尋問 〜Rouge〜
母上に頼んで父上の本を借りてからのノワールの働きは、目を見張るものがあった。
凄まじい勢いでページをめくったかと思うと、虚空からメモ用紙を取り出して、分かりやすく要約。渡されていたメモを覚えようと部屋で頑張っていたフージュの元に行ってそのメモを渡し、
「貨幣と街の特徴だけは覚えろ。特産物その他は、街でのやりとりは全て俺に任せていたと言えば良い。そのくらいなら覚えられるだろう。15分で覚えろ」
「無茶だよ、ノワ!」
というやりとりを交わしていた。
その後、ノワールは次に、僕達に尋問の準備をさせた。具体的には、ノワールが実際に尋ねられそうな疑問を投げかけて、それに僕達が答え、内容や態度を直す、といった具合だ。質問の内容も、彼の放つプレッシャーも、まるで尋問官そのもの。もう、どんな人が来ても怯えない気がする。
更に彼は、自分の知識の穴埋めを始めた。食事や生活、この世界の人が旅をする時の様子、その他移民が知るレベルの常識を矢継ぎ早に僕達に尋ねていく。最初のうちは、あまりに数が多いから心配になったけれど、1度ミアが懸念を口にした時、彼が1から早口で諳んじるのを聞いて、余計な世話だったと悟る。
……何というか。祓魔師になるしか能が無いと言っていたけれど、彼はどこでもやっていけるだろう。引く手数多の秀才だ。
その後彼はフージュの部屋に戻り、フウの尋問の準備。悲鳴と叱責と魔法の気配が飛び交ったあと、僕達はもう1度尋問の練習をした。今度は、全員の会話を共有した状態。不自然な態度が出ないかの確認だ。
ここまでで、2時間。奇跡的な時間だった。勿論、短いという意味で。
最後に彼が言った言葉は。
「完璧に拘るなよ。全く不自然な態度がないのは、かえって怪しまれる。やや不審な動作が出たり、緊張したりするのは問題無い。致命的なミスさえしなければいい。その辺りは俺が見てるから心配するな。ただ、俺の声はしっかり聞いてくれ。こっちもまだ分からないことは多くあるし、その場で聞かなければならないこともあるだろう」
……本当に、詐欺師になれる。いやむしろ、完全犯罪者だ。
準備が終わって30分も経たないうちに、役人が僕達の家を訪れて、僕達に話が聞きたいと言ってきた。その時1度目を閉じたノワールは、父上から会談の内容を確認したらしい。知らない前提でないとおかしいから、僕達は知らなくていいと言って、それでも、齟齬が出ては拙い部分だけ簡単に話してくれた。
そして。
「お時間をお取りして、申し訳ございません」
「いえ。そちらこそ、ご足労様です」
僕は今、1人の役人と向き合っている。
家を訪れた役人は、4人。彼らの護衛の兵士が、それぞれ2人ずつ。予想以上の厳戒態勢に、身が引き締まった。
彼らは、ほぼノワールの予想通りに動いた。空き部屋を使い、僕達を別々に、同時に話を聞く。そう言って、それぞれの役人が、各々の尋問相手を連れて行った。
見たところ、4人の間には、明確な上下関係がある。1人がリーダで、1人がその補佐、後の2人は部下だろう。
この割り振りがまた、僕を緊張させた。
2人の部下が、僕とミア。補佐の人がフージュで、リーダはノワール。彼らが誰に焦点を当てているか、丸わかりだ。
まあ、一見気さくそうに見えるリーダの目の奥に見えていた光を考えると、ノワールの担当で良かったと思うべきかもしれない。
「私の名前はカール=フリードリヒ=バイエルと申します。早速ですが、集落に向かった経緯から、ご説明願えますか」
丁寧な口調で尋ねられて、はっきりと頷いてみせる。1度深呼吸してから、僕は話し始めた。
事実の中に、いくつか嘘の入った話。その嘘は大きいものだけど、さして緊張せずにさらりと説明出来た。
僕の話している間、バイエル氏は手を組みその上に顎を乗せて、僕の目をじっと見つめていた。
「……ありがとうございました。いくつか、質問をしても宜しいでしょうか?」
「はい」
緊張が走るのを感じながら、頷く。バイエル氏は、その赤い瞳に鋭い光を湛えて、口を開いた。
「まず、集落に辿り着くまでですが。草原を突っ切った、と仰りましたね。あの辺りは魔物が多い。護衛も付けずに、あの道を突っ走った理由は?」
初っ端から、苦笑いを漏らしてしまう。昨日の夕食を否応なしに思い出しながら、答えた。
「妹が餌として差し出されたと聞いて、居ても立ってもいられず、1日でも早く集落に着きたくて。後で母からも妹からも、無茶が過ぎると叱られてしまいました」
