存在意義 〜Noir〜
カリナによって案内された部屋は、2階。俺に与えられた部屋はミアの隣で、フウはその向かい。フウの隣がヴィルヘルムだ。秘密を保持しようという考えと、一応、ミアが俺の餌である事を考慮した結果だろう。
部屋は、流石は貴族というか、随分広かった。家具も随分質の高いものばかり。部屋が余っていると言っていたが、これは客室ではないだろうか。
「別に俺達は、物置でも構いませんが」
「遠慮は要らないわ。どうせ余っているのですもの、勿体ない。それに、こんな位置の部屋を、客に案内なんて出来ないわ」
その返答に納得した。成程、時期領主に近いこの部屋に、易々と第三者を入れるはずもない。
俺達は良いのかと疑問に思ったものの、案内している以上、聞くのは無駄だと判断する。
その時、ふと魔術の気配を探知した。気配を詳しく調べて、思わず眉を顰める。
「あら、どうかした?」
後ろから声をかけてきたこのカリナが、この魔術の犯人と考えて間違いないだろう。
視線を壁の高い位置に移す。そこに、魔を祓う魔法陣が刻まれていた。
「……いえ、まあいいですけどね」
込められている魔力量からして、あの魔術は俺に通じない。今のところ躯にも何も影響がないから、問題無いだろう。
文句を言ったところで魔法陣が撤去されるとは思えないので、あえて口にはしなかった。
「ねえ、聞いていいかしら」
声に振り返ると、カリナは真剣な顔をしていた。面倒事の臭いを嗅ぎ取りつつ、黙って頷く。
「さっきの「身の上話」だけど……、どこまでが、嘘なの?」
その問いに、小さく息を吐き出す。相手が何を求めているのか、大体分かってしまった。
「俺達がマスターに引き取られて育てられたことは、おそらくもうご存知でしょう。彼が俺に魔法を教えたのは、俺が頼んだからです。フウの理由は、言った通りですね。化け物を祓い、その報酬で生活していたのも、あまり一般人のいる場所には近寄らなかったのも、事実です。俺達の世界では、魔法は一般には認知されていませんでしたから」
「……それだけ?」
疑わしげな表情のカリナに、怪訝な表情を繕い尋ね返す。
「どういう意味ですか?」
カリナはしばらく躊躇った後、意を決したように言った。
「……貴方の生い立ち、教えてくれないかしら」
「何のために?」
予想通りの要求。面倒だったので、拒絶の意味を込めて再び反問する。狙い通り、カリナは言葉に詰まった。
まごついているカリナを放っておいて、俺は部屋の片隅にある机に歩み寄った。椅子に腰掛ける。虚空間から紙とペンを取り出し、メモを取り始めた。
「……何をしているの?」
「今日決めた設定を、一応書き留めておきます。フウが1度で憶えたとは思えませんしね」
質問に答えつつ、ペンを走らせる。今日話し合った事、この世界についての説明を全て書き留めた。
書き終えた俺の後ろから、黙ったままだったカリナが尋ねてくる。
「貴方、どうして私達のために、そこまでするの?」
一瞬、動きが止まった。振り返ると、カリナが曖昧な表情で俺を見下ろしている。
その表情が不思議そうだと気付くのに、少しかかった。
「……不思議、ですか」
確認を兼ねて口にすると、カリナははっきりと頷く。
「確かに、貴方達の起こした事件は、国際問題に繋がるわ。けれど、貴方程の腕があれば、ミアを連れて、それこそ移民として生きていけるはずよ。移民なら、ここまで身元を偽造する必要は無い」
思う事は多々あるが、とりあえず直接の疑問に答えた。
「言ったはずです。俺は、魔法を使う事しか能はありません。そして何度でも言いますが、ここに戻ってきたのは、貴方の娘の意思。弟を救いたいという依頼の代わりに、匿って貰います。そこにあるのは取引で、その他はおまけです」
「……おまけで、あそこまでするの?」
疑わしい表情をしている彼女は、誤解している。
