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晩餐 〜Rouge〜

ええと……何かすみません。

 使用人たちの話によると、突如現れたノワールは、一切の説明をせずに厨房に入った後、周りが肝を冷やすような乱暴さで鏡越しに料理人に指示を出していたピエールを追い出し、料理に手を加えたらしい。ちなみにピエールはその後、母上に何か言葉を残して消えたそうだ。



 彼の礼儀も遠慮も無い態度は、料理人達に随分と評判が良かった。彼がいてくれて良かったですと笑顔の副料理長に、理由を尋ねると。


「あの方に作らされた料理は、何と言いますか……、我々にも、一体どんな味になるのか想像が付きませんで。あれをそのままお出しする訳にもいかず、かといって、下手に手を出せば余計に酷い事になるのではと心配していたのです。それを彼は、使った材料や調味料を見て、調理途中の鍋を覗き込んだだけで、味見もせずに一気に手を加えて、皆様にお出しできる物に変えてしまわれましたから。感謝しても、しきれません」


 上機嫌の副料理長に、彼は異世界から来たばかりで、この世界の食物や調味料なんて知らないはずだとは、言えなかった。



 件のノワールは、現在食堂に座っている。ピエールの食事を何とかした後、後はこちらでしますと母上に追い出されたのだ。


 そして、ノワールは何故か、先ほどから機嫌が悪い。機嫌が悪いというか、嫌そうな顔をしている。

 ノワールが戻ってきて直ぐ、フージュも降りてきたけれど、ノワールが不機嫌な理由は、今ひとつ分からないようだ。



「ノワール、ひとつ聞いても良いでしょうか?」

 ついにミアが、彼に話しかけた。彼の不穏な空気のせいで、さっきから食堂の空気が重苦しかったから、正直助かる。


「何だ」

 目もくれずに、それでも返事をしたノワールに、ミアは尋ねる。


「ノワールは、この世界に来てから日が浅いはずです。それなのに、随分とこの国の食材や調味料に詳しいようですが……、以前いた世界と、同じなのですか?」

「いや」


 直ぐに否定の返事が返ってきた。隣で、フージュも首を振っている。


「元の世界とは、全く違う。食料なんて、見た事さえ無いものばかりだ」

「では、どうやってピエールの料理に手を加えたのですか? 適当、というはずはありませんよね」


 ノワールが、小さく嘆息した。

「適当にやって何とか出来るほど、じじいの料理は生ぬるい物じゃない。調味料は、集落の屋敷で朝食を作った時に、おおよその味を確認した。食材も、そこにあった分は大体の味を把握した。

 3人とも、俺がどうしてマスターが厨房に入ったと分かったのか、気付いているか?」


 唐突な話題変換に戸惑いながらも、答える。

「魔法で感知した、とかじゃないの?」


 その答えに対する返答は、顰め面だった。

「……あのな、いくら何でも、許可も無く人様の家中に魔法を張り巡らせて監視するほど、俺は礼儀知らずじゃない。まあ、厨房に入らないか注意を配っていたのは事実だが、魔法ではない」


 そう言って彼は、フージュに目を向ける。

「フウ、お前はもう、気付いているんだろう?」


 フージュは、はっきりと頷いた。


「臭い、でしょ。私もあの後気付いた。すっごい臭いだったから」

「……臭い、ですか?」


 怪訝そうなミアの声。僕も心は同じだ。特に変な臭いなんて、しなかったけれど……


「異臭というか、悪臭というか。あのじじいがめちゃくちゃな料理を作った時特有の、食べ物とは思えない臭いがした。フウは元々、五感が鋭い。元は、俺よりも鋭かった」


 その説明で、分かった。何となくそれ以上言わせたくなかったから、答えを口にする。


「……吸血鬼の感覚は、人より遙かに鋭い」

「正解だ。鍋の臭いを嗅げば、何をどれだけ入れたのか大体分かった。後は簡単だ。臭いが中和されるように、調味料や材料を加えていけば良い。これも鼻が利いたおかげで助かった」


 皮肉げな口調で、ノワールが肯定した。まだ、自身の躯への嫌悪を押さえきれないようだ。無理もないとは、思うけれど。


「ちなみに、だ。その鋭敏な嗅覚は、今の俺に、随分な未来を宣告している」


 続いた言葉に、フウが不思議そうな顔で首を傾げる。目を閉じて、小さく鼻を動かした。直ぐに目を開けて、何とも言えない顔になる。


「……カリナさん…………」


 母上の名前に、果てしなく嫌な予感を覚えた。



 母上は、気に入った相手に何かの仕返しをする時、本当に徹底的にやる。それはもう、相手が泣きそうな顔をするくらいに。父上でさえ、許してくれと体裁構わず叫ぶ事があるから、余程だ。


 どうやら母上は、ノワールを認めたみたいだった。彼の名前を呼んでいたのが良い証拠だ。けど母上、多分ミアのこと割り切りきれていないし、ノワールがミアを殴ったことも、貸し1つとでも思っているだろう。


