学生ならば、ある程度高ランクの魔物でも倒せる。だが、調子に乗って連続で討伐に向かえば、当然疲労が蓄積する。魔力量の限度もあるしな。全ての学生がその辺りの判断を適切に下せるわけではないから、教師が見張る」

「何で、連続で高ランクの魔物を狩るの?」

「金になるし、好成績を狙っているんだろう。違いますか」


 最後の言葉は、レオニード先生に向けられたもの。ノワに合わせて顔をそっちに向けると、先生は軽く手を叩いた。


「流石だな。よく見えてる」

「フージュには、以前教えたのですが。この手の交渉が面倒だからと、俺に全て任せていたツケが出ましたね」



 軽く眇められた目に睨まれ、首をすくめる。ノワの言う通り、いっつもノワがやってたから、そういう判断の仕方とか、全然覚えてなかった。



「……ああ、確かに移民には必須の知識かもな。冒険者登録すらしてなかったんなら、それこそふっかけられるだろうし」


 納得したように頷くレオニード先生。その先生に、今まで黙っていたローラン先生が穏やかに声をかけた。

「もう良いですか、レオニード先生?」

「ああ、大丈夫です。横からすみませんね」

「いえ、お気になさらず」

 穏やかな顔で首を振って、ローラン先生は私達に向き直る。


「少し話が逸れてしまいましたね。ミス・フージュ、質問の答えはこれで良いでしょうか?」

「はい」

 頷くと、先生はにこりと笑って口を開いた。


「では、続けましょうか。といっても、もうほとんど言う事は残っていませんが。

 この学院での生活における、注意点を説明します。まず、服装ですね。今皆さんの着ている制服は、学院内では必ず着ていて下さい。休みの日に、何か用事があって来る時もです。保護服は魔法薬学で、防護服は魔法実技の授業と魔物生態学の実習の時に着て下さい。更衣室は校舎の各階にあります。防護服は、他にも着る機会がありますが……今は説明する必要も無いでしょう」



 そこでにこりと笑うローラン先生は、何故かちょっと悪戯っぽい感じがした。何なんだろう?


 けど、ノワはあえてそれを追求せず、黙って続きを待ってる。問題があればノワが黙っているわけないから、私も何も訊かない事にした。



「次に魔法の行使についてですが、授業中は教師の指示に従い、求められた魔法のみを使って下さい。必要の無い魔法は使わないように。授業外では、さして制限はありません。殺傷能力のあるものは禁止ですが、その他はご自由に」

「使って良いのですか? 危険ではありませんか?」


 ユハナはびっくりしたように聞き返す。確かに、暴走とか暴発とか、怖いよね。私はノワが側にいて止めてくれるけど、いつでも先生が校舎にいるわけじゃないんだろうし。


 けれどローラン先生は、笑いながら首を振った。

「大丈夫ですよ。校舎には魔法がかけられていて、破損の心配はありえませんし、魔法が暴発すれば直ぐに沈静化する魔道具もあちこちに設置してあります。日常で使用するのが、身に付けるには最も効果的ですから。普段の魔法使用は、私達も推奨してます」

「魔力切れは自己責任な。どこまで使えるのか判断するのも勉強、って訳だ」


 レオニード先生の説明も合わせて、なるほどーと頷く。うん、私もマスターのお屋敷でいっぱい使って上手になったもんね。



「…………」

 ノワは一瞬何か言いたげな顔をしたが、結局何も言わずに頷く。気になることはあるけど、まあ良いか。そんな声が聞こえてくるみたいだ。



「勿論、本当に危険な状態になれば、教師が直ぐにその場に向かいますよ。その点は、安心して下さいね」

 けど、ローラン先生はノワの言いたいことが分かっていたみたい。ノワを真っ直ぐ見て、はっきりと言い切った。



「貴方が心配するような事は絶対に起こりませんよ、スブラン・ノワール」



 その言い方は、どことなく不敵で。安全を保証するだけのはずの言葉が、何かを宣言している感じだ。


 ぴりりと、緊張した空気。肌にはっきりと感じるそれは、ローラン先生から放たれる、息が詰まるほどの魔力の波動。


 ノワの言いたかった事も、それに対するローラン先生の答えも、分かった。ローラン先生は、ノワが、「闇の魔力属性の生徒」が、仮に暴走したとしても、必ず止めてみせる、と言い切ったんだ。その力の一片を見せつけて、はっきりと。

 ——暴走すれば、責任を持って殺す。今のは、そう言われたのと同じだ。



「……それは頼もしいですね、学院長」



 けれど、ちょっと目を細めて先生を見つめていたノワは、ただそれだけを言った。その目も、声も、少しも揺らぐことなく、ノワの意思を見せつけている。

 ——その日が来ることは、絶対にあり得ない、と。



 静かな、緊迫した時間が、しばらく流れた。誰も何も言わず、身動ぎ1つしない。



 これがいつまで続くんだろうと思ったその時、ふうっと、ローラン先生が息を吐きだした。同時に、部屋の空気が一気に緩む。



「ええ。学院の教員は、本当に優秀ですよ」

「そのようですね」


 ローラン先生が笑顔でそう言って、ノワもそれに頷いて応じる。きっと、今日はこれでお終いだ。


 私のそんな勘を後押しするように、レオニード先生が口を開いた。

「説明はそんなもんじゃないですか、ローラン先生。そろそろ行かないと、編入生を楽しみにしている生徒達が、ここに突撃しかねませんよ」

「ああ、そうですね。つい長々と話してしまいました。年寄りの長話を許して下さいね」


 にこやかな笑顔のまま頭を下げるローラン先生に、ノワも丁寧に頭を下げ返した。


「いえ。こちらこそ、いろいろと質問が多くてすみません。分かりやすい説明をありがとうございました」

「ありがとうございました」

「ありがとうございましたー!」


 ユハナも私も、後に続く。それを見て笑顔を深くしたレオニード先生が促すのについて、私達は部屋を後にした。


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