尋問 〜Noir〜
俺を担当した役人は、なかなか尋問を始めなかった。
部屋に入るなり、彼は蓄音機のようなものを取り出し、テーブルに置く。
「これは魔道具です。他の3部屋で行われている尋問を、ここから聞くことが出来ます。面白いでしょう?」
その言葉に、躯に緊張が走るのを自覚した。
相手が発言の齟齬を責めてくるという事は確信していたが、こんな道具を持ち出され、目の前で聞かされるというのは想定外だ。僅かな反応も見逃さないという意思が垣間見える。
表向き丁寧な言葉を返す事で、柔らかく拒否してみる。
「確かに面白いですね。ですが、自分の尋問を行いながらこれを聞くのは、難しいのではありませんか?」
「いえいえ、そんなに急がなくても。この魔道具の素晴らしさを、是非見てもらいたいものです」
しかし、そうのたまい暗に要求を拒絶する役人の顔には、本心を読ませない笑みが浮かんでいる。思った以上の曲者だと、彼を見る目を改めた。
「まあ、自分としても興味がありますが。とはいえ、あまり遅くなると他の方々に迷惑でしょう?」
「気にしなくても結構です。部下は、その辺りのことをきちんと弁えていますし」
つまり、この割り振りは予め定めておいたものであり、俺の尋問を最後に回すのも計画通り、と。
どうやら彼らは、本格的に俺達を疑っているようだ。まあ、状況的に無理はないが。
「ああ、自己紹介が遅れました。私の名前はクリス=レフテリス=オーティ。祓魔師として、王城に仕えております」
「スブラン・ノワールです。移民として、主に魔物退治や護衛を引き受けて生活してきました」
役人——オーティの目が、穏やかに細められる。
「傭兵に退治を依頼するような魔物は、本当に力のあるもの達ばかり。どうやら、随分と優秀なようですね」
「身に余るお言葉ですね。俺1人ではなく、ダンスーズ・フージュも一緒ですから。彼女の剣技は、一見の価値がありますよ」
さらりと流すと、オーティがにこやかに首を傾げた。
「剣では魔物は倒せませんよ?」
「魔法具ですから。彼女は、天性の強化魔法の使い手です」
それを聞き、オーティが漏らしたのは、小さな溜息。
「本来は、魔法を使って生計を立てるには、祓魔師あるいは魔法使いの資格が必要です。貴方も魔法を使って魔物を祓ってきたのでしょう。法に従えば、2人とも処罰の対象です。……しかし」
そこで彼は、苦笑した。演技臭さのない、実に自然な笑顔。
「この制度への反感は、少なくありません。7年制の魔法学校に通い、資格を取る時間や金など移民にはありませんが、魔法がなければ、国の外では生きてはいけません。矛盾していると分かっているのに、困った制度です。移民が法を守らない事を、一概には責められません」
さらりと自国を批判する言葉が出てきたのには、驚いた。王制を敷く国で、この発言がどれだけ危険なものか。いくら俺の警戒を解くためとはいえ、浅慮に過ぎる。
内心彼の発言に訝しく思いつつも、表には出さない。代わりに、さりげなく事情を説明して見せた。
「自分も彼女も、魔力を多く持っています。それに、ご覧の通り、自分は特殊な魔力属性の持ち主です。昔出会った祓魔師に、その制御方法を教わりました」
「……滅多な事では使わないように、とは言われませんでしたか?」
予想外の切り返しを、しかし慌てず捌く。
「いえ。言っても無駄だと思ったのでしょう。身を守るため、生計を立てるために、少しでも使えるものは使うと、分かっていたのでしょうね」
マスターもそうだった。ただ復讐の手段を求めていただけの俺に、魔法士となるのに必要な技術と知識を教えた。それが復讐の道へと後押しする所行と知って、なお。止めたくても、彼は俺に魔法を、戦うことを教えた。
そうしなければ、いつか暴走して、多くの人を巻き込むから。魔法は便利で強力である分、リスクが大きい。
「生きるためなら、手段など選んではいられませんよ」
「……そうでしょうね」
含みのある言葉に、今の言葉は言質を取れるものだと気付く。だが、この程度なら問題無い。