 だとすると。何をしでかしても、おかしくない。



 そう、例えば——



 自然と浮かんできた予想を、流石に無いだろうと打ち消したその時、僕の鼻でさえ、その臭いを嗅ぎ取った。食堂のドアが、開く。


「お待たせ。今日は、私も腕を振るわせてもらったわ。たっぷり食べて頂戴」

 笑顔の母上に続いて、使用人たちが運んできた料理を見て、僕とミアが一斉にノワールに向き直った。


「ノワール、なんて言うか、その……ごめん」

「申し訳ありません。今日は、いろいろして頂いたのに……」

「……人の心配をする前に、自分の心配をしたらどうだ」


 ノワールの答えは、それだけ。何となく、現実逃避をしているように見える。



 本日のメニューは、酷かった。


 ニンニクで炒めたラリをのせたサラダ。セサリとメルのパスタ、ガーリック風味。その他ふんだんにニンニクを使用したサイドメニューが並び、メインは、ハフィの肉の、ガーリックソテー。ご丁寧に、十字架の形に切ったククラが添えてある。


 申し訳程度にノワールが手を加えた料理もあるんだけど、そっちからも何だか、その特徴的な臭いが漂っている。


 見事なまでの、ニンニク責めだった。



 フウが、鼻を押さえて辟易した顔をしていた。気持ちは分かる。僕でさえ、ここまでこの独特の臭いを放つ料理が並ぶと、胸が何だかむかむかしてくる。多分、食べたらさぞかし胸焼けするだろう。


 今日は、僕達もこれらしい。無茶をした僕達への、制裁も兼ねているわけだ。

 そんな事を思いながら、おそるおそる、ノワールの様子を伺う。


 思ったよりは、普段と変わりない。うんざりした表情を浮かべ、やや顔色が悪いが、過剰反応を示してはいなかった。単に嫌いな物を並べられた人間の反応と、さほど変わらない。


「あら、意外と平気そうね。その様子なら、完食できそうじゃない」

 笑顔の母上が悪魔に見えてきた。というか、下手な魔物よりも、よっぽど質が悪い。


 ノワールは、ただ黙って溜息をついた。その横顔があまり怒っていなくて、意外に思う。


 僕の視線に気付いたノワールが、横目で僕を見て、言った。

「彼女1人の案じゃないだろう。どこかの誰かが、腹いせに入れ知恵している」

「……ねえノワ、次にマスター来たら、練習相手にしても良い?」


 目が据わったフージュの物騒な口調に、ノワールは快く頷く。


「ああいいぞ、存分に相手してもらえ。俺は止めん」

 その声には限りない怨嗟が込められていたけれど、今まで見たような、底の見えない深さはない。この臭いに当てられているというのもあるだろうけれど、それ以上に、彼だからというのがある気がする。


 きっとフージュも、口ほどには本気じゃないのだろう。彼らには、僕達には理解できない、独特の信頼関係が見え隠れしていた。


「さてみんな、分かっているとは思うけれど、食事を残すのはマナー違反だからね? きちんと、作ってくれた人に感謝して、食べなさい」

「……ノワには感謝してるもん。マスターの料理、まともにしてくれたもん。余計な物、入れられちゃったけど……」

「フウちゃん、聞こえているわよ?」


 何だか泣きそうな顔のフージュの小声に、にっこり笑って母上が脅す。フージュはがばっと、ノワールを振り返った。


「ノワ! これ何とかならないの!?」

「……全く同じ問いを、もっと切実に返してやる」


 疲れ果てた返答。僕達のぶつかってきた難題を易々と解決してきた彼も、流石にこればかりはどうしようもないようだ。


「嗅覚を断つ魔法なんて馬鹿な事もなしよ? 作った人への感謝を込めて、食べましょうね」


 笑顔でそう言って、母上は席に着いた。ちなみに、母上の食事は、平和メニュー。父上の食事は、8対2で僕達寄りのメニュー。どうやら、僕達が帰って早々、閉じこもってノワールと戦っていたことが、母上の逆鱗に触れたらしい。父上は何も言わず、首を振りながら立ち上がった。杯を取る。


「客人を迎えて、これはどうかとも思うが……、まあ、済んだことは仕方がない。ここは皆、覚悟を決めて、乾杯しようではないか」


 父上は悟りの境地に達しているけれど、僕達は悟れるほど若くはない。流石に乾杯する気にはなれないけれど——



 ——母上が笑顔で杯を掲げるのを見て、全員がそれに従う。



「全員の健康を祈って……乾杯」



 父上の虚しい願いと共に、食事が始まった。


メニュー地球バージョン;

トマトのニンニク炒めを載せたサラダ、セロリとタコのパスタ(名前ど忘れしましたけど、ニンニクと鷹の目を使う辛いやつ)、サイドメニュー、鶏肉のガーリックソテー。十字架のニンニク添え。


誰だって胸焼けするでしょうね。



……何か本当にごめんなさい。

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