御節介 〜Noir〜
何を思っていたのか、第二弾。
食事後、私はノワールの部屋へ向かった。
今日の夕食は酷かった。もう若くはないお父様は途中で胸を押さえて退室、フウも半分くらいで脱走。転移魔法を使ったので、誰にも止められなかった。
私もお兄様も、何とか食べきりはしたものの、今でも胸焼けがしている。けれど、胸焼けですむなら良い。
お母様の悪戯……と言うよりも、挑戦を受けたノワールは、結局食事を完食していた。何も言わずに出て行った彼の体調が思いやられる。
そもそも、吸血鬼にニンニクが食せるはずがない。あれは、魔力量が多く、元々人だった彼だからこそ為せる事。
とはいえ、何も無いはずがない。
彼の部屋のドアをノックしようとしたその時、中から爆発音が聞こえて、ノックも忘れて中に飛び込む。
彼は、僅かに驚いた顔で私を振り返ったところだった。彼の背後には、大きな焼け焦げ。
「何事ですか!?」
叫ぶと、ノワールは小さく首を振る。
「腹いせに魔法陣を解除したら、これだ。描いた本人が解除しないと爆発するようになっていたようだな」
「魔法陣?」
何故今まで使っていなかった部屋にそんなものがと思って聞き返すと、ノワールは目で壁を示した。
「魔を祓う魔法陣だ。お前の母親のものだと思う。どうせ俺には大した効果も無いし、放っておこうかと思っていたが、今日の晩餐でのストレス発散にと手を出したら……これだ」
もう1度床の焼け焦げを示されて、私は目眩がした。
彼は、私とユハナの命の恩人だ。私を大切に思い、餌にした彼に思うところがあるのは仕方無いとは言え、これはやり過ぎだ。
「……本当に、申し訳ございません」
丁寧に頭を下げた私の頭上に、不思議そうな声が振ってきた。
「何故、お前が謝る?」
「母が、このようなご迷惑をおかけして……。ノワールは、私とユハナの命の恩人ですのに」
溜息が返ってきた。素っ気ない声が、頭を上げろと命じる。おそるおそる頭を上げると、顰め面が出迎えた。
「当たり前だろう。俺は、お前の人生を奪った。今まで大切に育ててきたお前の母親が恨まなければ、いっそおかしい。それを、この程度のお遊びで許そうとしているのだから、むしろお人好しの部類だ。別に、毒を盛られたわけでも、命に関わる呪いをかけられたわけでもない。大体、お前がやったわけでもないのに、何故お前が謝る」
その言葉に、言わずにはいられなかった。
「ノワール、貴方はどうして、それほどに自分を責めるのですか」
「責めてはいない」
咎めようとした言葉を、ノワールは直ぐに否定する。
「事実だ。お前こそ、本当に分かっているのか? 俺はただでさえ魔力が多い。加えて今、化け物となった。徒人とは比べものにならないほど、長い寿命を有している。お前は一生、俺と過ごさなければならない。周りを欺き続け、恋人も作れず、人の心など一切理解できない俺に仕え続けるんだ。その意味を、本当に理解しているのか? ここに戻れた喜びに浮かれて、そのあたりを失念していないか」
突き放すような言葉に、言い返す言葉が出てこない。
覚悟を決めていると、告げた。構わないと、何度も言った。それなのに、彼は、あくまで私を被害者と見なし、自分を加害者として責め続けている。
感情が無いと言いながら、そうやって自分を追い詰める彼が、誰よりも強く、そして脆く見えて。何を言っても彼を追い詰める結果にしか繋がらないのではと、言葉が見つからない。
言い返さない私に、ノワールは溜息をついて、話題を変えた。
「で、何の用だ。俺に用があったから、あんなに直ぐに飛び込んできたのだろう」
その言葉に、動揺を1度押し隠し、答えた。
「……体調が、悪いのではと、思いまして。……口直しが、必要かと」
ノワールが眉を吊り上げた。冷たい言葉が返ってくる。
「今日は2度も血を飲んだ。不要だ」
「ですが、あれは」
夕食の事を言の葉に乗せようとするも、遮られた。
「幸い影響はない。……流石に多少気分が悪いのは認めるが、血を飲んで補わなければならないレベルではない。ああまでニンニクづくしである必要は無くとも、いずれ試そうと思っていた実験を、今出来たのは幸いと言える」
だから気にしていないのだと、言外に込められた慰めに、少し心が軽くなった。身勝手な話だと自分に呆れながら、言葉を重ねる。
「ですがノワール、貴方は今日、5日ぶりに目覚めたばかりなのですよ。今日はいろいろ大変でしたし、疲れも溜まっているでしょう」
