評価 〜Noir〜
「……さて。良ければ評価してもらえますか。一応、魔法には問題が無いと思うのですが」
気を取り直すかのように首を1つ振った後、振り返ったノワールの問いかけに、私達ははっと我を取り返した。
今まで2人に呆然と見入っていたけれど、気付けば私達を取り囲っていた結界も外され、ノワールもフウも先程までの気迫が綺麗に消えている。
「評価、と言われてもなあ……」
真っ先に目が合ったらしいお兄様が、苦笑して言葉を濁らせる。私達兄妹が言葉を見つけられない間に、お父様が進み出て、答えた。
「そうだな、おおむね問題無い。ただ、3つ程聞いておきたい」
「どうぞ」
頷いて先を促すノワールに、お父様はどこか興味深そうに問いかける。
「1つ目。雷を矢に纏わせた魔法だ。フージュが結界で防いだ後、どうして爆発した? あれは君の言う術式や魔術ではなく、魔法だろう?」
「あれはフウの選択した結界の性質が原因です。魔力を遮る事ばかりに気を遣い、雷自体が持つ力と、矢が唐突に動きを止められる力を考慮していなかった。2つの力、そして結界に込められたフウの魔力によって一種の魔法となり、爆発を起こした形です」
丁寧な説明に、お父様は少し考え、ゆっくりと口を開き、確認した。
「実験で魔力が反発し、爆発するようなものかね?」
それを聞いたノワールは少し驚いた表情と共に頷く。
「ええ、認識としては間違っていません」
お父様の言葉と合わせて大体を理解すると、それはなかなか面白い現象だった。魔法を防いでも、その場にある力が意図せず魔法を作り出す。奇跡、という言葉を使いたくなる反応だと思う。
「では、2つ目。最後の魔術だが、魔法具の弦を弾かずに発動していた。あれはどうやった?」
先程のお父様の質問にはやや感心を見せたノワールだったけれど、次の質問には少し眉根を寄せた。
「……魔力を流す、というのが魔法具の発動条件です。弓の形状をしているならば、弓の本体に流すだけで十分。別に弦を弾く必要性はありません」
「え、そうなの?」
お兄様が驚いて声を上げた。お父様は苦笑して、お兄様に頷いてみせる。
「確かに魔法具の理論上は間違っていないな。だが、そういう使い方をしているのは、私も見た事が無かった」
「それはおそらく、魔法具を使う、という事に対するイメージが原因でしょう。魔法具が武器の形をしている以上、魔法具の使用イコール武器の使用と考えるのは自然な事です。武器を振るう事で魔法が使える、という無意識の関係性が、魔法具の使い方を限定させているのでしょうね」
ノワールの分析は、確かに私にも当てはまる。お兄様も頷いているし、クラスメイトも同じ感覚を持っているはずだ。
「普段魔法具を使わない君だからこその発想だな。実戦重視なら、それも不思議ではない。そういう事なら問題無いだろう」
お父様の結論はノワールの予想するところだったらしく、特に表情も変えずに頷いた。
「ええ。では、3つ目は?」
「答えによっては、これが1番拙いかな。君達の魔法無効化についてだ。フージュは魔術を切り刻んでいたし、君に至っては魔術を乗っ取ったように見えた。あれは一体何だね?」
その言葉に、魔力を見られないお母様とお兄様が酷く驚いた顔をした。私もそれを見た時には、同じ表情を浮かべていたのだろう。
前にノワールがお父様を襲った時にも、フウは彼の魔法を切り刻んだ。それは彼女本来の魔法具によるものかと思っていたのだけれど、今日はノワールの制作した、この世界の基準に基づいた魔法具を使っていた。という事は、あれはフウ個人の魔法。どういう仕組みなのか、全く分からない。
けれど、衝撃が強かったのはノワールの方だ。死角に身を隠されたフウには見えなかっただろうけれど、私達には、彼が魔法具への意識をほとんど向けないままフウの魔法陣を奪い、書き換え、対象を魔法陣の作り手にしたところがはっきりと見えた。
