考察 〜Noir〜
今まで放置していた第1,2幕まとめ的な。
長いので、「んなもんいらねーよ、自分で考えるからさっさと進め」という方は、何も言わずにそっとスルーしてやって下さい……
……この血臭にも、込み上げる衝動にも、随分慣れた。
ミアから離れ、体調を確認する。顔色は悪くない。治癒魔法の必要は無さそうだ。
頷くと、ミアは笑顔を浮かべて頷き返す。その満足げな表情の意味は、さっぱり分からない。
少し決めるのに手間取ったが、ミアから血を貰うのは朝となった。1番食事の時間間隔が空き、魔力が回復する時間帯である夜は、どうしても魔力で補う事が厳しくなる為だ。
それなのに、今、こうして飲んだのには訳がある。
——どうもここ数日、渇く。
原因は何となく分かるが、不愉快だ。リミッタをしている分、余剰魔力は多いというのに。
渇くと言っても、飢えとはほど遠い状態。我慢すればいい話なのだが、どういう勘をしているのか、渇きを覚えると直ぐにミアが現れる。そうなると、抑えが利かない。どうせ抑えたところで、ミアは俺が血を飲むまで引かないのだが。
……割り切ったと言っても、どうしてもこれだけは自分を許す事が出来ない。
「もういい」
自身の状態はともかく、どうしてか未だ部屋に残るミアにそう言って、軽く手を振る。出て行けという意思は、しかしミアの奇妙な言葉で取り下げられた。
「ここにいてはいけませんか?」
「何の為に」
俺としても時間を無駄にはしたくない。うんざりして聞き返すと、ミアはどこか弱々しい笑みを浮かべた。
「……誰かといたい気分でして」
「下に行けば家族がいるだろう」
「そういう気分でも無いのです」
溜息。気まぐれに付き合わされる側の身にもなって欲しい。
「俺は考える事がある。一切の会話をする気が無いから、ここにいても1人でいても何の変わりもない」
「構いません。邪魔もしません。ただ、ここにいたいのです」
「……好きにしろ」
面倒になって、そう告げた。そういえば、フウもこうして時々俺に纏わり付いてくる。正直意味が分からないが、邪魔にならないのなら良い。
「ありがとうございます」
礼には答えず、部屋に置かれたソファを勧めておく。邪魔をしないと言った以上、後は構う必要も無いだろう。
部屋の隅の机に向き合い、腰を下ろす。適当な魔力石を取りだし、何とも無しに弄りながら、ゆっくりと目を閉じた。
ようやく時間が出来た今、これまでの事を整理すべきだ。
今までは、事後処理と編入準備が最優先で、それ以外の事に意識を割けなかった。だが、ここに来てから起こった出来事は、あまりにも不審な点が多すぎる。
まず、フウや俺をここに喚び出した転移魔法陣。俺が張った結界を破って次元超えなどという荒技は、この世界の人間に出来ようはずがない。まだ「上位」の祓魔師を見た事はないが、ラルスが俺達の魔法に驚きを隠せていない事から、不可能だと断じられる。仮に魔力量では何とかなったとしても、知識的に無理だ。
更にあの時、あの吸血鬼は俺の言葉に戸惑いを見せた。それはつまり、あれが異世界の人間を喚び寄せるものだと知らなかったという事。古代から伝わる魔法陣だったとしても、何故そんな中途半端なものを使ったのか。魔術を扱えるものが、意味の分からない魔法陣の怖さを知らないはずもない。
そもそも、目的が分からない。吸血鬼は、絶滅の危機という程数が少ないわけではなかった。何故奴らは、人を魔術で作り替えてまで、仲間が欲しかったのか。
——あの魔術は、紛う事無き禁術だ。
人の躯に回路を作って妖気を流し、躯の構造を根本から変え、脳に吸血鬼の本能を灼き付ける。施術側も妖力を大量に消費するし、何より被施術側に莫大な負荷がかかる。精神を侵されその場で死んでも何らおかしくないし、そもそも躯への負担だけで生死の境を彷徨いかねない代物。魔法士教会でさえ忌避するような、文句無しの外道魔術だ。どこで手に入れたものだろうか。
……おそらく、外部の協力者がいたはずだ。奴等にこれだけの魔術を作り上げられたとは思えない。もし出来るなら、ああもあっさりと俺やフウにやられなかっただろう。その考えから行くと、あの原因不明の目眩も、何ものかの差し金だったのだろうか。
