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Noir et Rouge 〜闇夜に開かれし宴〜  作者: 吾桜紫苑
第3幕 編入準備
86/230

街 〜Noir〜

「面倒な……」

「何がですか?」


 試しに盗聴してみたその内容に、思わず呟きを漏らした。耳敏く食い付いたミアに視線を向け、試しに聞いてみる。

「お前、闇の属性について、どこまで知っている」

 唐突な問いかけだったからか、翡翠の瞳を何度も瞬かせながら、それでも答えが返ってきた。

「然程詳しくはありません。それこそ、先日ノワールが説明していた程度です」

 そうだろうと思っていた。だからこそ、油断していたと言うべきか。


 学生の知識が、この程度。彼等が卒業すれば直ぐにでも資格を得られると聞いて、大人達の知識も大差無いだろうと思っていたのだが、どうやら甘かったようだ。


「あの、ノワール、何かあったのですか?」

 俺の様子から何かを悟ったのか、ミアが声を潜め、不安げに尋ねてくる。一瞬周囲に視線を向け、部外者に聞こえないよう声量を調節して、簡潔に答える。

「少し計算外の事態になった」



 まさか彼等が、「あれ」を知っているとは。闇属性の稀少さと、元の世界ですら協会連中がひた隠しにしていたという事実から、知るはずが無いと高をくくっていたのだが。


 ……どうやら、彼等の父親に1本取られたらしい。少し動きづらくなってしまった。


 余り好き勝手動き回らないよう釘を刺したつもりなのだろうが、こういう大事な事は、伏せられると流石に色々拙いのだが。



「計算外……?」

 が、途端に落ち着かない表情を浮かべる少女に、しまったと密かに舌打ちする。苛立ちを覚えたからと言って、こいつにそれをぶつけてしまうのは拙い。


「大した事ではないから気にするな。少し計算し直さなければならないのが、面倒なだけだ」

「……そう、ですか」

 納得いかないながらも頷く彼女を横目に、街の様子に改めて意識を向けた。



 石畳の道に、煉瓦や石造りの建物。


 それだけならば魔法士教会のある街によく似ているが、実際はあの場所とはかけ離れている。



 電気が通っている様子のない店。


 完全に手作業で作られているだろう衣服を纏う人々。


 所々に、魔法による創意工夫。


 そして——車の代わりに、魔物の引く馬車。



 ……見た限りどの魔物も十分に調教されており、家畜に近い扱いのようだから、害は無いと分かる。だが、やはり見ていて不快な事には変わりない。



「ノワも拘るねー。良いじゃん別に」

 俺の表情と視線から考えを悟ったらしいフウが、ちょっと不思議そうに声を掛けてくる。が、こればかりは俺の方が一般的な魔法士に感性が近い。


「俺としては、何故フウが平気なのかの方が不思議だ」

「別に気にならないよ?」

 納得のいかない返答だが、この世界に慣れるなら、これくらいで丁度良いのだろう。曖昧に肩をすくめ、それ以上の議論を避ける。



 あの後戻って来たアダモフに、ユハナは2年、俺達は5年の編入を認められた為、迎えに来た兄妹と共に、その足で必要な物を買い揃える事になった。

 何せ、新学期は2日後だ。制服があるらしいので、直ぐにでも注文しないと間に合わない。



「あ、そういえばさー、ノワ。魔力計った時のあれ、何の魔術?」

「声が大きい」

 ふと思い出したように尋ねてきたフウを軽く叱る。八百長を連想させる言葉を、そうも大きな声で言うものではない。


「魔術……?」

 不思議そうに首を傾げるミアを横目に、2人と、先程から会話に聞き耳を立てている兄妹だけに聞こえる音量で説明した。


「光が出る可能性があったから、それを隠しただけだ」



 見たところ然程精密な機械には見えなかったが、施設の魔道具が予想よりもレベルが高いものだったので、念には念を入れ、俺の身に僅かに流れているだろう、契約によるミアの魔力を隠した。


 光と闇の魔力が1つ身に存在する事は、本来ならばあり得ない事だ。事情に事情が重なって起こった、特殊例。協会が知れば直ぐにでもデータを取りたがるだろう。研究者揃いのあの場所に、人権の文字はない。


 この世界は魔法が全面に出ているのだ、それなりに実験倫理は整っているのだろうが、光属性というだけで動く研究機関が見逃すとは思いにくい。その為の措置だ。



 仮に誰かに聞かれても怪しまれない物言いを選んだ結果、兄弟はともかくフウにはよく伝わらなかったらしい。首を傾げて不満げな顔をしているので、仕方なく魔法陣の形を思念で送る。


「……あ、そっか。成る程ねー」

 何度も頷くフウを横目に、改めて周囲に視線を向ける。そこには数多くの視線があり、俺と目が合うと同時に逸らされた。



 今日は、カリナとミアに作らされた私服を身につけている。俺は装飾に興味が無いから、街の人間が着ているのと大差ないが、フウとユハナは違う。


 ユハナは貴族の次男らしく、刺繍や装飾が多く施された上着とズボン。藍色を基調とした服は、流石に侯爵家の作らせるものだけあって、非常にものが良い。


 ミアやカリナとさんざん試していたらしいフウは、裾や袖の部分を銀糸の刺繍で縁取ったグレーのドレス。貴族令嬢のような華美な装飾こそ無いが、赤のベルトを差し色にしているせいか、髪と相まって非常に人目を引く。


