魔法具と立場 〜Rouge〜
尋問が終わってお昼を食べた後、私はノワについて、昨日ラルスさんとノワが戦っていた場所へと移動していた。
「とりあえず、お前が魔法具をどれだけ使いこなせるか、確認しておく。俺ほどではないにせよ、お前の魔力量も相当なものだからな」
「ん、分かったー」
頷いて、私はノワの腕にしがみついた。ノワは、何も言わずにそれを振り払う。
「その後、座学だ。教科書を見ないと確実な事は言えんが、資格の取得の為にお前に教えた知識は、この世界でひけらかすと大事になる」
そう言って、ノワが溜息をつく。その横顔に、私も溜息をついた。
「ノワ、顔に不満が出すぎだよ」
「お前はあまり魔術書を読んでいないからそう思えるんだ。あんな酷いもの、18世紀の魔術書にだって無い」
「……まあ、ヴィルさんでも詠唱破棄さえ出来ないみたいだったしねー」
あれは驚いた。結構魔力量が多く、魔力の扱いもそれなりに上手いのに、丁寧に詠唱しないと魔法が使えないのだから。
「フウ、お前、魔法関連の筆記は満点取れよ。1点でも落としたら資格を破棄するぞ」
「うわ、ひど!」
ものすごい横暴なことを言いだしたノワに文句を言ったけど、ノワはばっさり切り捨てる。
「酷くない。当然だ。むしろ、うっかり余計な知識を書かないように気を配れ」
「……それは、ノワが心配することじゃないの?」
「お前が心配しなければならないほどの内容だ」
思った以上に内容が乏しいみたい。どんななんだろうと逆に興味を覚えつつ、無造作にドアを引き開けて中に入っていったノワの後に続いて、私も練習場に入った。
「……さて、ダンスーズ・フージュ。魔法士3級の実力を見せてもらおうか」
そう言ってノワは、机の上にあった棒きれを投げてきた。受け止めてみると、どうやら杖の形の魔法具。
「……これ?」
「ああ。下級魔法士ご愛用の1品だな。この世界では、割と需要が多いそうだぞ」
皮肉たっぷりの言葉と共に、ノワが目で促してくる。
「まさかこれを使うなんてねー」
愚痴りながら、魔力を流し込む。ノワの件があったから、慎重に流してみたけれど、普通に魔法を使う分には問題無さそう。試しに、ノワに向けて炎を放射してみた。
深紅の炎がノワに向かって真っ直ぐ伸びていく。
「問題無さそうだな。あまり耐性が強くないから、そう長持ちしそうにないが」
手を一降りして炎を消したノワが、何も無かったかのようにそう言った。そして、直ぐに眉根を寄せる。
「フウ、それを貸してくれ」
「はーい」
投げ返すと、ノワが魔法具に魔力を流し込む。魔法具は、危うい光を漏らしながらも、何とか壊れなかった。
「おー」
「うるさい」
拍手した私に苛ついた口調で言って、ノワが眉間の皺を深くする。慎重な手つきで杖を私に向け、さっきと同じ炎の魔法を使う。オレンジ色の炎がこっちへ向かってきた。
ひとまず、水を当ててみる。炎があっさり消えた。
「……使いづらい…………」
「本当に苦手だねー」
ぼやくノワにそう言うと、更に不機嫌そうな顔になる。
実際、どうしてノワがそこまで魔法具が苦手なのか、よく分からない。しかも、苦手は魔法具だけじゃない。
「ノワ、詠唱魔法も苦手だよね」
「何故お前が苦も無く出来るのか、俺にはその方が不思議だ」
ノワは、詠唱に魔法を補助させるのも苦手だ。制御に気を遣いすぎて、威力のある魔法が使えない。
「魔法具無し無詠唱なら誰にも負けないのに、どっちかでもあると、下級魔法士みたいなんだもん。器用なんだか、不器用なんだか」
「やかましい」
頭をひっぱたかれたその時、ドアが開いた。
「ノワール、いるか?」
「ええ。どうかなさいましたか?」
ラルスさんだ。私もノワも近づいているのには気が付いていたけれど、まさか声をかけてくるとは思わなかった。
ノワの返事に、ラルスさんが入ってきた。後ろから、3個の大きな箱が浮かんだまま付いてきている。
「早速だが、魔法具を集めてみた。この街で入手できるものの中では、かなり高品質だ。……その魔法具は、どうだった?」
ノワの手にある杖に気付いたラルスさんの質問に、ノワが溜息混じりに答えた。
「中級魔法を構築してみたら、フウの初級魔法に防がれました」
ラルスさんの微妙な顔。何でそんなにって顔。それを見たノワが、肩をすくめる。
「俺は基本、こんなものを使わず、無詠唱で魔法を使います。いちいち魔力を増幅されたり、中途半端に構築を補助されると、かえってやりづらいんですよ」
「……普通、魔力増幅や構築補助が加われば、やりやすくなるはずだが」
「では伺います。馬にお乗りですか?」
「? ああ」
唐突な質問に妙な顔をするも、ラルスさんが頷く。
「馬に乗る時、鞭に錘を付けられたり、鞭を振るのを第三者に手伝われたら、どうでしょう?」
「……かえって、乗りづらいな。馬を強く打ちすぎてしまうのではと慎重になり、振り方もどうもぎこちなくなる」