そして、フウの召喚も不可解だ。
誰が、どんな意図であいつをここへ喚んだのか。あのじゃじゃ馬を飼い慣らそうとしたなら、まあ自殺行為だと思うし、それで相手が全滅しようとフウを責める気はこれっぽっちもないが、今のところ手を出してくる輩がいない。召喚魔術なんて魔力消費が多く、リスクの高いものをやる以上、何らかのメリットを見込んでいるに違いないのだが。
ふと思い出す。そういえば俺は、あいつを追う為に、あの魔法陣に乗った。……ならば。
——俺をおびき出す為に、フウを喚んだとしたら。
顔見知りの犯行、とも限らない。一連の事件の主犯なら、側にいる仲間、という条件で喚ぶ事も出来るはずだ。
そうすると、向こうは俺に、あるいは俺が持つ何らかの条件を満たす輩に、何があってもこちらに来て貰い、化け物とする必要があったという事になる。そこまでしてまで、奴らが求めるものは、何だ。
今思えば、吸血鬼どもは妙に必死だった。俺が乱入した会議も、どこか切羽詰まった様子があった。何があっても俺を懐柔せねば、そんな様子だった。
——何が目的だ。
——俺に、何をさせる気だった。
——人の国で、離れて集落を持つ彼等が、一体何を——
「ノワール!」
いきなり叫び声が上がり、俺の思考は無理矢理中断された。悪態を辛うじて抑え、目を開ける。
「邪魔をしないんじゃなかったのか」
そう言って振り返った先、ミアは随分と焦った表情をしていた。
「それは申し訳ありませんが、魔石を爆発させる気ですか!」
「……」
手元に視線を落とす。いつの間にか魔力が充填し、彼女の言葉通り弾け飛ぶ寸前だった。この部屋で爆発したら、ただではすまなかっただろう。
「すまない。俺のミスだ」
身を危険に晒したという事実に謝罪すると、ミアは一瞬驚いた顔をした。その表情を不可解に思いつつ、魔石から少し魔力を放出して、元の空間にしまう。
あからさまにほっとした空気を背後に感じつつ、新たな魔石を今度は複数出し、再び思考に沈んだ。
目的については、ひとまず置いておこう。今の情報では、ただの憶測でしかない。憶測は、真実を歪める。
次に考えるべきは、パーヴォラ家に仕掛けられたものについて。ユハナの呪い、家に仕組まれた魔術、ミアへの打診。これもまた、おそらく俺とは無関係ではない、一連の事件だ。余りにタイミングが合いすぎる。
最後の要素が無ければ無関係という可能性もあるが、おそらく奴らが彼女を俺に付けたのは、それなりに意味がある。こうまでも波長の合う人間など、そうそういない。……実に忌々しい話だが。
だがそうなると、この件はかなりの年月を掛けて準備された事になる。最年少の人間を呪う事で家族をじわじわと追い詰め、否応なしに生け贄を差し出させる。魔物の典型的な手口ではあるが、わざわざ魔術を仕掛け、彼等が追い詰められる時間まで計算していたというのが引っかかる。
相当高い知性を持っている事を示唆しているが、これが吸血鬼のやった事とは、少し思い難い。奴らの力を持ってすれば、ここまで回りくどい真似は必要無いのだから。
ユハナの記憶が弄られていたのも気にかかる。あの呪いは、しっかりと相手と目を合わせ、一時的にでも意識を乗っ取らなければ、植え付ける事が出来ない。なのに彼は、背後から襲われ姿を見ていないと言った。幼さ故の忘却、というわけでも無さそうだ。
だが、彼等の言葉を信じれば、記憶に干渉する魔法はこの世界に存在しない。魔物の攻撃による精神的忘却、というには、余りに都合が良い忘却なのだが、常識的にはそれが答えとなる。
……もし、常識の通用しない相手ならば。
「…………」
背中に感じるミアの視線が気障りだ。2度も同じ間違いを犯す気は無いのだが。
魔石はまだ余裕がある。適当に手の中で転がしつつ、仮定の可能性を検証する。
こちらの吸血鬼の知識からして、俺達のいた世界、あるいは、魔法士教会直轄下の世界から人間あるいは吸血鬼が来た事がある、というのは、ほぼ事実と見て良いだろう。それが吸血鬼なら、今回の一連の事件の糸を引いていても、不可能はない。奴らの寿命は長い。
だがそうすると、理由が分からない。確かに俺は、自分の世界の吸血鬼に恨まれる事をしまくったが、同時に恐れられてもいるはず。こんな巫山戯た喧嘩の売り方をしてくる程の自殺志願者はいまい。化け物は生存本能に忠実だ。