その返答に、バイエル氏がやや表情を和らげた、ように見えた。次の質問をする声も、どこかさっきよりも柔らかい。
「では、次に。彼らに助けられたのは、どのあたりですか?」
記憶を探りつつ、答える。
「正確な位置は分かりませんが、午前中に草原に入って、日暮れ頃にスレイヤに襲われ、そこを助けられましたから、大した距離ではないと思います」
彼は頷き、次の質問を口にした。
「では、その後も魔物に襲われる度に、彼らに協力してもらったと?」
「ええ。僕も戦いましたが、彼らがいなければどうにもならなかったですね」
しみじみと述懐する。本当に、100体以上もの魔物の群れに襲われて、よくぞ無事だったと思う。
「集落に着く前、何か見ませんでしたか? 強力な魔物か、人影を」
「いえ。襲ってくる魔物の群れを倒すのにいっぱいいっぱいでしたから」
バイエル氏の眉根が寄った。けれど何も言わず、質問を重ねる。
「集落に入った後、ですが。何を見ましたか?」
これは、さっきの練習の中で彼に指示された。それを、そのまま口にする。
「餌である人々が、呆然としていました。人以外何もおらず、妹が屋敷から出てきて、吸血鬼が全て殺されたと、自分が餌になる前のことだったと言いました」
「それで連れて帰ったと。彼女は、何を見たと言っていましたか?」
「何も。突然吸血鬼の1匹が自分に当てられた部屋に飛び込んできて、部屋に結界を張り、ここから絶対に出るなと言って、また出て行った。しばらくして結界が消えたので外に出てみると、屋敷にも外の集落にも、吸血鬼はいなかったと」
「魔法の気配など、感じていましたか?」
「……あまり詳しくは聞き出していません。思い出したくないだろうと、思いまして」
「そうですか」
その相槌に含むものがある気がしてはらはらしたけれど、それ以上の追求は無い。更に質問が重ねられた。
「屋敷には、書斎があったと思いますが。何かありましたか?」
「書棚がたくさんある部屋は見つけましたが、本がごっそり抜き出されていました。残った本は、この家にもあるような魔術書ばかりです」
ピエールが抜き取り、現在ノワールが所有している本だ。彼はあれをどうするつもりなのだろう。
「実はですね、その他にも、食料など諸々のものが盗まれた痕跡がありました。気付きましたか?」
その言葉に、頭をかいてみせる。
「食料は、僕達がもらいました。持ってきた食料が、底をつきそうでしたので……」
バイエル氏が苦笑した。
「あの吸血鬼の集落で、食事をね。たいした度胸だ」
「お腹が空いては何もならないと、フージュが」
(ヴィルさん、私のせいにしないでよー)
(問題無いだろう。実際、1番自然だ。お前もそう言っておけ)
フージュとノワールの会話に苦笑しそうになるも、きちんと堪えて、自分の発言にふさわしい程度の笑みを浮かべる。
バイエル氏は僕の様子に感づくことなく、質問を続けた。
「帰る時、ですが。何か不審なものを見ませんでしたか?」
「いいえ」
バイエル氏は頷いて、いきなり身を乗り出してきた。僕の目を覗き込むようにして、低い声で尋ねる。
「では、移民の2人についてです。彼らを、妹さんを救うために雇ったと仰りましたが、彼らの身元を承知の上で雇いましたか?」
「身元、とは」
声が固くなりすぎないよう気を遣いながら、聞き返す。
「いえね、彼らは移民です。おそらく、魔法を無資格で使っている。そのような法に背く連中を、この国を支えるパーヴォラ侯爵家の長男が雇うなんて、と思いましてね」
その問いには、きっぱりと答えた。
「妹を救うため、無事に集落に辿り着くため、手段を選ばない気でいました」
「吸血鬼を倒すことになっても?」
バイエル氏の気迫にやや気後れしながらも、頷く。
「こちらの事情を話し、その上でもミアを取り返せないなら、力尽くで。その時命の危険があれば、迷わず倒す覚悟は決めていました」
「彼らと国の関係は、ご存知でしょうに」
「平和的交渉中に攻撃されれば、身を守るのは許されているでしょう。僕があの集落で交渉して襲われれば、こちらから攻撃しても問題ありません。護衛が僕を守るために攻撃するのも、同様です」
そう言うと、バイエル氏が意外そうな顔で黙った。その彼に、やや強い口調で言う。
「僕はこの家の跡継ぎだ。国の法律ぐらい、きちんと知っている。子供だからと、あまり舐めないでほしい」
「これは、失礼いたしました」
謝りながらも、探るような視線は僕の目から離れない。背中に汗が伝うのを感じた。
