成果 〜Rouge〜
目を覚ました私は、起き上がって大きく伸びをした。
「うー、お腹減ったあ」
ノワに知識を詰め込まれたから、結構長い間寝込んでいたはず。自己主張するお腹を押さえて、思わず独り言を漏らしてしまう。
今は何時だろう。ご飯、出してもらえるだろうか。外の景色から時間を推測しようと思って窓に視線を向けかけた時、ドアが開いた。
「起きたか」
ノワだ。いつも通りの無表情なんだけど、何かが違う気がする。
どうしてそう感じるのか分からず首を傾げたけれど、再び小さく鳴ったお腹の方が大事だ。
「おはよーノワ。お腹空いたー」
「……目覚めてまずそれか」
呆れたような溜息の後、ノワがその場で姿を消す。
ちょっとして再び現れたノワは、手に軽食を持っていた。
「どうせそう言うだろうと準備してもらっていた。料理人の手際の良さに感謝しておけ」
「うん、後でお礼言っておくよ」
そう答えて、一気に食べ物を平らげる。何も言わずにそれを見守っていたノワは、食べ終わった私に、静かに問いかけた。
「体調は」
魔術でものを覚えても躯に害は無いと分かっているけれど、ノワは必ずこうやって聞いてくる。念の為、と聞いてくれるノワが、心配してくれたみたいで、いつも嬉しくなる。
「大丈夫だよー」
平気な事を伝えると、ノワは軽く頷いて、真剣な目を私に向けた。
「フウ。俺を見て、何か違和感を感じるか?」
「違和感?」
聞き返しながら、ノワをじっと見つめる。さっきと同じで、いつもと何だか違う印象を覚えた。
「うーん、何か違う気がする。何だろう?」
「外見的なものではないだろう。もっと根本的な違い……違うか?」
重ねて訊いてくるノワは、きっと私の違和感の正体の見当が付いている。ノワの言葉を噛み砕いて、更にじっと見つめて——
「……あ、魔力が少ない!」
「そうだろうな」
頷くノワに違和感を感じるのは当然だ。どれだけ押さえても滲み出るノワの魔力が、いつもよりずっとずっと弱い。
「魔力の流れや、その少なさ自体に、違和感はあるか?」
「んー……ううん、普通だよ。そのまま魔力の量が減っちゃった感じ」
真面目な口調で投げ掛けられた問いかけに、魔力に意識をこらして確認しつつ答える。それを聞いて、ノワはおもむろに左腕の袖をまくり上げた。
二の腕に、見覚えの無い腕輪がはめられていた。シンプルな銀色の、幅広の腕輪で、細かい装飾が刻まれている。良く注意して視る事で、微かな、本当に微かな魔力が視えた。
「あ、もしかして、リミッタ?」
「正解だ。見て分かるか?」
「ノワの魔力量が少なくなってるって気付いて、それを実際に見なければ絶対分かんない。リミッタからも、ほとんど何にも感じないし」
微かな魔力も、ノワの纏う魔力にほぼ溶け込んでいる。よっぽど眼が良くて、このリミッタを注意深く視ない限り、これがリミッタだなんて想像も付かないと思う。
「……フウが見て分からないなら、大丈夫か。一応、ここの家族全員に確認したしな」
そう言って、ノワは満足げに息を吐きだした。袖を元に戻し、ポケットに手を突っ込んで、何かを私に投げて寄越す。受け取ってみてみれば、同じ形のリミッタ。
「お前の分だ。付けて、何か問題が無いか確認しろ」
言われた通り、左腕に付けてみる。魔力が急速に小さくなっていくのを感じた。
「感触は?」
研究者の目で私を観察しながら問うノワに、自分の中を探り探り、答えた。
「えーっと、魔力を体の奥に押し込まれた感じ? 残った分はいつもと同じ感じように躯を流れてる」
「封じられた魔力によって、身体的な負荷は?」
「無いよ。ちょっと狭苦しい感じはするけど、直ぐ慣れると思う」
「……俺から見ても、違和感は感じない。これなら、まず気付かれる事は無いだろう」
そう言って、ノワは1つ頷く。
「学校に行く限り、それは必ず付けていろ。余程の緊急時以外、絶対に外すな。緊急時に魔力を流すか、俺が許可すれば外せるようになっている」
「はーい」
その説明を理解して、元気よく頷いた。それを確認し、ノワが目を細める。
「それで? ちゃんと覚えたのか」
「大丈夫だと思うよ。ノワが1番よく分かってるでしょ」
ちょっと頬を膨らませながら頷く。ノワの魔術で色々知識を詰め込まれたのに、私が覚えているのか聞くなんて、ちょっと酷い。
私の不満は無視して、ノワはドアに躯を向けた。
「なら、テストするぞ」