「日常の訓練よりも楽な位です。常に命を狙われている俺達にとって、あの程度は自己防衛の範囲内。結果として他人が助かろうが被害を被ろうが、どうでも良い」
これは本音だ。もし、この家にかけられた魔術を解く事で、この家の人間が誰か死ぬとしても、ミア以外ならば見殺しにしていた。ビジネス相手でもない人間の命など、興味が無い。
俺の返答を聞き、カリナは溜息をついた。
「……いろいろ聞き捨てならないけれど、まあ良いわ。それで悪いんだけれど、ここに来るまでに何があったのか、教えてくれない?」
それを聞き、そう言えば彼女は事情を詳しく知らないと気付く。自分の子供に聞けと言いたいところだが、あの2人は今、弟の側にいる。呼び出そうとは思わないだろう。
細かい話は省き、俺の行動も最小限の説明にして、話す事数分。
「……何だか、波乱に満ちているわね」
随分簡単な感想が返ってきた。小さく肩をすくめる。
「ねえ、もう1度聞いて良い?」
「何をです?」
大体の想像はつくが、彼女の口から言わせたかった。
「……貴方これから、どう生きていくつもり?」
その言葉に、息を吐き出してしまった自分に、随分と未練がましいと、やや苛立つ。
「……その答えは、まず、マスターに言うつもりでしたが」
「おお、聞いてやろうとも」
割り込んできた声に、カリナは飛び上がった。うんざりして振り返る。
「まだ監視を続ける気ですか?」
振り返った先には、半透明の球体が浮かんでいる。明滅を繰り返すそれから、マスターの責めるような声が発せられた。
「お前が暴走したのを察して、心配して様子を見に来てやったというのに、かける言葉がそれか」
「元凶が何をほざきますか。今直ぐそちらに呪いをお届けしましょうか?」
吐き捨てると、マスターはやや声のトーンを落とす。
「……勝手に話して、悪かった」
「それだけですか?」
視覚、聴覚を送る媒体である球体を闇で包み込み、攻撃媒体としてマスターへと送る姿勢を見せると、溜息をつく音が聞こえた。
「……勝手に躯を操り、挙げ句にお前の事を話して、悪かった」
あまり誠意は感じなかったが、滅多に自分の非を認めない人間の謝罪だ、一応許すことにする。
闇を消すと、今まで存在を忘れ去られていたようなカリナが疑問の声を上げた。
「これは一体、何?」
「世界を超えて連絡を取る手段です。この場合、声と映像を送っています。マスター、鏡の形にすれば、そちらも見えるはずなのでは?」
「いや、この形の方が面白いかと思ってな」
冗談を吐きつつ、球体が、俺の言った通りに形を変える。鏡面に映るのは自分の顔ではなく、いつになく真剣な老人の顔。
「さて、お前の答えとやらを聞こうか。お前は、何だ?」
鋭い声に、静かに答えた。決意と覚悟と、諦めを持って。
「俺は、魔法士です」
その答えに、マスターは安堵の吐息を漏らした。
「魔法士……」
カリナの呟きに答える形で、マスターは俺に語りかける。
「化け物として、己を、他者を憎むのでもなく。人として、あくまでも復讐にしがみつくでもなく。……魔法士としての、職務に生きるか」
「他に思い付きませんでしたからね」
思い付いたのも、ミアに発破をかけられたが為。いくら動揺していたとはいえ、情けない。正直あの1幕は、忘れ去りたい程の醜態だった。
「……いや、よく決断した」
マスターは、静かに頷いた。その言葉に、思わず目を伏せる。掌の痛みに、再び拳を握りしめていたのだと気付いた。
復讐を諦めるのは、言葉ほど簡単ではない。俺は今まで、その為だけに生きてきた。今更、生きる目的を失う事になるとは、思わなかった。
全てを知る彼に、言葉がこぼれる。
「……分かっていましたから。もう、アイツはいないと。復讐は、叶わないのだと」
それでも、自分を騙して、無理矢理信じて、今まで生きてきた。
「お前にとっては嫌な話だろうが……、自身も同じモノになって、吹っ切れたか」
その言葉に、また拳を握りしめた。血が滴るのを感じてもなお、力はさらに強くなる。