他人の魔法陣に干渉して、その人を攻撃対象にする事が出来るだなんて、とても信じられない。
「……フウの魔法具には、魔法無効化の魔法陣を刻んでいます。俺の技術は、闇の魔法特性故。これで、周囲への説明にはなりませんか」
ノワールの返答は、今までのものとははっきりと異なった。彼等の魔法無効化について説明するのではなく、この世界においての彼等の技術の適合性を確認するだけ。
「魔法無効化の魔法陣、というものは、人の世には存在しない。それに、闇の魔力属性はそんな事が出来るのかね?」
「ええ。俺は魔力が視えますし、それで説明になるでしょう。フウの方は、魔法具の材料の特性と説明しましょう。魔物を材料としている以上、そのような特性は持ちうる。かなり高価なものという事になりますが、侯爵家の客品としては、そこまで不自然ではありません」
「……ああ、その通りだ。だが——」
「すみませんが、今はこれ以上の説明は出来ません」
迷いの残る顔で言い募ろうとしたお父様は、遮るように言い切ったノワールの語調に、何も言えずに口を閉じる事になった。
「……他に、指摘する事はありますか」
一瞬場に降りかけた沈黙を破り、ノワールが問う。少し考えて、言っても仕方が無いかもしれない事を、一応口にしてみた。
「複数の火弾を1度に操り、剣を振るいながら魔術を構築する技術は、私達学生にはかなり飛び抜けたものとなります」
「威力も。5000の魔力で、ここの保護魔術をあっさり破って建物をぼろぼろには出来ないと思ってた。それに、身体強化の魔法も凄い。あんな速度で良く動けるね」
私に続いて、お兄様もそう言った。私達は2人とも、学生が普段見る事の出来ない光景に、黙っていられなかったのだ。
「……ああそう」
けれど、やはりノワールには、予測はしていても言われたくなかった事だったようだ。投げやりな相槌と溜息に、思わず罪悪感が込み上げる。
……私が学校に戻りたいと言わなければ、彼は移民として違法に、そして自由に魔法を使い続けていたのかも知れない。
「ヴィルさんの魔法を見た時に思ったけど、魔力の無駄遣いが凄いもんね。ラルスさんはまだマシだけど」
唇を尖らせて、フウがそう言った。その頭に手を乗せて、気を取り直したらしいノワールが口を開く。
「どうせ1日に5000しか使えないし、今後はなるべく使用魔力を削る努力をする。威力の調整は、ここの学生を見て微調整すれば良いだろう」
「……何なら、私がここで使いましょうか?」
フウの言葉に落ち込むお兄様とお父様を横目に、申し出る。けれどそれは、あっさりと断られてしまった。
「ミアは光属性。通常よりも魔力の量が多く質が高い以上、一般例にはなり得ない。ヴィルヘルムなら問題無いが、今やる必要も無い」
そう言う彼は、どうやらお兄様の心情に気付いているようだ。意外な気遣いに少し驚く中、ノワールはお父様に向き直る。
「ただ、今後もこの場所は、時折訓練に使わせて下さい。本気で魔法が使えるのは、ここだけでしょうから」
「自由に使ってくれ。君の結界の威力も、この目で確認させてもらったから安心だ」
にこりと笑って頷くお父様に一礼して、ノワールは踵を返す。
「行くぞフウ。お前が眠っている間にも、いくつか気付いた事がある。細かいところを詰めないと、まだ少し不安だ」
「まだ覚える事あるの!? 嘘でしょ!?」
悲鳴のようなフウの声を最後に、彼等は姿を消した。
「……魔法、練習しよう」
「まあ、頑張りなさい。そう落ち込まなくても、貴方の魔法はその年では十分優秀よ、ヴィル」
ぼそりと呟かれたお兄様の言葉と、お母様の苦笑混じりの慰めに、思わずくすりと笑った。