俺は異世界への派遣を経験していないし、夢で知り合ったのは——あの術師には、一応という注釈が必要らしいが——人間のみ。元の世界だろうと異世界だろうと、人間相手にも恨みは買っているだろうが、人間なら知識がここまで普及する間にくたばっている。奴らでもあり得ない。
集落の奴らに入れ知恵した奴と、この家に仕掛けた奴は同一人物か。それは是だ。同一とまで行かなくても、仲間なのには間違いない。これはタイミングが大切な仕掛けだった。たまたまでは済まされない。
だが、光属性の少女を餌とし、俺を吸血鬼にし、この家を崩壊させようとしたのは、何故だ。
……今分かるのは、ここまでなのか。先程と同じ所に行き着いてしまった。
魔石を机に叩き付ける。現状の不透明感が、酷く不快だ。ここまで状況の読めないのも珍しい。
何かを見落としている。それはきっと間違いない筈なのに、それが全く分からない。
ゆっくりと息を吐きだし、俺は目を開けた。これ以上は堂々巡りだ。今日はこれまでか。
魔石に視線を落とす。案の定、限界値まで魔力が充填されていた。こちらに関しては俺の予想は正しかったようで、それはそれで厄介な事態だ。
だがこれも、この世界で生きていくならば、対処を考えなければならないものの1つ。
今ある魔石を、全て取り出す。先程充填した魔石の魔力を使って、魔石を全て融合させ、大きさを調節した。
出来上がったそれに、一気に魔力を込めていく。掌程度の大きさとなった魔石の限界まで、およそ30秒。
計算通り、何とか足りたようだ。これで、1週間。これならどうにかなるか。
後は、これの処理である。
そこでふと思い付き、振り返った。唖然としているミアと目が合う。未だ認識の甘かったらしい彼女に、魔石を放り投げた。
「お前の魔力を注げ」
「え?」
反射的に魔石を受け取り、驚いたように瞬く彼女に、もう1度繰り返す。
「お前の魔力を注げ。光の属性であるお前なら、魔力を入れても壊れない」
相互消去の特性故の、特例。光と闇の魔力を交互に入れると、魔石は許容量以上の魔力を、高い純度で蓄積する。
俺の言葉に従い、ミアが魔力を流し込み始めた。その遅さに内心焦れたが、急かすのも危険だ。黙って待つ。
1分ほど掛けて、ミアが魔力を注ぎ終えた。魔石は、やや闇の薄れた魔力を込めた代物となっていた。
「これ以上は無理です……」
「今度から分けた方が良いか。まあ、これはこれでどうとでも使えるだろう」
やや疲れた表情のミアから魔石を受け取り、亜空間にしまう。もう少し中和されればラルスに譲っても良かったが、ここまで闇が濃いと、持たせるのは些か不安だ。マスターに渡すなり、何時か使うなりするか。
「あの、何の為にこんな事を?」
ミアのもっともな疑問に、ひとまず当たり障り無く答えておく。
「リミッタを使っていると、どうしても魔力が澱む。いつもは消費している分だ、残していると余り良くない。躯が慣れるまでは、こうしておくのが無難だろう」
そう答えると、ミアは首を傾げた。
「それは、フウもですか?」
「……そうだな。後で言っておく」
嘘と真の境界線。未だ光の特性を使いこなしきれていないらしいミアは、あっさり信じたようだ。頷き、顔を曇らせる。
「すみません、この世界に合わせなければならないばかりに……」
「別に。大した手間でもないし、この方が面倒は少ない」
つまらない事を気にしているらしいミアに、適当に答えた。それでも、彼女の表情は晴れない。
「ですが」
「忘れているようだが、俺はここ以外に居場所が無い。適応するべくいろいろしているのは、自分の為だ」
要らぬ自責の念に駆られている莫迦に、そう言い放つ。誰が人の為にこんな面倒な真似をするか。必要だからやっているだけだ。
そう言うと、ミアはふわりと笑んだ。その笑みには見覚えがある。以前その笑顔でとんでもない事を言われたのを思い出し、繰り返されないよう先手を打つ。
「もう寝る。お前も戻れ」
「はい。ありがとうございました。おやすみなさい」
「……ああ」
平和ボケした挨拶は未だ慣れない。とりあえず相槌を打って、俺は彼女を見送った。




