対策 〜Noir〜
フウが出て行くのを見送ってから、訓練場に結界を張り巡らせる。
「……本当に、詠唱も魔法陣も要らないのだな」
感心したような呟きには答えず、ラルスの周りにも簡単な結界を張った。結界の強度を眼で確認してから、魔法具を構える。
慎重に魔力を流し、耐性を確認する。先程の倍程度は込められるようだ。随分高級なものを用意したらしい。
ゆっくりと、魔法具内での魔力の流れを見極めながら、中級魔法を発動する。無数の氷弾が、訓練場にあった的を突き破った。
「どうだ?」
結界越しに声が聞こえる。答えずとも分かっているだろう。箱に収められた魔法具を順に手に取りながら答えた。
「流石ですね。これ程合ったものを見つけ出すとは」
俺に必要なのは、魔力耐性が高く、可能な限り補助機能を省略したもの。更に、特殊な魔法特性に対応する魔力回路が求められる。
魔力回路は、魔力の通る道だ。魔法を扱うもの全てに走っており、この回路を通って放出される魔力を用いて、魔法を行使する。
魔法具は、指定する魔法によって魔力回路が組み変わり、魔法をより組み立てやすくする。一般的な魔法士には、この魔力回路構築の補助が、魔法を組み立てる上で何よりも重宝される。
だが、上位属性の持ち主に合う魔法具は少ない。その特殊性と威力故に、回路が壊れてしまうのだ。
だったら上位属性向けの魔法具を造れば良いと思われがちだが、どういうわけか上位属性の保持者は、それぞれ回路に強い癖がある。汎用製品の作成が不可能だ。
だから、上位属性のものは、自分に合う魔法具を探さなければならない。見つかるかは運次第だ。
勿論、通常の属性保持者も、己の魔力回路に合う物の方が、より効率よく魔法を行使できる。
だからこそ、個人に適する魔力回路をどこまで見極められるかが、魔法具を販売する者の実力を測る物差しとなる。本人の魔力回路から、相性の良い魔法具を絞り込む。その範囲が狭く適切であるほど、その商人は優秀だという事になる。
その観点から見ると、闇という極めて特殊な魔法特性の持ち主であり、我ながら異質な魔法回路を持っている俺の魔法具を、この短期間でたった3箱に絞ってきたというのは、賞賛に値する。
「光の属性を持った娘がいるからな。探し慣れている」
賛辞のためか表情を明るくしたラルスが、軽い口調で返してきた。
「いえ、素晴らしいですよ。貴方には驚かされてばかりですね」
「……君にそれを言われてもな」
苦笑混じりの声に、言葉が過ぎたかと饒舌を恥じた。口を閉じ、魔法具を試していく。
ざっと見た限り、強度はどれもほぼ同じ。ならば、後は相性の良いものを探すだけだ。簡単に魔力を流すだけで事足りる。5分と立たずに、1つを取り出した。
「ここにある中では、これでしょう」
あえて問題を挙げるなら、その形状だ。
「弓、ですか。使った事が無いのが難点ですね」
西洋弓。アーチェリーボウのような補助具もあまり付いていない、シンプルな形状だ。魔法を使うことを前提にしているからだろう。刀を扱い慣れた俺にとって、未知の代物だ。
「和弓は刃のない薙刀代わりになると聞いた事がありますが、これでは無理か」
「ワキュウにナギナタ、とは、以前の世界の武器か? 君の剣も、変わった形をしていたが」
ラルスの問いかけに、視線を向けて答える。
「俺達の世界のというよりは、俺の祖国の武器ですね。俺やフウの剣——刀、と呼ばれますが——も同じです。フウの祖国の武器は、この世界のものに近いです」
そう言ってから、簡単に弦を引き絞る。型など分かりはしないから、適当だ。
魔力を込めると、不可視の矢が番えられる。試しに、先程フウが使っていた魔法を構築して、矢を放つ。
矢の形状をした炎が的に突き刺さり、的を支える杭ごと吹き飛ばした。
