魔法具 〜Rouge〜
訓練場に着いて直ぐ、ノワは私に魔法具を手渡してきた。2本の細長い棒のように見える。握る部分は少し太くなっていて、滑り止めの為か、革が巻かれていた。
「お前に合いそうなものが無かったから、自作した。違和感があれば直ぐに調整するから、使ってみろ」
「うんっ。……ねえノワ、この形は?」
ノワが作ってくれたというのは嬉しいけれど、それ以上に、この形が気になる。魔法具は基本1つの筈なのに、2つに分けているというのが、何よりも不思議。
「フウが使っているのは、双刀。下手に違う武器を使ったり、刀を一振りで扱うと、妙な癖が付きかねない。それはものを切れるように作っていないが、双刀と同じように振るえるし、打撃を与える事は出来る」
その説明を聞いて、軽く振ってみる。確かにノワの言う通り、これならいろんな動きが出来そうだ。重さもあまり変わらない。
「……今のお前に許可出来るのは、そのくらいだろう」
その言葉にはっと顔を上げた。目が合ったノワの表情は変わらない。けれど、今聞いた言葉は聞き違いじゃないし、その意味も勘違いしていないと思う。
「……良いの?」
おそるおそる、聞き返した。本当にそれで良いのか、私自身が1番自信が無い。
「これは、試験だ。フウがどれだけコントロール出来るようになったのか。人間相手にそれを振るって、過剰に相手を傷付けないか。もし傷付けるようならば、没収する」
そう言ってノワは、私から武器をすいと取り上げる。両手で器用に弄びながら、私に告げた。
「いい加減、禁止される事で自分を制御する時期は終わりだ。今まで教えた事を、自分の意思で守れ。こんな生温い環境を与えられたんだ、手加減も手抜きもし放題。余裕のある状況なら、命がけの時よりも冷静に戦えるはずだ」
「うん……」
ノワの言ってる事は、この家に来る前、マスターに言われた事に近い。ノワに依存するな、自分で抑えろ。それはきっと、大事な事。だけど……
「……もし制御出来なかったら、どうなるの?」
「取り上げると言っただろう。取り上げて、教育し直しだ」
「そうじゃなくて!」
思わず声が大きくなる。ノワが厳しくなるのは分かってた。心配なのは、そんな事じゃない。
「……お前は何のために、四六時中俺につきまとっているんだ。いつでもどこでも行動を一緒にしているのは、その為だろう。フウが暴走した時に傍観する気はない」
溜息をついて、ノワは私の手に魔法具を押しつけた。慌てて受け取り、ノワの顔を見上げる。
「止めてくれるの?」
「その為に俺は、お前の教育係をしているんだろうが」
「……ノワは、大丈夫?」
心から心配して聞いたのに、思いっきり拳骨を落とされた。
「痛ったあ!」
「腹の立つ奴だな。あの時の失態をいつまで覚えている気だ。訓練じゃあるまいし、今更お前如きに本気で怪我させられて堪るか。安心しろ、もしもの時は情け容赦なく叩きのめしてやる」
刺々しい口調でそう言った後、ノワは殴った辺りの髪をぐしゃぐしゃにする。
「ただ、それは最終手段だ。フウはとにかく最大限努力しろ。最後の最後は、必ず俺が責任を持つ」
素っ気ないけど、冷たいけど、ノワは絶対に私を見捨てない。そう言ってくれたみたいで、ほっとする。そして、最近ノワは大変で、私の事なんて気にしている余裕も無さそうで、ずっと不安だったんだと、やっと自覚した。
「分かった、頑張る」
はっきりと頷いた私を見て、ノワも頷き返してくれる。
「さて、早速始めるぞ」
ノワはそう言って、私から10歩くらい離れた。ノワの手に、見慣れない弓が現れる。
「それが、ノワの魔法具?」
ノワが頷いて、肯定を示した。
「ラルスが用意した中で、1番相性が良かった。お前が眠っている間に回路の調整をして、ある程度慣れておいた」
ノワが答えたのと同時に、訓練場のドアが開く。ラルスさん、カリナさん、ヴィルさん、ミア、ユハナ君が入ってきた。
何をしに来たんだろう。首を傾げていると、家族を代表してラルスさんがノワに声をかける。
