編入生 〜Professeurs〜
三人称視点です。ノワール達は出てきません。
学期外にもかかわらず、その日の教諭室は多くの人で賑わっていた。
忙しい彼等を動かしたのは、興味。その対象は、王立学院10年来の編入生達である。
編入生自体珍しいというのに、それが3人。そのうち1人は学院の生徒の親族であり、彼が事情を抱えていたのは了解のうちだった為、誰も驚いていないが、後の2人は違う。
「……まさか、移民がこの学院に編入する日が来るとは思いませんでしたねえ」
お茶を飲みながらしみじみと呟くのは、魔法薬学の非常勤講師、ドクトル・ダーヴィット。ふわふわとした茶髪に映える深紫の瞳は常に穏やかで、言葉とは裏腹に、全く驚いている様子はなかった。
「全くです。彼等にはかなりの狭き門でしょうに……本当に合格する算段はあるのでしょうか?」
眼鏡の位置を直しながらそれに答えたのは、占い学教諭、アシュレイ=エレオノーラ=ブルック。鮮やかな青い髪をかき上げ、けぶるような黄色い瞳を総合研究棟——話題の3人が試験を受けている場所へと向けた。
移民が、王立の学院に編入する。それは今まで不可能とされてきた事だった。毎日の糧を得るので精一杯の彼等に、条件を満たすだけの資金も知識も、手に入れようがない。それが、常識だった。
……が。
「そうでなければ、あのパーヴォラ侯爵が推薦状を書きますまい」
ゆるりと首を振り、魔法理論学教諭のエイノ=ユハニ=ヘイスカネンが淡々と事実を述べる。それを聞いた職員一同は、皆ゆっくりと頷いた。
パーヴォラ侯爵家。たった数代前から頭角を現したこの家の現当主は、祓魔師としての実力と優れた政務能力故に、枢機院の一員とまで認められた。常に穏やかな態度ながらも、時に非情な判断を下すのも躊躇わない彼が、私情や曖昧な理由で移民を保護し、学院への入学を援助するはずもない。
つまり、彼に擁護されている時点で、かなりの実力と有用性を認められているのだ。
それに。
「……闇属性の子が来るのは、一体いつ以来でしょうか」
アシュレイの呟きに、ドクトルは顎を擦る。
「さて、あれはいつの事でしたかのう……。儂もまだ、相当に若かったと思いますが」
「……どのみち、その子は「違った」でしょう?」
エイノの言葉が指すものに気付き、その場にいたものは次々と声を上げた。
「エイノ先生、それは……」
「まさか、あの移民が?」
「そんな事が……」
闇の属性の人間が持つ、ある可能性。属性を持っていても、「それ」を発現させる可能性は限りなく低い。様々な意味での素質が必要になるからだ。
「まだ、分かりません。ですが、可能性がある以上は考えておくべきかと」
冷静に答えるエイノは、黄緑色の瞳を天井に向け、吐息をついた。
「今、レオニード先生が彼の全てを精査しているでしょう。筆記が良くても実技が良くても、彼が己を律する事が出来なければ、「そう」であろうとなかろうと、純粋な闇属性の子を受け容れるわけには行きません」
「そうでしょうか?」
エイノの言葉に誰もが同意しかけた時、穏やかな声が疑問を投げ掛けた。その場にいた全員が、慌てて声の方を振り返る。
教諭室の入り口に、鈍色の髪と、透き通るような青い瞳の男性が、微笑みを浮かべて立っていた。
「学院長、いらしたのですか?」
のんびりとした口調でまず声をかけたのは、ドクトル。その声音には、僅かな驚きこそあれど、この状況を予想していたような含みが聞き取れた。
「ええ。皆さんと同じ理由ですよ」
にこやかな笑みを浮かべて頷く学院長——ローラン=ミミル=ベクレルの言葉に、教諭達は深く納得した。
王国の教育の中枢とも言うべきこの学院を統べる彼が、今回の「特例」に注目していないはずがない。
「さて、エイノ先生。貴方が憂慮している事は、確かに理解出来ます。ですが、ここは学問の場であり、全ての学ぶものに門戸を開いています。例えどのような事情を抱えていようと、入学資格を満たしていれば、受け容れるのが我が学院の方針ですよ」
「それはその通りです。しかし、もし彼が——」
エイノにも、ローランの意見に——学院の方針に逆らうつもりはない。けれど、元々擁護している生徒達に害が及ぶ可能性がある以上、素直に頷いて良いものかと聞かれれば、エイノははっきりと首を振らざるを得なかった。
……闇魔法を操るという事は、危険な事だ。まして、精神の未熟な子供ならば、尚更に。
けれどローランは、エイノの反論に耳を貸そうとしなかった。
「だからこそ、ですよ。仮に彼がその力を抱えているのならば、もし制御しきれなくなればどうなるか。ここには沢山の優秀な祓魔師や魔法使いが集まっていますが、この様な場所は多くありません。彼が暴走してしまった時、真っ先に犠牲になるのは、力無き者達であってはなりません」
教諭全員に言い聞かせるように言った彼は、最後に柔らかく微笑む。