 どうやらフウは、この服を相当気に入ったらしい。今朝は出発するまで、人を捕まえては見びらかしていた。そのガキっぽい行動は、使用人達にはおおむね好評だったようだ。


 ……まあ、これは俺達が何もしてやらなかった反動なのだろう。魔法士の男が服装などに気を遣うわけもない。フウにそういう気遣いが必要だという意識すらなかった。



 それはどうでも良いとして、街の人々の質素な衣服と比べ、貴族の外出着は非常に目立つ。布の質が良いせいか、俺でさえ浮いているのに、こいつらの服と来たら、元の世界で、一般人の真っ直中で魔法を使うようなものである。


 更に、俺自身の色彩も理由だろう。黒髪黒目の意味は知らずとも、その異様さはフウ達とは違う理由で人目を引いている。最初、視線を感じる度にそちらに目を向け、怯えたように目を逸らされるのを何度か繰り返したが、そろそろ慣れた。



 それはともかくとして、問題は、身なりの良さで目立つという事は、自分達が金を持っていると常に宣伝しているようなものである、という点だ。 



 脇を走り去った少年が、ヴィルヘルムにぶつかったのを見て、動く。転びかけている少年を、腕を掴んで引き立たせた。


 少年は一瞬顔を歪めたが、直ぐにすまなさそうな顔を作り、ヴィルヘルムに頭を下げた。

「すみません、急いでいて」

 ややバランスを崩していたヴィルヘルムは、笑顔を浮かべて首を振る。

「いや、大丈夫だよ。怪我はない?」

「はい。本当にすみませんでした」


 そう言って走り去った少年を見届けて、溜息をついた。


「……親切ですね、ノワール」

 意外そうな声を上げたミアと、彼を柔らかな目で見送っていたヴィルヘルムに声をかける。


「お前ら、街中を歩く時はもう少し周囲に気を配れ」

「どういう事?」

 首を傾げるユハナの、3人を代表した質問に、端的に返す。



「全員、この辺りの浮浪児や移民の良いカモになっている。さっきから何度、財布を掏られそうになったと思う」



 目を付けているのはそんな雑魚ばかりでは無さそうだが、それは言う必要が無い。彼等が用があるのはおそらく俺で、彼等に用があるのも、俺なのだから。



「そうなのですか?」

 ミアが目を丸くして見上げてくる。それを見て、呆れて呟いた。

「……よく今まで何も取られずに済んだな」

「……もしかして、それでいつも、街に出るとお金が減るのかな? 買い過ぎなのかと思っていたんだけど」


 納得した、と言わんばかりのヴィルヘルムに、また溜息を漏らす。


「そうだろうな、さっきのガキもお前の財布を狙っていたし。ぶつかってバランスを失った拍子に財布を掏り取るなんて、基本中の基本だぞ」

「それで彼の腕を掴んだの?」


 頷くと、ヴィルヘルムは戸惑ったように頭を下げてくる。

「ありがとう、助けられたみたいだね」

「この世界の金を一切持っていない俺達の資金源は、今のところお前達だからな。とりあえず護衛の真似事はしてやるから、さっさと用事を済ませるぞ」


「ねーねーノワ、まだ着かないの?」

 街を眺めるのに飽きたらしいフウが、俺の言葉に重ねるように尋ねてくる。それにはミアが答えた。

「もう見えています。あのお店ですよ」


 指差された先には、一目で貴族御用達と分かる服飾店。


「制服くらい、どこでも頼めるんじゃないのか?」

 無駄に高い物を買うのもばからしい。そう思って訊くと、ヴィルヘルムが首を傾げた。

「いや、こういうお店で注文しないと。きちんと防護服としての役割を付加させられる技術を持っていないと駄目だからね」

「……それも、平民が学校へ通えない理由だろうな」


 服1つで、この辺りで暮らしている人間の数ヶ月分の生活費を持って行かれるだろう。移民問題以前の話だ。


「あ、それは違うよ。平民で魔力を一定以上持つ人は無条件で、そうでなくても魔法を学ぶ事を希望して、試験に受かれば奨学金が出されるから。その代わり、卒業後は国で働く事が強制されるけど」

「成る程な」


 そうやって、少しでも多くの優秀な人材をこの国に止めているわけだ。貴族達は外国へ行く事はあまりないが、平民にそういう縛りはない。そうでもしないと、とっとと他国へ行ってしまうのだろう。優秀であればあるほど、その傾向は強いはずだ。



 いかにこの世界において、魔法が重要視されているか分かるというものだ。



 そんな会話を交わしている間に、店の前まで辿り着いた。格子窓の奥には既製品が置かれていて、店の奥は見えないように工夫してある。採寸などをするためだろう。



 とりあえず買うものを買ってしまうべく、俺とユハナ、フウは店内へ。ミアとヴィルヘルムは、予め話を付けておいたらしい店員と二言三言話したかと思うと、その他の教材を買いに出て行った。


 先程注意したばかりだから大丈夫だとは思うが、買い物の途中で文無しにならないか、かなり不安だ。念の為に保護魔法を後ろからかけておくことにした。






 ……最近、こんな下らない事にしか魔法を使っていない気がして、少し情けない。


これで年内の更新は最後になります。


年の後半、余り更新出来ていなくて、本当にすみません。

それでも待っていて下さった方々、本当にありがとうございます。


来年もノワール達を宜しくお願いいたします。

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