「ノワール、模擬戦は今からか?」
「ええ。何か問題が?」
ラルスさんは首を振り、にこりと笑った。
「折角だから、君達の実力を見せてもらいたくてね。君の事だ、魔法はこちらの基準内で収めるつもりだろう。子供達にとっても良い勉強になる。良いかな?」
「ご自由に。ここは貴方の家ですし」
肩をすくめたノワは、腕を振って魔術を構築した。ラルスさん達の前に魔法陣が輝いて、見えない壁を作る。
「結界より前に出ないで下さい。そこ以外の安全は保証しかねますし、勝手に出た場合、一切気遣いしませんので、そのつもりで」
「分かった」
ラルスさん達が全員、凄く真剣な顔で頷いた。どうやらノワの警告を真に受けたみたい。みんなが力を合わせても、結界から出る事なんて出来ないのに。
「さて、リミッタを付けてはいるが、この程度の施設だと全力を出せないな」
そう言ってノワは、聞き慣れない言葉を呟いた。多分ノワの母国語なんだけど、奇妙な響きだ。
ノワの魔力が広がり、部屋全体を薄く包み込む。
「これ、何? 術式?」
ノワが魔法で詠唱するわけないし、詠唱するのは術式だけだけど、こんな奇妙な空間を作る術式、聞いた事も見た事もない。
「ああ。知り合いの受け売りだ。この結界内でいくら物を壊そうと、結界を解けば何事もなかった事になるらしい。外に魔力が漏れる事もないそうだ。俺が普段扱う結界より魔力の消費量が少ないらしいから、今後のために試験運用してみた」
ノワの返事に、ちょっとびっくり。ノワに魔法を教える人が、マスター以外にいたんだ。
「ノワが術式を教わったって事は、術者?」
「ああ。異色の、と言う注釈付きだが」
そう言って、ノワは袖をまくり上げて、リミッタに触れた。結界のために消費した魔力が補充される。そっか、そういう事も出来るんだ。
「無駄口はここまでにして、始めるぞ。リミッタを付けた状態の魔力の最高値はおよそ5000。それを考慮に入れた上で、こちらの世界の規定魔法、それも学生が使って良いようなもののみを使って戦う。勿論、魔法無しの攻撃も有効だ。質問は?」
「ううん、理解したよ」
大きく頷いてみせると、ノワは弓を掲げた。
「なら——始めるぞ」
その言葉が終わると同時に、ノワは弓の弦を小さく弾いた。
途端に現れた大量の火の玉が、ばらばらの軌道を描いて襲いかかってくる。
反射的に水属性の魔法を発動。一息で魔法具を振るって迎え撃った。
じゅっという音と同時に火の玉が順に消えていく。それを最後まで見守る事なく、身体強化の魔法を発動してノワに肉薄した。
ノワが使うのは、弓。双刀と接近戦をすると、こっちが有利だ。
それを理解しているノワが、簡単に近付かせるわけがなく。
風の刃が私を取り囲み、私を切り刻もうとしてきた。
水の魔法を魔法具に纏わせ、その場で舞い踊る。水の刃が全て風の刃を打ち消した。
魔法が消えたのを確認して、ノワを探す。目だけじゃなくて、魔力の気配や音にも気を配る。
「どこを見ている」
声と同時に、魔術の気配が濃くなった。咄嗟に魔法具を振って、出来かけた魔術を切り刻む。
小さな舌打ちを聞きつけて、直ぐに魔術を使った。部屋に暴風が吹き荒れる。
次の瞬間、暴風が唐突に収束した。魔法陣を乗っ取られたと悟り、急いで結界を張り巡らせる。
結界が完成したと同時に、さっきと同じような暴風が、今度は私に焦点を当てて吹いてきた。結界を信じて風から意識を外し、斜め後ろに火の矢を矢継ぎ早に射放つ。
土の壁が火の矢を防ぐ。追撃しようとして、直ぐ近くにノワの気配を感じ、慌てて地を蹴り、その場から大きく離れる。
「少しは学んだか。だが、今の選択は失敗だ」
私のいたところからちょっと遠い場所に立つノワは、私めがけて引き絞った弓を射た。雷を纏った矢が閃光を引いて飛んでくる。
結界を張ってそれをしのぎ、攻撃魔法を準備するつもりだったけど、結界にぶつかった矢が爆発して、その余波で吹き飛ばされた。受け身を取って床を転がる。