「……それに、彼が暴走しないよう、制御方法を教えるのも、私達の仕事でしょう?」
そう言われて、エイノは押し黙る。正論を突きつけられ、教師としての誇りを持つ彼には反論しようがなかった。
「ですが、学院長。もしも彼が本当に暴走してしまった時、生徒が巻き込まれてしまう恐れがあります」
それでも、沢山の生徒を抱える教諭としての不安をアシュレイが代表して口にすると、ローランがにっこりと笑う。
「アシュレイ先生」
「は、はい」
突如人が変わったような感覚を覚え、アシュレイは背筋に冷たいものを感じた。
「その心配はありません。そういう時の為に、私が学院長の座を務めているのですから」
その言葉に含まれた誇りと、どこか不敵な響きに、彼が何ものなのか、全ての者が思い出していた。
——彼ならば、その少年を抑えきれる。
そんな確信をさせる響きに、呑まれていた。
一同が静かに息を呑む中、ただ1人ドクトルが、いつも通りの穏やかな笑い声を上げた。
「さすがは学院長ですなあ」
「いや、本当に。俺もあやかりたいですねえ」
ダーヴィットに続いた暢気な声に、縛り付けるような空気が、ふっと緩んだ。
「レオニード先生、終わったのですか?」
普段の穏やかな笑みに戻ったローランの問いかけに、ローランとは異なる扉に現れたレオニードは頷く。
「ええ、一通り。いやー、久しぶりに面白い奴らが入ってきたものですね」
「……合格したのですか? 全員?」
予想していた事とはいえ、やはり信じられないアシュレイが、驚いたように問いかけた。それを聞いたレオニードは、楽しげににやりと笑う。
「凄いですよ。見ます?」
そう言って彼は教諭室の中に入ってくると、バサリと3束の紙を置いた。試験結果が書かれているだろうそれを、エイノが手に取る。
「な、これは……!?」
驚愕の声を上げる彼に、誰もが視線を集めた。何かと問いかけるより先に、レオニードが内容を口にする。
「パーヴォラの次男は、流石侯爵家。きっちり教育されていたようで、年相応に2年生への編入条件を満たしています。魔力量も3200ですから、これからが楽しみな少年ですよ。けれどまあ、残りの2人には驚かされましたね。どちらも5年への編入条件を、十分すぎるほど満たしているのですから」
「5年ですって!?」
室内は騒然となった。それも道理、ルーフィア学院の5年生と言えば、普通に入学した生徒のうち3割程度しか進学出来ないレベルである。その3割も、5年までを6,7年かけて進学しているものが決して少なくない。
そんな学年に移民が中途編入するだけの力を持っている、とは俄に信じがたいものだった。
「レオニード先生、それは確かですか?」
流石のドクトルも驚いた様子で尋ねる。レオニードははっきりと頷いた。
「ええ。実技は多少、課題ありですがね。闇属性の少年の方は魔力の運用効率が、もう1人の子は制御がやや甘い。しかし、実力は十分すぎる程です。それよりも驚かされたのは、筆記ですね。俺よりも、その凄さは理論畑の先生の方がより理解出来るでしょうが」
その理論畑の代表格——エイノが愕然と彼等の筆記試験の答案を見ているのに視線をやりつつ、レオニードはそう締めくくった。
「それで、筆記は?」
ローランがエイノに促すと、エイノは喉の奥から絞り出すような声を出す。
「……ダンスーズ・フージュ、90点。ノワール…………満点」
『!?』
今度こそ教諭達は驚愕に言葉を失った。
彼等が用意する問題は、勿論簡単なものも織り交ぜてはいるが、今の5年生に出せば、平均点は5,6割がせいぜいだ。いや、卒業生ですら、満点を取るのは苦戦するだろう。
彼等がこれだけの点数を取るとなれば、もはや異常である。
「それも、これは……それ以上点が出せない故の、満点ですね」
「そうなんですよね。どこぞの研究施設の隠し玉かって言いたくなりますよ」
エイノが付け加えるのに、レオニードがのんびりと頷いた。その言葉に、アシュレイが立ち上がり、解答用紙をひったくる。
彼等の言葉通り、几帳面な字で綴られた答案は、全てが不足無く答えを書き込まれている。それだけではなく、教科書の知識を元にした応用問題での考察は、問題制作者が求めた以上の出来。
こんなものを、研究者でもない子供に可能なのか。
アシュレイの抱いた疑問を読み取ったように、レオニードが付け加えた。
「勿論、カンニングの類いはしっかり監視してました。ですからこれが、彼等の実力です」
「……どうやら、とんでもない子達を引き当ててしまったようですのう、学院長」
しみじみと告げられた言葉に、ローランはゆっくりと頷く。
「……そうですね。侯爵も、随分大きな「拾いもの」をしてくれたものです。それで、レオニード先生。彼はどうだったのですか?」
「どう、とは?」