「更に言うと、今移民が資格を取るのは、事実上不可能に近いですよね。金の無い彼らは、学校に行けません。生きていくために魔法を学び、使っている彼らを、この決まりを作った我々が一概に責めるのはどうかと思いますよ」
この問題は、近年いろいろな国で話し合われている。卒業試験を一般開放し、独学でも資格を取れるようにするべきだと言う声が、少なからず上がっている。魔法使いや祓魔師の質の維持という名目で上層部からは黙殺されているけれど、それが無いと魔法を使ってはならない、というルールを守らない移民がいる以上、どうにかすべき問題だ。
バイエル氏は役人。この件はデリケートだから、これ以上触れなかった。
「貴方がそれだけ信頼するとは、彼らは随分優秀なようですね」
「ええ、本当に」
父が勝てない相手だ。本当に、彼らは凄い。
「魔力量も相当でしょう。その割に、草原に残っていた魔力の残滓は、薄いものでしたが?」
鋭い問いかけだった。その視線の鋭さにやや怯みつつ、少し考えるふりをして、答える。
「おそらく、彼らがあまり魔法を使わなかったからでしょう。フージュは魔力で強化した剣型の魔法具を振るって倒していましたから。ノワールは基本、彼女の補佐しかしていませんでした」
この質問も、あるかもしれないとノワールに警告されていた。嘘は最後だけ。ノワールは何もしていない、が事実だ。
バイエル氏は、筋の通った説明に、それ以上疑う事は出来ないようだった。
「それでは、最後の質問です」
ようやく終わりかと、緩みかける気を引き締めつつ、頷く。
「——何故あなた方は、集落に向かう我々と、出会わなかったのでしょうね?」
それは、彼が最後までとっておいただろう、1番鋭いものだった。答えに詰まる。
その様子を見て、彼が追求を重ねた。
「あの草原は、広い。だが、この町へと向かう道ならば、王都から集落へ向かった捜査隊と、必ずすれ違うはずだ。だが、あなたたちの姿は、全く見えなかった。これはどういうことでしょう?」
彼はおそらく、主張する日にちが、意図的に遅れさせたものだろうと思っているのだろう。
——実は、あの2人が吸血鬼を全滅させて、僕達が黙っているのではないかと。
(ヴィルヘルム、迷うな。俺は良いから、素直に言ってしまえ)
やや逡巡したのを見抜いたノワールが、鋭い声で言った。背中を押されて、また、事実を言う。
「これは、出来るだけ内密にしてほしいのですが……」
「ほう?」
今や僕達を疑っているのを隠そうともしていないバイエル氏が、わざとらしい相槌を打つ。けれど、その半ば確信した表情は、次の瞬間、驚愕へと変わる。
「ノワールは、長距離の転移魔法が使えるんです。僕達を、街の検問に1番近い森まで、一瞬で移動させてくれました」
バイエル氏の大きく開けられた口に、何だか満足感を覚えた。
「……ですが、だとすると、到着が遅くはありませんか?」
「それが……、集落で、ノワールが突然倒れて。熱が出ていたので、屋敷の1室を借りて、休ませました。彼が再び魔法が使えるようになるまで、5日かかったのです。食料は、その時に随分頂きました」
バイエル氏が目を細めた。その彼に、頭を下げる。
「すみません、最初に言うべきだったのでしょうが、転移魔法は珍しいでしょう? これから学校に行くなら目立ちすぎたくないからと、彼に頼まれていました。彼はほら、ただでさえあの目と髪ですから」
謝罪する僕に、彼は狼狽えたように手を振った。
「いえ、謝らないで下さい。疑ったのは我々ですから。そうですか、彼は、かなり優秀な祓魔師のようですね。……無資格ですが」
納得してくれた様子の彼にほっと胸を撫で下ろしつつ、尋ねる。
「もういいでしょうか」
「はい、十分です。ありがとうございました」
尋問が終わり、僕は役人や、尋問の間部屋の入り口に立っていた兵士と共に、応接間に戻った。途中でミアと合流する。ミアの様子から、さして問題は無かったと分かった。餌である事も気付かれなかったらしい。改めて安堵した。
部屋に戻り、使用人に言って役人たちにお茶を出したところで、フージュが戻ってきた。何だか退屈そうなフージュと、どうも疲れた様子の役人。彼女の尋問は少し聞いていたけれど、どうやらあまり話が通じていないようだった。あれは疲れるだろう。
ふと、意識をノワールに向けた。ちらりと会話を聞いて、背筋に緊張が走る。
彼の尋問はまだ、終わっていない。