「テスト?」
オウム返しに聞き返すと、ノワが顔だけ私に向ける。
「詰め込んだ知識を、実際に試験問題で活用出来るかテストする。元の世界での知識とこちらの知識をきちんと区別出来ていなければ、とんでもない事になるからな。編入試験で出そうな問題を作ったから、それを解いてみろ」
覚えていても、テストを解けなければ意味が無いだろう。そう言って、ノワは部屋を出て行った。私も直ぐに追いかける。
ノワに続いて階段を下り、広い部屋に入ると直ぐ、カリナさんとミアの声が響いた。
「フウちゃん!」
「もう大丈夫なのですか?」
声の方をみると、2人とも、凄く心配そうな顔をしている。
魔術の事を知っていれば、どうして私が倒れたのかも、起きた以上は大丈夫だっていうのも分かるはずなのに。ノワが説明を面倒臭がったのかな。
そう思ってノワを見上げると、うんざりとした表情で口を開くところだった。
「身体に支障は無いと、何度も何度も説明したでしょう。そんなに俺の言葉が信用出来ませんか」
「ノワール、フウはもう丸3日寝込んでいたのですよ。大丈夫と言われても、心配するのは当たり前です」
ミアはそう言って、私に近付いてくる。細い手が、そっと私の額に触れた。
「……もう、熱は無いようですね。気分は悪くありませんか?」
「大丈夫だよ」
元気よく頷いてみせると、ミアはほっとした顔になる。
「気が済んだなら、どけ。フウ、始めるぞ」
私達のやりとりを黙ってみていたノワが、苛々した口調で私を急かす。限られた時間を、少しでも無駄にしたくないみたい。
「はーい」
「何をするの?」
カリナさんの疑問に、ノワールは素っ気なく答えた。
「ユハナにもやらせたでしょう。模擬テスト、と言うのでしたか?」
「ああ、あれ……。随分気が短いのね」
呆れたような、責めるような口調のカリナさんに、ノワは目もくれずにテーブルへ向かう。
「編入試験まであと4日。結果が悪ければ指導に時間を割かなければなりません。する事は多いのですから、早く確認しておかないと。フウが、1日2日で様々な事を覚えられると思いますか?」
ちょっと酷い、けど、本当の事だから怒れない。
「むー、言い返せないのが悔しい」
「……いい加減、言い返せるようになれ。いちいち苦労して教え込むのも、ほとほと疲れた」
うんざりした様子でそう言って、ノワは1枚の巻紙を手渡してくる。紙を広げると、ノワの几帳面な字が並んでいた。
「おおよそ、60分。ユハナは合格点ぎりぎりと言ったところだが、お前は満点を目指せよ。魔術で知識を入れているんだ、取れて当然なんだからな」
そう言って、私に羽根ペンっぽいものとインク瓶を差し出す。
「頑張る。で、これを使うの? 何で?」
「こちらの一般的な筆記具だ。1度使って、慣れておけ」
「うわー、何か凄い……」
今じゃ魔法陣を描く時だって使わないような代物に、寧ろ感動した。こんな経験でもしなければ、一生使わないだろうなあ。
「良いか、始めるぞ」
「はーい」
ノワに促されて、私は問題に取りかかった。
ノワの作った問題は難しかった。知識として頭にある事をそのまま書かせる事もあるけど、知識を利用してちゃんと考えないと答えられないような問いが沢山ある。中には凄く専門的な質問もあって、こんなの本当に出るの? と思ってしまった。
うーうー唸りながら、それでも何とか問題を解いていく。全て解き終わると、ノワが紙を取り上げ、丁寧に目を通す。
「……おおよそ問題無いな。ほぼ全ての設問で、必要なだけ記述している。ただフウ、こことここは駄目だ」
そう言って示されたのは、専門的で困ったところ。それでも、ちゃんと答えたつもりだったんだけど……
「こちらに無い知識まで書いている。難しいから、前に覚えたものをそのまま書いただろう。詰め込んだ知識だけで答えられる問題なんだから、横着せずに考えろ」
「ごめんなさーい」
そう言われても、こんな難しい問題、考えても分からない。そんな不満を込めて謝ると、ノワールは肩をすくめた。
「……まあ、及第点だな。これなら良いだろう」
そう言って、ノワは私に立ち上がるよう促す。その通りにすると、ノワは身を翻した。
「次。訓練場に行くぞ」
「良いけど、何するの?」
「訓練場でする事など、限られているだろう」
ノワは言葉を句切り、静かに答える。
「——模擬戦だ」




