作戦会議 〜Noir〜
朝食後、フウとミア、ヴィルヘルムに、俺の部屋に集まってもらった。防音障壁を張り巡らし、話を始める。
「ノワール、昨日の焼け焦げ、もう直したのですか?」
……訂正しよう。始めようとした矢先、ミアに出鼻を挫かれた。
「あんな状態で寝ろとでも? まあ、寝られるが」
「……修復魔法は高度で魔力消費も多いため、数日かけて行うはずなのですが……今更でしたね」
溜息をつくミアを無視して、今後の事を説明する。
「まずフウ、お前は昨日話し合った内容をきちんと確認しろ。記憶に自信の無い奴も、一緒に確認しておけ」
そう言って、昨日書き上げたメモ用紙——疑問点を纏めた部分は除く——をフウに手渡した。フウがそれを読むのを、ミアもヴィルヘルムも上から真剣な顔で覗き込む。まさか2人とも覚えていないとは思わなかったが、慎重を期すのは良い事だ。何も言わないでおく。
3人が顔を上げるのを待って、話を進めた。
「次に尋問だが、さっきも言ったように、同時に別室で行うだろう。少しでも話に齟齬があれば、直ぐに追求できるように。だが、俺達の話し合った時間は短い。俺達の実力1つとっても、話が食い違う可能性がある」
「……どうするつもりですか?」
ミアの不安げな声に、はっきりと答える。今不安を抱かれると、実際の尋問で怪しまれる。それは避けなければならない。
「別々に話していれば、ぼろが出る。ならば、主張を完全に統一してしまえば良い。具体的には、全員の尋問を共有し、どう答えるか、基本的に俺が指示する」
「……ああ、あの魔法か」
ヴィルヘルムとフウは分かったようだ。彼らは、この魔法を知っている。
まだ経験したことのないミアには、当然分からない。口で説明するよりもやって見せた方が早い。実際に体験させることにする。
魔力を細い糸のように伸ばして、全員に繋いだ。
(……つまり、こうして会話を共有するんだ)
ミアが飛び上がる。ヴィルヘルムが苦笑した。
(つまり、遠隔での会話も拾えるんだね、これ。1対1だと思っていたよ)
(基本はそうだよ。これは応用。心も読めちゃうのが難点?)
(別に問題無いだろう。意識しなければ、思考までは読めない)
3人が会話するうちに、ミアも慣れたようだ。怖々と会話に参加する。
(……これは、どういう仕組みなのですか?)
(魔力を繋ぎ、思念を共有する魔法だ。多少応用を利かせれば、五感を選択的に共有できる。尋問の時は、視覚と聴覚だな)
(人によって、魔力は全く違うものでは?)
(それは関係無い。魔力を繋ぐといっても、俺の魔力に意思を乗せているだけだからな)
ヴィルヘルムよりも、この魔法に興味を示す。彼女は、魔法使い——研究者——向きのようだ。
(唯一の懸念は、尋問が魔力を遮断する部屋で行われた場合だな。それを突き破って念話を行うことも出来るが)
(それは大丈夫です。貴族に対する尋問は、貴族の家で行います。2人も私達の客人ですから)
……随分と貴族の境遇が良い。当然と言わんばかりのミアの保証に、念話越しに伝わらないように呆れた。
(ならいい。後は、この状況に慣れてくれ。態度に不自然なところがあると拙い)
(分かりました)
(気をつけるよ)
(分かったー)
3人が、動作に出さずに肯定を示す。まあ、大丈夫だろう。
(後、各国の貨幣価値と、特産物を教えてくれ。移民がこれを知らないわけがない。出来れば、何か書物に纏められていると早いんだが)
(……確か父上が、そんな本を持ってた気がする。母上に聞いてみれば、分かるんじゃないかな)
(頼む)
(後は出たとこ勝負?)
フウの尋ねかけに、内心溜息をついた。フウの言葉は現状を的確に表現している。認めざるを得ない、不本意な状況だ。
(そうなるな。俺から聞く事もあるかもしれない。余裕がある時だけで良いから、2人は俺達の尋問に意識を割いてくれ。フウは自分の事だけで良い。基本的に、俺が管理する。良いな)
(良いも何も、1度に4人分の会話を聞いて統括するなんて、僕には出来ないよ……)
(お前、跡継ぎだろう。政治執務をこなそうと思うなら、この程度は基本技術だと思うが?)
ミアが、耐えきれなくなったようにくすりと笑った。
(兄は、学術が苦手ですから。まあ、これからですよね? お兄様)
(……ミア、プレッシャーをかけないでくれ)
話はある程度纏まったので、念話を打ち切る。今度は声に出して指示を下した。
「なら、ヴィルヘルムは母親に、その書物のことを聞いてくれ。フウは部屋に戻って、もう1度昨日の話し合いの内容を確認。良いか、丸暗記するまで繰り返し読めよ」
「分かった、行ってくる」
「はーい、頑張るー」
そう言って2人は、部屋から出て行く。俺の指示が半端なのには気付いているだろうが、追求は無かった。
小さく息を吐き出し、振り返る。ミアと目が合った。視線の先で、彼女が小さく笑みを浮かべる。
「……念話の魔法自体は、さほど負荷はかからない。だが、今日会うのはおそらく、ある程度力のある祓魔師。油断してかかれば、ばれる」
ミアが頷いた。もう1度、息を吐き出す。吐息と共に、躊躇いを吐き出すように。
「まだ、何の準備も出来ていない。もし疑われ、吸血鬼を割り出す手法をとられれば、誤魔化しきれるか自信が無い。それを避けるためには——」
「良いのですよ、ノワール」
俺の言葉を遮り、ミアは言った。
「ピエールも仰っていました。1番良いのは、常に魔法を展開して、探査魔法から身を守る事だと。ノワールも、そのつもりなのでしょう?」
「……ああ」
頷くと、ミアがゆっくりと歩み寄ってきた。
「……常時魔法を展開するなんて、私達には信じられない話です。その技術も、魔力量も。でも、貴方ならば出来るのでしょう。……体調を万全にし、持っている魔力を、生命力に回さなければ」
その、全てを理解している笑みに、堪えきれずに目を逸らした。
「……すまない」
「何故謝るのです? 当たり前の事でしょう? 吸血鬼の本当の食事は、餌の血です」
そう言って、ミアは、腕を差し出した。その腕を、引き寄せる。
「何度も言っているでしょう。——我慢しなくて、良いんですよ」
その言葉を合図に、俺は、彼女の白い腕に牙を突き立てた。これは必要な事なのだと、自分に言い聞かせながら。
——実際は、そんな事をしなくとも、多少無茶をすれば何とかなるはずだと、知った上で。俺は——その欲望に、屈している。