「遠距離武器の相手に対して距離を取ってどうする。その場で迎撃すれば、俺の方が不利だ」
「不利じゃないよね! ノワ、物理結界張ってた、でしょ!」
不満をぶちまけるようにそう叫んで、火と水を合わせて爆発を起こす。ノワがそれを防いでいる間に、身体強化の魔法を使って一気に間を詰めた。そのまま魔法具を振り回す。
「そんなものを気にするやつだったか、フウは」
結構な速度の筈だったんだけど、ノワは余裕のある動きでそれを避ける。一瞬だけ空けられた間を詰めようとした瞬間、すっと右手が動く。
力と力が衝突して、腕にじんっと響いた。上手くそれを逃がしながら、思わず叫ぶ。
「それ、あり!?」
「自分の知識に聞いてみろ。こちらの方が魔力操作は一般的だ」
何だか疲れた様子で答えるノワは、魔力を右腕に纏わせて武器にしていた。先が尖っているから、腕にナイフを取り付けたようなものだ。
「だって、ここの人達って魔法具と魔法で戦うじゃん!」
「そうでもない。移民なら武器を隠し持っているのは当然、相手からスリ取って使う奴すらいる。接近戦をするなら、それも気を付けるのが常識だ」
「今から行くのは学校だってば!」
「俺達は元移民という事になっている。これくらいなら文句は言われない」
言い合いながらも、剣戟は止まらない。
振り回し、叩き付け、捻り上げる。2本の剣を遺憾なく使う私と、それを機械みたいに正確な動きで防ぐノワ。
いつもの事だけど、いつもと違うのは、互いが手に持つ魔法具。
「……まあ、どうせ通い始めれば、そんな屁理屈は通用しなくなるかもしれないが」
肩をすくめるような物言いで呟いて、ノワは左腕を振るった。持っていた弓が、私の剣を一気に弾き上げる。
間髪入れず、ノワの魔術が発動。弾かれたように吹き飛ばされて、直ぐに床にたたきつけられた。跳ね起きようとしたけれど、床に引っ張られているような力のせいで、動けない。
「チェック」
「うー、負けました……」
首筋にひやりと魔力の気配を感じて、投降する。ノワが小さく息を吐く音が聞こえ、同時に魔術が消え去った。
「弓って剣代わりになるんだねー……」
「余りやると耐久性が落ちるから、普通はあんな使い方はしない。ただ、距離を詰めていたからと言って、弓から意識を外すのは問題だ。一応、魔法発動の媒体だぞ」
ノワの手を握って立ち上がりつつ、感想を口にする。返ってきた答えに、思わず瞬いた。
「え? ノワ、今の全部魔法具使ってたの?」
「……悪いか」
不満そうな顔をするノワに、にっこりと笑ってみせる。
「ノワ、魔法具の扱い上達したんだ。良かったね」
頭を叩こうとする手をひょいっと避けて、辺りを見渡す。部屋中穴と焼け焦げだらけだった。
「わー、凄い事になったねえ」
ちょっと怒った様子のノワが、私の言葉には何も言わずに、小さく何か呟いた。同時に術式による結界が解けていく。その様子に、思わず歓声を上げた。
「凄ーい、綺麗!」
虹色の魔力が部屋を覆って、あっという間に元通りの無傷な部屋に戻していた。
「……相変わらず、あの術師は無茶苦茶だな。魔力の性質を5種混ぜ込むだと? 魔力が色を帯びるのはそれぞれが完全に溶け合っていない時だけだが、それでこれ程高度な結果を引き出すとはな」
驚き1割呆れ9割なノワの分析は、それが本当なら確かに凄い。綺麗に混ざった透明の魔力より、虹色の、混ざったようで混ざりきっていない微妙なバランスの魔力の方が不安定だ。それでこんな不思議な結界を作るには、きっと凄く繊細な魔力操作が必要なはず。
「器用な人だね、その術師さん」
「……むしろ、無理を通して道理を引っ込ませたと言うべきだな。まあ、使えそうだから覚えておくか」
曖昧な表情でノワがそう結論を出した。理論を追求し尽くして研究するノワには、こういう綱渡りのような術式は納得のいかないものみたい。使えるなら何でも良いと思うんだけどなあ。
災いでは書けない裏話をここで出すという。