納得したようなラルスさんに、ノワが頷いて見せた。
「それと同じです」
「……乗馬と魔法の行使を、同じ土台で語られるとはな」
苦笑気味のラルスさん。でも、それはしょうがない。
「ノワにとっては、それが当たり前ですよー。級の管理をする側、魔法士協会の幹部ですから」
それを聞いて、ラルスさんが驚いたように目を見張った。
「幹部? その年でか?」
「……フウ、あまり向こうの世界の事を話すな」
私を横目で睨み付けながら、ノワが簡単に説明していく。
「祓魔師、魔法使いの資格にも、ランクがありますよね?」
「ああ。 上からS,A,Bと続いて、Fまである」
「魔法士も同じです。10級から始まり、上に上がるにつれて1級まで数が減っていきます。試験内容は筆記と実戦。筆記は念の為程度のレベルで、実戦でおおよその級は決まりますね。ああ、一応、級に対応するレベルの魔術、魔法、術式が少なくとも1種類ずつ使えるかの確認も行いますが」
5級の実力しか無い人が、3級の試験を受けるのはとても危険で、命を落としても文句は言えない。それくらい厳しい試験だ。私は寧ろ、筆記の方が大変だったけど。
そして。最初の試験で1級を取ったノワは、更にその上にいた。
一握りしかいない1級魔法士でさえ、遙か及ばない存在。
「協会幹部、か。あの役職は会議ばかりで、利点はほぼ無いな。依頼を受ける度に、幹部が雑魚の露払いに出るななんてほざく戯けはいるし」
ノワが至極どうでも良さそうに呟く。けど、その役職はどうでも良くなんかない。
資格を取るのではなく、資格を認める側。世界中の魔法士を管理し、魔法を、魔術を、術式を研究し、研究結果を書物にして知識を広めていく。それが幹部。
ノワは、最年少でその座についた。その実力も確かで、幹部の人たちにも一目置かれている。
そんなノワは、魔法具の制作や、利用理論とかは勿論完璧で、何冊か魔術書も書いていたはず。なのに。
「どーして扱えないかなー」
「理論だけで何でも出来るわけがないだろう」
「作ることも使い方を教えることも出来て、自分が使えないって、変だよー」
「ほっとけ」
ノワは魔法具を私に投げ返すと、ラルスさんの持ってきた箱に歩み寄った。中を覗き込んだかと思うと、食い入るように見つめる。
「……よく、これほどのものをこの短時間で集めましたね」
感嘆の混じる声に、ラルスさんは曖昧な笑みを浮かべた。
「まあ、これでも枢機院の一員だからな」
枢機院っていうのは、王様と貴族の限られた人が話し合う場所らしい。枢機院の一員という事は、王様に直接意見を言える人って事で、かなり凄い事みたい。
「魔力回路の相性、強度を優先してみたが……、使えそうなものはあるかな?」
ラルスさんの問いかけに、ノワが眉間に皺を寄せる。
「中級魔法までは、何とかなりそうですね。上級となると厳しいでしょうが」
そう言って、魔法具の1つを手に取った。槍の形をしたそれを構えようとして、ふと顔を私の方に向ける。
「フウ、お前は下へ行って、基本的な座学を教わってこい。誰かいるだろう」
「えー! 私の魔法具は!?」
まさかとは思うけれど、さっきの杖を使わせる気だろうか。流石にそれは酷い。
「今この場にはないからな。後で適当に探してやる」
けれどノワは首を振って、あっさりそんな事を言った。ほっとして、笑顔を浮かべる。
「ん、よろしくねー。……でもノワ、魔法具試すの、1人でやるつもり?」
「ああ、結界張るから大丈夫だ」
「私が相手をしよう」
ノワとラルスさんが同時に答えた。直ぐに、ノワがラルスさんに首を振ってみせる。
「制御し損ねる可能性もありますし、危険です。ご覧になるのは構いませんが、運用試験は自分でやります」
「しかし、それでは——」
渋るラルスさん。多分、事故でノワが怪我でもするんじゃないかと心配しているのだろう。基本、こういう時は、誰かと一緒に試験するものだ。
けれど。
「大丈夫ですよ、ラルスさん。ノワ、慣れてますから」
ノワはしょっちゅう研究のために実験をする。実験に失敗は付きものだ。ノワは少ない方だと思うけれど、それでもゼロじゃないし、そもそも実験回数が多いから、その分失敗も多い。失敗した時どうすれば良いのか、誰よりもよく分かっている。
「寧ろ、手を出した方が危ないですよー」
ラルスさんのレベルだったら、事故に巻き込まれて大怪我をする可能性の方が高い。
「…………」
だからそう言ったんだけど、それを聞いたラルスさんは何だか傷付いたような顔をした。
「……暴発の対処くらい、私でもできる」
その言葉を聞いて、ノワがまた首を横に振った。
「俺は闇属性ですからね、暴発した時は始末に負えません。自分でどうにかするしかないんですよ」
その説明に、ラルスさんは渋々頷く。
「じゃ、カリナさんにでもお願いしてくるねー」
そう言って、私は訓練場を出た。