吸血鬼になり、もう奴らを憎み続ける術はないと知って。ならば全部捨ててやると、心を捨てかけた。……また、堕ちかけていた。
それを止めたのは、ミアの挑発だ。
心無い化け物と言われて、本気で怒りを覚えた。それは、俺がまだ心を捨て切れないという証。殴り飛ばした瞬間に、それを悟った。
いくら俺が、感情の大きく欠けた生き物だと言っても、全て捨て、堕ちるつもりは、ない。
気付かされて、俺は、本当の意味で、復讐を諦めた。
まるでガキの足掻きだったが、それでも、結論が出ただけマシだ。
「復讐は、諦めます。今の俺も、諦めて受け入れましょう。——ですが」
顔を上げ、挑むようにマスターを見据えた。
「——俺は、魔法士として、化け物を祓い、魔法を探求し続けます。……これだけは、諦めません」
しばしの沈黙。マスターは目を閉じ、俺の言葉を噛み締めているようだ。
そして。
「——よく、言った」
滅多に見せない、「魔法士」の顔で答えた。
「ノワール、聞け。自分が化け物だからと、化け物退治をする自分を、嘲るなよ。以前も言ったな、人と化け物を分けるのは、心だと。
儂が保証してやる。お前は、人だ。誰がどう言おうと、お前は胸を張って、自分は人だと言い切れ」
静かに目を閉じ、恩人の言葉を、噛み締める。
「……ありがとうございます」
目を開け、丁寧に頭を下げた。深く、感謝を込めて。
マスターは、僅かに微笑んだ。
「……さて、儂はもう少し、ここで話をしていこう。ご主人の下へ案内してもらってよろしいかな、ミセス・パーヴォラ」
「勿論です」
俺達の会話に置き去り気味になっていたカリナが、しかし直ぐに答えた。しっかり聞いていた証拠だ。まあ、カリナへの返答も兼ねていたから、ちょうど良いが。
「ノワール、お前はフウと一緒に、弟君の所へ行ってきなさい」
「は?」
何故そんな事をしなければならないんだという意思を込めて、聞き返す。その意思を理解し、マスターが言葉を重ねた。
「お前たちは、今日からこの家にお世話になるんだ。この家の人間には、きちんと挨拶しなさい」
「……分かりました」
筋の通った主張な為、仕方なく頷く。
「それでは、案内させて頂きます」
カリナがそう言って、部屋を出た。それに着いて出て行きかけたマスターは、ふと動きを止めて、俺の元に舞い戻る。鋭い光を湛えた瞳で俺を見据え、外まで届かない声で言った。
「……今回は、お前の決断を称えて、魔力を暴走させたことは見逃してやろう。だが、また暴走させれば、儂は容赦なく糾弾する。ノワール、頼むから、儂にお前を追い詰めさせないでくれ」
珍しい物言いのマスターに、しかし、冷たく言い返す。
「だったら、糾弾しなければ良いでしょう。大体、やるだけ無駄だと、いい加減理解したらどうですか」
俺の答えを聞き、マスターの声に殺気が滲んだ。
「ノワール、ミアを死なせないために、死なないと決めたのだろう。お前の寿命を縮める行為は、そのまま、彼女の寿命を縮めることに繋がるぞ」
その警告に、あくまで冷たく告げ返す。
「お忘れですか、マスター。マスターがどう言おうが、俺は吸血鬼。吸血鬼の寿命は、人間より遙かに長い。多少寿命を削ったところで、彼女には影響ありません」
マスターが、溜息をついた。悲しげに首を振る。
「……どうして、お前は」
ぽつりと呟かれた問いに、簡単に答えた。
「復讐の為なら、手段は選ばない。俺は、魔力を暴走させる理由を、以前そう説明しましたね。今の理由は、魔法士としての職務を果たす為。俺は、自分の意志を貫けるなら、長生きなんて出来なくても良いんですよ」
長生きしたいだなんて、思わない。仕事の途中で散ってしまいたいと常々思っている。力が衰え、戦えなくなってまで、生に執着しない。
マスターは、また溜息をついて、黙って部屋を出て行った。最後に見えた表情は、随分老けて見えた。