「……十分すぎる結果だな」
やや引きつった声を聞き流し、弓の状態を確認する。回路に異常は見られない。耐性は合格だ。
「後は、俺なりに調整してみます。回路に少し手を加えれば問題無いでしょう。……ちなみに、試験で必要とされる威力は、どの程度ですか?」
この魔法具でさえ、俺の意思とはやや違う結果が出ている。的を燃やそうとしたのに、熱波で吹き飛ばしただけ。俺が試験官なら迷わず落とす。
しかしラルスは、深く溜息をついた。
「言っただろう、十分すぎる結果だと」
この反応を見る限り、少なくとも、編入試験で魔法具が足を引っ張ることは無さそうだ。……だが。
「……今のままだと、俺もフウも、異色すぎるようですね」
これはどうにかする必要がありそうだ。昨日までは、どう足掻こうと資格保持者が学生と同じレベルなはずもないから仕方ないと割り切っていたが、尋問で気が変わった。
あのオーティという男は、尋問は無気力そのものだったが、俺達を容疑から外してはいない。そうでなければ、尋問の間、隙を見つけては暴露魔法をかけようとはしない。魔力が分かりやすすぎて、隠す気があったのかすら怪しいが。
しばらくは静観を貫く気でいるのだろう。だが、学校に残る書類は、全て奴の眼に入る。あまりその実力を誇示しすぎると、ますます疑われることになる。
証拠は無いからあまり気にする必要も無いのかもしれないが、あまりはっきりと疑念を持たれすぎてもやりづらい。
……だとすると、あれが必要だ。
結論付けてから、ラルスに向き直る。
「何か案があるのか?」
俺の表情から察したのか、彼は身を乗り出してきた。結界を外し忘れていたことを思い出し、解除してから答える。
「リミッタを付けようかと」
それを聞き、ラルスの顔が強張った。
「……この世界で、リミッタを付けるのは罪人だけだ」
「それは難儀ですね」
と言うよりも、上位の魔法使いや祓魔師は、リミッタも付けずに野放しか。この世界のトップがどれほどかは知らないが、危険極まりない話だ。
「気付かれないようなものを造りますよ。服の下に隠せる物なら問題無いでしょう」
そう返すも、ラルスの表情は硬いままだ。
「おそらく魔道具に分類されるのだろうが……、込められた魔力に気付く者がいるはずだ」
「いえ、その辺りは上手くやります」
回路を秘匿して余剰魔力を外へと放出しないようにし、かつ、俺やフウの魔力回路自体に不自然さが生じなければ良い。大した手間でもない。
そう考えて答えたのだが、返ってきたのは深い溜息だった。
「あっさり言ってくれる……その技術は、多くの魔法使いの課題だというのに」
「おや、罪人用なのに、ですか」
「魔力を制御できない子供に使えるようにしたい、という声は、どの国にもある」
ラルスの答えに納得する。幼少時の魔力の暴走によって命を落とす者は少なくない。下手をすれば周囲を巻き込むそれを何とかしたいと考えるのは、まあ道理だ。
「あくまで文明の違いですよ。数十年前までは、俺達の世界もそんなものだったそうですから」
そう答えて、居住まいを正し、軽く一礼した。
「それでは、この弓を頂きます」
「え? ……あ、ああ」
何故か戸惑った様子で、ラルスが頷いた。その様子を不審に思いながらも、弓を虚空間に仕舞う。
「……ノワール、その技術だが」
「分かっていますよ。外では使いません。学校に行く時は、きちんと手で持ち運びます。ですが、それまでは邪魔ですし、ここで保管します」
みなまで言わせずに答える。ラルスは口を閉じ、頷いた。
「では」
一礼して扉に足を向ける。フウの学習状況を確認する気でいた。どうせ、カリナかミア辺りを泣かせているだろう。
まだ何かもの言いたげな空気を背中に感じたが、今はこれ以上話す必要も無いと判断し、俺は部屋を後にした。