楽しそうににやついたまま聞き返すレオニードの態度に眉を顰めつつ、ローランは重ねて尋ねる。
「彼に、素質はありますか?」
部屋の空気が、一気に緊張する。息をするのも躊躇われるような張り詰めた気配にも、そんな事はどうでも良いと言わんばかりに、レオニードは己のペースを崩さない。
「そうですね、少なくとも彼は、「それ」を知っています。俺が使いこなすまで苦労したかと聞いたら、コツを掴んでからはそれほどでもなかったと答えましたからね」
「……それは、否定と取って良さそうですね」
安堵の声は、エイノ。もし彼が「そう」ならば、「それほどでもなかった」と言う返答はあり得ない。
——「そう」なってしまえば、苦労などしようがないのだから。
「そうですね、彼はそのつもりで言葉を選んだのでしょう」
レオニードが頷くのを見て、ドクトルは僅かに目を細めたが、何も言わない。
「……それでは、彼等は新学期から5年生へ編入します。クラスの担任はレオニード先生ですが、その他授業担当となる先生方は、そのつもりでいて下さい」
ローランの言葉を合図に、教諭達はそれぞれの仕事へ戻っていった。彼等は教師であると共に、研究者としての一面も持つ。学期外であろうと、する事はいくらでもあった。
「レオニード先生、お話があるのですが、少し時間を頂けますか?」
雑然とした空気の中、ローランはレオニードに声をかけ、学院長室へと連れだって歩く。途中でドクトルもそれに加わった。
広々とした、高級感溢れる調度品に囲まれた部屋の中、2人に茶を出したローランは、唐突に口を開く。
「レオニード、貴方はどう見ましたか?」
呼び方を変えた問いかけ。それが先程の続きである事は、その場にいるものにとって、確認する必要の無いものだった。
ローランもドクトルも、先程のレオニードの返答に、含むものがあるのには気付いていたのだ。その場で追求しなかったのは、無用な動揺を避ける為。
覚悟があるものでなければ、「それ」と知って、冷静に対処など、出来ようはずもない。
誤魔化しを許さない響きに、レオニードははっきりと答えた。
「素質は、確実にあります」
その返答に、ローランの表情が引き締まる。
「可能性がある、という事ですか」
確信めいた問いかけに、レオニードはのんびりとした口調で、しかしはっきりと言い切った。
「——仮に今違ったとしても、いつなってもおかしくありません。そして——もし「そう」ならば、あいつは相当なタマですね」
ドクトルは嘆息し、ローランは目を閉じて、天を仰ぐ。それを見ながら、レオニードは軽く肩をすくめた。
「そんなに怖いんですか、「あれ」って」
「それはそうでしょう。力を付ければ1人で国を落とす事が出来るほどですからのう」
渋い顔で首を振るドクトルに、ローランも頷く。
「他国に移った闇属性の方はSランクですから、それなりに交流がありますが……1度彼が動けば街が焦土になるというのは、かの国の常識ですしね。本音を言わせてもらえば……私にここを守りきれるかどうか」
——「守護者」Sランク、ローラン=ミミル=ベクレル。
この学校の全てを守ることが使命である彼にとって、少年は防ぐべき厄災であり、衝突を避けたい「敵」。
「……生徒や先生方に犠牲が出ない事を祈るばかりですのう。闇魔法で傷付けられれば、儂にも救えません」
——「治療師」Aランク、ドクトル・ダーヴィット。
人命を救う事に人生を捧げる彼にとって、災厄となり得るその力は、出来ればあって欲しくない存在。彼はただひたすら、少年が暴走しないよう祈る事しか出来ない。
深刻な表情で悩む2人を尻目に、レオニードはあくまでのんびりと言葉を返した。
「まあ、そう悩む事も無いでしょうよ。彼も年相応な部分がありましたしね。我々は彼を、道を踏み外さないよう見守るだけです。そうでしょう?」
——「魔導師」Aランク、レオニード・アダモフ。
彼にとって、少年はあくまで1生徒。どのような力を持っていようと、ただ魔法を扱う道を志すものを導くのみ。
誰よりも「教師」らしいその言葉に、残りの2人の緊張が解けた。
「そうですね。今あれこれ考えても仕方ありません。彼がどういう意図を持っていようと、私達がする事は変わりないですね」
「そうですのう。折角です、優秀な生徒が来た事を喜びますか」
「そうそう。のんびりいきましょうよ、肩肘張っても仕方ありませんって」
「それでは、レオニード。貴方はそろそろ、私に出すはずの書類を仕上げて頂きたいものですね」
「うっ……」
穏やかな空気を取り戻し、軽口に近い言葉を交わす教諭達は、気づけなかった。
「少年」——ノワールが、その会話を全て聞いていた事を。
彼の狙いは、この学園にははなから無く、彼等には欠片の敵意も——興味すらも示していない事を。
……タイトルミス修正しました。やっぱり、間を空けるのは良くないですね(←それ以前の問題)




