編入試験 〜Noir〜
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「……なあ、ノワール」
学院へと歩いて向かう最中、道を先導していたヴィルヘルムが話しかけてくきた。視線を向けると、落ち着きのない表情が視界に入る。
「今朝、一体何があったんだ? 母上もミアも大騒ぎしていたし、ミアは何だかまだ機嫌悪いし……」
「何故俺に聞く」
「だって、ノワールの部屋だったろ、騒いでいたの」
「…………」
それは気付いていたのか。
視線をさらに後方に向ける。目の合ったミアは、未だに睨み付けるように俺を見ていた。
基本彼女は父親の穏やかな気性を受け継いでいる様子だから、ここまで不機嫌なのは、確かに始めて見た。
「ほら、まだ怒ってるし」
ヴィルヘルムも困惑しているところを見ると、本当に珍しい事なのだろう。彼の隣ではユハナも不安げな眼差しを向けているから、余程の事態、なのだろうか。
……実際にあった事と言えば、ばかばかしいの一言に尽きるのだが。
「ねえ、何があったの?」
「……価値観の相違、とでも思っていてくれ」
他に言い様もなく、誤魔化すようにそう答える。それでも兄弟は困っていたが、これ以上は説明のしようもない。
悪夢を見たとぐずったフウが俺と共に寝ているのを見て、ミアとカリナは些か過剰な程に騒いだ。
あちらの方が常識的な反応なのは、理解している。俺とてそれくらいは弁えているが、フウに今日を寝不足で迎えられても困る。
何せあのじゃじゃ馬は、集中を欠くととんでもなく魔法の制御力が落ちるのだ。「異色」な実力程度で収めたいのだから、魔法士3級全力の魔法など、見せるわけにはいかない。
……と一通り説明したにも関わらず、何故か俺がひとしきり説教され、その後も不機嫌なミアに色々と言われる事になった。元凶はフウだと言っているのに。
まあ、女というのは、時に非常に理不尽な存在だ。男に理解出来ない事態には放置しておくのが最も無難、とじじいも何時か言っていたし、放っておくのが最善。試験が近付けば、弟への心配で忘れるだろう。
未だ何か言いたがっている兄弟を無視して、俺はさっさと足を進めた。
学院は、ある程度予想していた通り、広大な敷地を所有していた。研究施設と教育施設が同居しているからか、どこか雑然とした印象を覚える。
まあ、建物の配置はきちんと動線を意識して作られていて、寧ろ整然としている。ただ、学舎と研究施設という、混ざるはずのない気配が混在している為そう感じるだけだ。
門から一通りの建物を眺め、おおよその機能を予測する。同時に、魔術による保護の程度も確認しておいた。この国の主な名家が通うだけあって、安全策も防御もしっかりしている。ここまで保護された空間なら、外の目はあまり警戒しないで大丈夫そうだ。
事前に聞かされていた通り、門の前に出迎えが待っていた。黄土色の髪に紅の瞳を持つ、壮年の男性。鍛えられた身体と研ぎ澄まされた魔力を視れば、彼がそれなりの人間である事は直ぐに分かる。
「おはようございます、レオニード先生」
彼に気付いて直ぐ、ミアが頭を下げた。ヴィルヘルムもそれに続いている。
「おうおはよう。話は大体聞いたが、ミアといい弟といい、良かったな。後は俺が3人を連れて行く。お前等はどうする?」
「試験が終わる頃にまたここに来ます」
ヴィルヘルムの返答に、男性は直ぐに頷く。それを確認した兄妹は、少し不安げな視線を俺達に向けた後、男性に一礼して去って行った。
「随分学院内をじろじろ見てたが、何か面白いもんでも見つけたか?」
揶揄するように問いかけてくる教師に、肩をすくめて答えとする。それを見て、彼はにやりと笑った。
「……まあまあの器量のようだな。闇属性って言うから、下手な阿呆なら叩き出さなきゃならなかったが。レオニード・アダモフ、魔法実技の担当だ」
そう名乗る彼は、かなりの実力者なのだろう。言葉通り闇属性の人間を叩き出す時、彼1人で事足りると判断されているのだから。
「ノワールです。よろしくお願いします」
答えつつ、フウ達に挨拶を促す。
「ダンスーズ・フージュでーす」
「ユハナ=ヴァロ=パーヴォラです。兄と姉がお世話になっています」
2人の挨拶に、レオニードは先程とは異なる笑みを浮かべた。
「おお、よろしくな。そこのガキとは違って、礼儀もなってる」
彼の嫌みは、名前をきちんと名乗らなかった故か。どうでも良いので無視して、アダモフに尋ねる。
「それで、試験はどちらで行われるのでしょうか」
「ノワールだったな、無理して敬語なんか使わなくて良いぞ。似合わん。今から会場には案内する。ちゃんとついて来いよ、3人とも。うっかりはぐれたら絶対迷うぞ」
それはない、と言いかけた言葉を呑み込み、ひとまず頷いて彼の後に続いた。