「幸運にも、この家の方々が身元保証をして下さるそうです。自分達も魔法学校に行けることになったので、今後は処分対象になることもないでしょう。それで見逃して頂けませんか?」
そう言って、軽く頭を下げてみせる。オーティは、悩んでいるように聞こえていた声をやや明るくした。
「そうですね。編入試験、応援しています」
応援、ときたか。もう1度頭を下げておく。
「さて、他も尋問が始まった頃でしょうね」
そう言って、オーティが魔道具に手をかざした。効率よく魔力が込められ、魔道具が拾った声を発する。
『それで、貴方の職業は?』
『職業? えーと、魔物退治。ノワと一緒にね』
『魔物を倒すには、魔法を使わなければならないのでは?』
『えー? いつも剣ですぱっと切り刻んでますよ?』
『……魔法は、使っていないと?』
『うーん、だって、私が使うより、ノワが使った方が良いし。私が使うと、やり過ぎって怒られるし』
オーティに目で尋ねられ、頷く。じゃじゃ馬が魔法を使うと、地形が変わる。1度クレーターを作ってニュースになりかけた時は、流石にマスターが説教をしていた。
『報酬は、どうやってもらっているのですか?』
『ほうしゅうって、何ですか?』
『……お金は、どうやってもらっているのですか?』
『さー? ノワがぜーんぶやってたからなあ』
そこまで聞いて、何も言わずにオーティが魔道具を切った。何とも言えない表情を浮かべている。
「……彼女と、どうやって出会ったのですか?」
「境遇は自分と同じです。親を失い国を追い出されたところで、移民に拾われました。妙に懐かれて、結局今まで一緒に行動しています」
嘘と事実のバランスは難しい。嘘が多すぎれば疑われる原因になるし、事実が多ければ異世界ならではの不自然さが出てしまう。
俺もフウも親を失っているが、国を追い出された覚えはない。マスターに拾われたが、移民ではない。妙に懐かれたのは、面倒な事に事実だ。まあ、この辺りだろう。
「貴方が1人で、全ての交渉を?」
「一応彼女にも教えてはいましたが。彼女に出来ると思いますか?」
苦笑を漏らし、オーティが首を横に振った。
「なるほど。面白い関係ですね」
「面倒見役です。あれが自立できるようになるまではと行動を共にして、今に至ります」
そうですかと頷いて、彼は改めて魔道具に魔力を注いだ。ミアの声が漏れる。
『結界を張った部屋に保護されていたので、何が起こったのかはよく分かりません。急に結界が解けて、しばらくしてから様子を見に行ったら、たくさんいたはずの吸血鬼はどこにもいませんでした。外に出ると、餌の皆さんが呆然としていて、集落が滅ぼされたのだと悟りました』
『何か音や、魔力の気配などが?』
『何も。結界は、外界を完全に遮断していたみたいです』
『貴方は、どの吸血鬼の餌になるはずだったのか、ご存知ですか?』
『いいえ、その日に紹介するとは言われていたのですが』
内心穏やかならぬ気持ちでそれを聞く俺を、オーティはじっと見つめている。表情を変えないまま、会話を聞く。
『そうでしたか。運が良いと言うべきか……。あちらに到着してから、随分時間があったでしょうに』
『そうですね。随分長い時間、あの集落にいました。その間、吸血鬼についての知識や餌の魔法について沢山教えて頂き、他の餌の皆さんのお話を伺っていましたが、何か不都合があるとかで、主人になるはずだった吸血鬼をなかなか紹介されないまま……、何かに、滅ぼされてしまったようですね』
これは俺も今日初めて知った。妙に詳しいと思っていたが、ミアは集落に着いてからあれこれ学んだらしい。俺については、体調がどうの、日にちがどうのと誤魔化して、魔術についてはひた隠していたようだ。
『不躾ですが……、今のお気持ちは?』
『……他の餌の方々には申し訳ありませんが、無事この家に帰って来られて、ほっとしています。あの2人に出会った事で、沢山のものを頂きました』
全員がこれを聞いていると知っているミアの言葉に、こみ上げかけた罪悪感を、辛うじて押さえ込む。
この言葉が全て真実でないのは、俺のせいだ。表情を変えず、その罪を噛み締める。
