生徒 〜Noir〜
広々とした建物は、やはり先日と異なり活気がある。学期が始まり生徒が集まっているのだから、当然の話だが。
校門から生徒の流れを見ていると、予想通り校舎と研究棟は途中で別れているらしい。全員等しく門から続く道の途中で左に曲がっている。その後3手に別れているが、体格や魔力量から察するに、あれは学年で分けているのだろう。
編入初日。先日の夕刻に届いた制服を身に纏った俺達は、試験の日にアダモフから、試験の時と同じ建物に行くように言われていた。
例の建物は生徒達が向かう3つの校舎とは異なる事から、あの時の校舎は教員用なのだろう。ミアとヴィルヘルムが、俺達を学院長室まで案内するように、と指示を受けてもいた。
ここまで何をすべきか分かっているのに、未だ校門の前でぼんやりと生徒の歩いて行く様を見ている理由は、他でも無い。
「ミア! 貴方休みの間中連絡もしないで、何してたのよ!」
「心配したんだからね!」
「ヴィル、お前いつ帰ってきたんだよ。ちょっと声かけてくれれば、この間のパーティ誘ったのに」
「まーた妹に構ってたのか? 相変わらずだなあ」
久しく友人に連絡していなかったらしい兄弟が、学友達に囲まれて、身動きが取れなくなっているのだ。
「凄い人の数……」
「学校はそういうものだ」
その数と活気に驚いたのか、フウが珍しく気後れている。常にマイペースなこいつでも、慣れない騒ぎは辛いらしい。普段、ここまで騒がしい場面に放り込まれる事なんて無い為だろう。
……気持ちは分かる。俺も少し辟易しているのだから。
「あれ、その子達、誰?」
そこでようやく、学友達の1人が俺達に気付いた。人が集まりだして直ぐに輪から離れた場所へと移動したから、今まで視界にも入っていなかったのだろう。
だが、1度意識に昇れば、真新しい制服を着た、見た事もない3人を無視するなど、まずありえない。言葉を切欠に、全ての目がこちらを向くのは予測できる事だった。慌てず、彼らを見返す。
ユハナとフウへは好奇の視線、俺には奇異の視線。
やはり、黒目黒髪は珍しいようだ。恐怖を見せる者は少ないから、これが闇の魔法特性を示すと知る奴はそう多くないようだが、常人と大きくかけ離れた色なのには変わりない。不気味なものを見る視線もあるのは道理だろう。
しかし、視線が好意的かどうかは、この場合問題では無かったらしい。初めてこれ程の視線に晒されたフウとユハナが、同時に俺の後ろに隠れた。
「えっと……」
声を掛けようとしたのだろう、1歩進み出ていた少女が困ったような顔になる。自然と視線が合い、相手の困惑はますます深まった。
彼女にしてみれば、後ろの2人に話しかける流れで、少しずつ距離を測りたかった俺が対応するのは、想像の埒外だったのだろう。あからさまな動揺と困惑と、僅かな怯えが読み取れた。
溜息をついて、手を後ろに回す。そのまま2人の襟元を掴み、ぐいと前へ出した。
「挨拶」
直ぐに戻ろうとした2人にそう告げると、ユハナは貴族の子供として、フウはこれまでの教育の成果で、同時に動きを止めた。少し間を置いて、少女達に向き直る。
そのタイミングを捕らえ、ヴィルヘルムが俺達を紹介した。
「1番小さいのは、僕達の弟のユハナ。後の2人はうちのお客で、僕達の命の恩人。3人とも、今日からこの学院に編入するんだ」
その言葉に、再び群衆がわっと騒ぎだす。
「あれ? 弟、もう大丈夫なのか?」
「わあ、可愛い子だね〜」
「ちょっと、命の恩人ってどういう事、ミア!」
騒ぎの中心に放り込まれるのは、予想以上に煩わしいものだった。煩いし、誰もが口々に好き勝手言うせいで、答える側は何も言えない。
が、何が切欠だったのか、ふとフウの緊張が解けた。近くで声を掛けた女子生徒に、自己紹介をする。
「初めまして、ダンスーズ・フージュです。フウって呼んでね」
「えっと、ユハナです。兄と姉が、いつもお世話になってます」
フウの行動に後押しされたらしいユハナが、後に続いた。2人の言葉に、人々が再び沸く。
「かわいー! フウって言うんだ! よろしくね!!」
「ユハナ、元気になって良かったな」
フウには歓迎の、ユハナには顔見知りから回復への祝いの言葉が浴びせるように降りかかった。2人はようやくこの喧噪に慣れたらしく、いつも通りの態度に戻り、それなりに楽しそうに会話を交わしている。
ひとまずこの場の雰囲気に馴染めたようだ、と思ったのも束の間。
「——でもさ、何でここに、闇属性の人がいるわけ?」
唐突に響いた硬質の声に、喧噪はいきなり静まりかえった。この外見の意味を知った視線の数々が、俺に集中する。
「……だから、客人だよ。元々移民で、僕が休みに旅していた時、助けてくれた。その報酬も兼ねて、ここへの編入を提案したんだ」
焦りを抑えた声で、ヴィルヘルムが答えた。それに応えたのは、再び硬質な声。
「移民なだけならともかく、闇属性なんて国中で避けられてるじゃないか。何でよりにもよって、ここに編入させようなんて考えたんだ? 馬鹿だろ」