「あの眠りは、体を回復させるためのものだ。認めるのも癪だが、おかげで体調は良い。……それに、だ」
やや躊躇って、ノワールは珍しく、冷たい響きを消して、言った。
「……臭う」
「……は?」
何を言い出したのかときょとんとする私に、ノワールは素っ気なく繰り返す。
「だから、臭うんだよ」
「えっと、それって……」
違うことを願いながら聞くと、ノワールはその願いを粉微塵にした。
「お前、あの夕食を完食しただろう。今、お前の躯中からニンニクの臭いがするんだ。さっきまで俺もそうだったのを、やっと魔法で洗い落とした。正直、お前に近づくのもきつい。知っているだろう、吸血鬼避けに、ニンニクが効果的な事を。今のお前は、まさにそれだ。この距離でも臭う」
面と向かって異性に臭う臭うと言われて、腹が立った。腹が立つあまり、その後自分が取った行動は、後で思えば赤面ものだ。
「なら、私の臭いも、消せば良いでしょう?」
そう言って、ノワールとの距離を詰めて、魔法も使って思いっきり押す。
まさかそう来るとは思っていなかったのだろう、ノワールは狙い通りに後退し、寝台に倒れ込んだ。その上に乗りかかる。
「おい、何をする」
彼の抗議も聞かず、彼が私を押しのけようとするより早く、餌の魔法を使って彼の躯の自由を奪う。彼の躯から力が抜けるのを、肌伝いに感じた。
「待て、どうして餌の魔法に、主人の自由を奪うものがある!」
驚いたように叫ぶノワールに、にっこりと告げる。
「餌の魔法とは、主人の為に、可能な限り仕えるためのものです。血を飲ませるのに手間取るなら、飲ませるのを補助する魔法が使えるのは、当然ですよ」
そう言うと、ノワールの表情に焦りが浮かんだ。
「っ、馬鹿、よせ!」
「嫌です。飲むまで解放しません。魔法は使えるでしょう? 臭いが嫌なら、消せばいい話です」
「違う! お前がニンニクを食ったのが問題なんだ!」
無視して、懐からナイフを取り出す。ともかく口の中に血を入れれば、彼も拒めない。
私の行動を見て、ノワールが焦れたように叫んだ。
「聞け! 臭いだけじゃない。食事を取れば、栄養素が血管やリンパ管に吸収され、肝臓に送られる。食事後、今の時間帯は尚更、血液中に栄養素が多い。吸血鬼がニンニクを受け付けない理由は、それに含まれる成分のせいだ。そんなものが大量に含まれている血を飲めば、食った事への影響を打ち消すどころか、かえって体調が悪くなる! 今のお前は、全身吸血鬼避けを施している状態だ!」
早口で難しい事を言われて、思わず手が止まった。意味を理解しようと、改めて思考を働かせようとした時——
「……ノワ、ミアも、どうしたの?」
部屋の外から、きょとんとしたフウの声が聞こえた。振り返ると、入り口のところで瞬きを繰り返すフウの姿があった。ノワールが叫ぶ。
「フウ、この魔法を解け!」
「ええ? 何でノワ、自分で——」
「良いから早く!」
フウの反論を封じて叫ぶノワールに、フウは口を尖らせながらも、私の魔法を解除した。その手際の鮮やかさに感心する間もなく、ノワールに乱暴に押しのけられる。
「……ったく、恥ずかしくないのか、年頃の女が」
吐き捨てられた言葉に、先ほどまでの体勢が端から見たらどう見えるのか、ようやく自覚した。顔が熱くなるのを感じながら、意地を張る。
「気にしません。貴方が相手ですから」
そう言うと、ノワールは冷たい視線を私に浴びせた。私だけに聞こえるくらいの低い声で、告げる。
「あのな、俺は確かに感情が大きく欠けてはいるが、だからといって欲求まで欠けているわけじゃない。色欲だって、人に言わせれば希薄らしいが、それなりにはある。あの体勢に何も感じないほど、鈍くはない」
平坦な口調で言われて、更に顔が熱くなった。それを見たフウが、部屋の中に入ってきて、私の顔を覗き込む。
「ミア、どうしたの? 顔、真っ赤だよ?」
「な、何でも無いです!」
大きく頭を振る私と、ますます不思議そうな顔をするフウに、ノワールは無愛想に言った。
「ともかくそういうわけで、今日はもう良い。フウも、俺の許可無く部屋に入るな。ノックもしなかっただろう。2人とも、出ていけ」
「はーい。良いじゃん、ノワのけち。ちょっと遊びに来ただけだったのに。行こ、ミア」
拗ねた様子のフウが、私の手を引いて外へと向かう。彼が心配だったけれど、何だか恥ずかしくて、これ以上会話を交わせそうにもない。素直に出て行くことにした。