俺から目を離さないまま、オーティが魔道具を操った。会話が、ヴィルヘルムの尋問に切り替わる。その一瞬前、言葉に詰まる彼をせっついた。
『これは、出来るだけ内密にしてほしいのですが……』
『ほう?』
『ノワールは、長距離の転移魔法が出来るんです。僕達を、街の検問に1番近い森まで、一瞬で移動させてくれました』
オーティの動きが、止まった。今までとは違う目で俺をまじまじと見上げてくる彼に、頷いてみせる。
『……ですが、だとすると、到着が遅くはありませんか?』
『それが……、集落で、ノワールが突然倒れて。熱が出ていたので、屋敷の1室を借りて、休ませていました。彼が再び魔法が使えるようになるまで、5日かかったのです。食料は、その時に随分頂きました』
オーティの手が動き、魔道具が沈黙した。不気味なものを見るような目つきで、俺を見つめる。
「……貴方に魔法を教えた祓魔師は、何者ですか?」
「さあ。名前も言わずに去りましたから。あまり自分の事は話さないでくれと言われましたが」
理由は、彼の常識が勝手に作ってくれるはずだ。資格を持てないものに魔法を教えたと弾劾されるのを恐れた、と。
「ああ、もしかしたら、彼も資格を持っていなかったのかもしれませんね」
適当を言って、後の捜査に生じそうな齟齬を潰しておく。オーティが、一瞬だけ苦虫を噛み潰したような顔になった。
その時、残りの3人の尋問が終わったのが分かった。彼らと回線を繋げたまま、オーティの尋問の続きを待つ。
「……いろいろ話が逸れてしまいました。尋問を続けます」
オーティの言葉に頷いて、俺は姿勢を正して見せた。
「ヴィルヘルム様が襲われていた所を救ったそうですが、彼を救う前、妙な影は見ませんでしたか?」
いきなり本題に入る彼に戸惑いを覚えながら、首を横に振る。
「いえ、特には。彼を救った時、自分達はあの草原に入ったばかりでした」
「集落に行ってから見たものを、全て教えて下さい」
性急に、手短に尋ねてくるオーティは、明らかにやる気がない。
「自失状態の餌だった人々、彼の妹、そのくらいですね」
「……そうですか。食料や書物の紛失は、お気づきでしたか?」
あくまで事務的に、必要事項を読み上げるように。
「ああ、書物が無くなっていたのは、ヴィルヘルムに聞きました。食料は……、自分たちが結構頂きましたね」
「書物の紛失は、確認していないと」
「先程ヴィルヘルムも言っていましたが、俺は倒れていたので。きちんと確認することなく、厄介事に巻き込まれる前にと集落を出ました。彼らも、早く家に帰りたがっていましたからね」
本来ならば、やる気のない役人と安心する場面なのだろう。マニュアル通りにしか動けない、田舎者だと。
だが、どうにも嫌な予感がする。
「それで、帰りは転移魔法で、ですか」
「ええ」
——まるで、嘘をついていると確信しているからこそ、聞こうとしていないようだ。
「……そういえば、集落には1つも死体がありませんでした。燃やしたのでしょうか?」
「おそらくは。吸血鬼が集落を捨てるとは思えませんし。餌の様子を見れば、吸血鬼が滅びたのは間違いありませんしね」
あえて俺達の説明の穴に触れても、こちらが用意していた反論そのものを口にする。
少しでも怪しければ捕まえてこいと言われているはずの彼が、あえて不問にしようとしている、その意図が、気にかかって仕方がない。
「他に何か、気付いた事はありますか?」
「いえ、特には」
「そうですか。これ以上は聞くこともありません。これで終わりにしましょう。ご協力、ありがとうございました」
そして彼は、俺に時間を掛ける気でいたはずなのに、あっさりと尋問を終えた。やるべき事はやった、そんな笑顔で。
「いえ、当然の義務です」
「何かお気づきのことがあったら、お知らせ下さい」
そんな事をするはずもないだろうがなと、その眼が語っている。白々しい社交辞令に、尤もらしく頷いてみせる。
「もちろんです。早くこの件が終わることを祈っています」
「ありがとうございます」
妙に満足げな笑みを浮かべる彼について部屋を後にしながら、俺は今後の展開を計算し直していた。