声の主に目を向ける。敵意を孕んだ赤い瞳と視線が絡んだ。髪も赤に近い茶髪の少年は、敵意を隠そうともせずに続ける。
「なあ、侯爵家にどう取り入ったのかは知らないけどな、ちょっとは自分の立場ってもんを弁えたらどうなんだ?」
立場、ときたか。別に闇属性だからといって、差別されるいわれはないはずだが。ラルスの言っていた、「闇属性は血も涙もない殺人鬼」というのを、彼は信じきっているのだろう。
それの是非はともかく、まずは現状をそれなりに改善しなければならないか。
「おい、無視かよ」
黙ったままの俺に苛立ちを募らせたらしい少年が、声を荒らげた。ひとまず答える。
「この学院は、学ぶ意欲のあるものなら身分関係なく門戸を開くと、常々公言していると聞くが」
とりあえず正論で始めると、少年は一瞬言葉を詰まらせたが、直ぐに言い返してきた。
「限度ってもんがあるだろ。ここには、将来国の重鎮になるような生徒がいっぱいいる。身元の知れない、それも闇属性の人間なんて、側にいさせるわけにはいかないだろ」
「危険だ、という意味か?」
アホらしい。こんな、直接幼い悪意をぶつけてくるようなガキ相手に、何かする気など起こるものか。
内心が声に出たのか、少年は顔を赤くして、早口で言い返してくる。
「当たり前だろ! 父上が言ってたぞ、闇属性ってのは人殺しを苦としない人種だって。呼吸するように人を殺せる奴が、何で野放しなんだよ!!」
「…………」
確かな正論に、どう返すべきかと少し言葉に迷った。
どうやら予想に反し、こいつの父親は、ラルスと同格の地位にいるようだ。父親は闇の魔法特性についての知識もあり、実際に対面した事があるのだろう。どうも言葉を受け取った本人が誤解し、正しく理解していないようだが。
……そもそも俺自身、ここに通うというのはどうかと思っている。魔法士の連中が聞けば血相を変えて止めかねないレベルの話なのだから。
が、今は正しいか正しくないかなど、どうでも良い。
「問題を起こしていないのだから、拘束されるはずもないだろう」
正論には、焦点をずらした正論で。とりあえずこの場を収めてしまえばいい話だ。この場合、こいつを黙らせれば問題無い。
「それが怪しい! それに、これから起こすかも知れないじゃないか!」
「そんな信頼の置けない人物を、侯爵家が客として迎え入れ、後見をすると思うか?」
「っそ、それは……」
ようやく勢いが弱まった。流石に侯爵家を貶めるほど馬鹿では無かったようだ。
「大体、ここに通う事を認めるかどうかを決めるのは、お前ではなく、学院長だろう。試験を受け、是と言われれば通えるし、拒否されたのならば通えない。それだけの話だ。違うか?」
そうとどめを刺すと、少年はありありと不満を顔に出しながらも、反論はしなかった。まあ、これで終わりで良いだろう。
視線を斜め前方に向ける。先程から成り行きを楽しげに見守っていた壮年の男性——アダモフと目が合った。
「レオニード先生!?」
彼の存在にようやく気付いたらしい生徒達が、驚きの声を上げた。表情に焦りが見えるから、おそらくは。
「登校時間、とっくに過ぎてるぞー。遅刻で点数減らされたくなければ、いい加減教室行けよ」
先生と呼ばれた男性がそう言うと、彼等は蜘蛛の子を散らすように、一目散に建物へと向かった。
「レオニード先生、おはようございます。学院長の下に伺うのが遅くなってしまい、すみません」
彼等が姿を消してまず、ヴィルヘルムが頭を下げた。それに合わせ、ミアも頭を下げている。
「んーいや、お前らも久しぶりだったろうしな。後は俺が連れてくから、お前らも教室行ってこい」
「はい、失礼します」
頷き、小走りで去って行く兄妹を見届けてから、アダモフがこちらに向き直る。
「屁理屈捏ねるの上手いな、お前」
「移民として生活していれば、それなりにトラブルに見舞われるので」
適当に答えると、アダモフは苦笑した。
「取り敢えず、ああいうのは適当にあしらっとけよ。下手に喧嘩を売るな。ガキでも、数集まると怖いぞ」
「覚えておきます」
ここの生徒が全員襲ってきたところで、何の苦もなく対処出来るのはまず間違いないのだが、ここで言う必要は無いだろう。ひとまずそう返しておく。
アダモフは、俺の返答にそこまで期待していなかったらしい。1つ頷いただけで身を翻した。
「さて、行くか。学院長殿がお待ちかねだ。特にノワール、お前をな」
「自分を?」
大方「あれ」について関心を持っているのだろうが、俺はそれを「知らないはず」なのだ。意外そうに聞こえるように声を上げてみせると、アダモフは顔を横に向け、視線だけを俺に向けて口端を上げる。
「ミアのみならず、新たな上位属性の持ち主だ。同じ上位属性である彼が、お前に興味を持つのは当然だろ?」
どこか楽しそうな教師に肩をすくめ、俺はフウ達を伴い、彼の後に付いていった。




