↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/230

苦手 〜Rouge〜

 自身の話をさして感情も挟まずに語ったノワールが、父上に確認した。

「説明は辻褄が合いますか?」


「ああ、大丈夫だろう」

 父上が頷いたのを確認して、ノワールが口を開く。


「さて、魔法学校編入試験ですが、筆記と実技がある事は間違いなさそうですね。筆記はどのような内容か、分かりますか?」

 この質問には、ミアが答えた。


「筆記試験は、1年生から5年生までの教科書の内容から出ます。基本的な問題から、かなり高難度の応用問題まで出ますが、知識としては教科書の内容のみで事足ります。魔法理論、占い学、天文学、魔法薬学、魔物生態学の5教科に、算術、言語、社会の一般教養が入ります。……むしろおふたりは、こちらの方が問題かもしれませんね」


「社会だな、問題は。だが、教科書からしか出ないなら大丈夫だろう。教科書はあるのか?」

「はい、私とお兄様の分が」

「なら、筆記は問題無い。……俺はな」


 溜息をつくノワールと、不安げな顔をするフージュ。それを見た母上が、厳しい声を出した。


「それで思い出しました。ノワール、貴方フウちゃんを、「普通の子」に育てているつもりなのよね?」

「まあ、「普通の子にするように面倒見を押しつけられて」います」


 言い方を変えて、彼が頷く。


「フウちゃん、読解も算術も、授業という言葉さえも知らなかったのだけれど。貴方いったい、何を教えてきたの?」

 母上の追求に、彼はやれやれと言わんばかりの表情になった。


「まず、戦闘と魔法、その制御。次に、一般常識ですね。俺やマスターと共に仕事をする上で必要な知識。化け物については勿論、通貨や敬語、依頼の見分け方、受ける上での心構え。後は、日常生活での基本的な事。身の回りを片付けるとか、食事の時に席を立たないとか」

「……勉強の類いは、何も?」

「魔法はきっちり教えましたよ。資格だって取れるくらいにね」

「「普通」の勉強の事を言っています!」


 大きな声を出した母上に、ノワールは冷笑を浮かべる。


「俺達には、必要ありませんから」


「っ!」


 母上が言葉に詰まった。フウは、2人の様子を不思議そうに見上げている。2人が何を問題にしているのか、さっぱり分からないようだ。


「俺達の世界は本来、一定の期間学校に行く事が義務で、先ほど仰ったような「普通」の勉強を学びます。ですがそれは、あくまで「普通」の人間です。俺達のように、魔法の世界に生きる人間には、必要の無い知識ばかり。一応、魔法の原理に関わる知識は説明しましたが、理解せずとも使えますからね。俺は興味があったので、独学でいくらか学びましたが」


「……学校に、行った事がないの?」

 おそるおそる投げかけられた問いに、彼は素っ気なく頷いた。


「俺は3年強通いましたが、ほとんど憶えていません。フウは、全く通っていません」

 その言葉に、戸惑う。



 フージュが学校に行った事が無いというのは、何となく想像がついた。一緒に旅をしている間、学校でいつもしているような話が、一切通じなかったから。


 戸惑うのは、ノワールが学校の事を憶えていないという事。小さい頃だからかもしれないけれど、それ以上に、彼自身、その事をどうでも良いと思っているように思えた。


 友達だって、いただろうに——そう考えると、彼の発言は、不自然だ。



「まあ、俺達は移民として学校に入るのですから、学校についてよく知っていた方が不自然ですし、丁度良いでしょう。寧ろ、俺の知識量が疑われるかもしれませんね」

 僕の疑問を余所に、彼は話を進めた。彼が口にした懸念に、父上が不安そうに尋ねる。


「どうする気だ?」

「興味があって、国に入るたびに本屋に行った、出会った祓魔師や移民に聞いた。今の知識は、ここに来てから知った。これで問題無いでしょう」

「……凄い記憶力だと、目立つでしょうけど」


 母上の疑わしそうな声に、彼は肩をすくめた。

「目立つのは元々ですよ。俺達はどうあっても目立ちます」


 その言葉に、誰もが納得する。確かに、彼らは目立つだろう。



 その生い立ち、魔法の技術、知識、そして——容姿。


 フウはまず間違いなく美少女だ。加えて、飛び抜けて明るい性格。大騒ぎする友人たちが、今から容易に想像できる。


 そしてノワールは、漆黒の目と髪、鋭い目つき、冷たい表情。他人と慣れ合う性格でもないのに、不思議と人の注目を集める。人気が出るとまでは行かなくても、誰もが一目置くだろう。



「さて、技術だが。やはりこれは、魔法具を用いた魔法の運用能力を見る、と考えて良いか?」

 ノワールの問いかけに頷いた。


「そう。評価されるのは、魔法の発動効率。呪文の活用能力、魔法の発動の速度、威力、規模。そのくらいかな。もしかしたら、先生相手に模擬戦をするかもしれない。多分無いとは思うけど」


 ノワールが再び苦い表情になる。ミアが、不思議そうに尋ねた。


「ノワール、先程からどうしたのですか? 貴方が、実技で苦労するとは思えませんが」

「苦労する」


 短く答え、彼はミアに目を向ける。ゆっくりと言葉を口にした。



「……俺は、魔法具に関しては、絶望的だ」



「あの剣は?」

 不満げな父上の声に、彼は首を振る。


「あれは魔法具ではありません。神刀とも呼ばれるほどの名刀ですが。俺がいろいろ魔術で加工していますから、魔法具に見えたのでしょう」

「でも、どうして?」


 僕の問いに、ノワールは立ち上がった。


「この家に、要らない魔法具はありますか。口で言うより、見せた方が早い」

 父上は頷いて、部屋の隅にある、剣型の魔法具を取り出した。学校でも扱うような、一般的な魔法具だ。


「これを使ってくれ」

「もう使いませんね?」


 くどいほどに念を押す彼に、父上は戸惑いながらも頷く。

 それを確認したノワールは、慎重に魔法具を受け取った。そして、フウに目を向ける。


「フウ、おまえは使えるな」

「うん、平気ー」


 ノワールは頷いて、まず自分の周りに障壁を張った。音は遮断していないらしく、彼の声が変わりなく聞こえる。


「魔法具は、これに魔力を込め、魔法発動時の効率を向上させるために存在します。身の内で練り上げる魔法を、魔法具に一任する形です。……が」


 そこで言葉を切ったノワールの魔力が、魔法具に流れ込む。



 次の瞬間、魔法具は音も立てずに塵となった。



「——魔法具が、俺の魔力に耐えられません」

 溜息混じりにそう言ったノワールに、フージュが声をかける。


「やっぱだめかあ。壊れないようにすると、どうなるんだっけ?」

「出来るのか?」

 父上が尋ねると、ノワールは肩をすくめた。


「出来ない事は、ありませんがね」

「やってみてくれ」


 そう言って、父上がもう1つ魔法具を差し出す。彼はそれを受け取ると、慎重に魔法具に魔力を流し込み、掲げた。



 弱く、小さな火が、魔法具の先に現れる。



「……魔法具を壊さないように魔力を制御するとなると、細かい調節が出来ないので、上級魔法は扱えません」


 そう言って、ノワールは魔法具を握る手に僅かに力を込めた。魔法火は大きくなり、魔法具を覆う。火属性の人間が魔法具を扱うときの、基本的な方法だ。


「正直、これで限界です」

 淡々と言うノワールに、僕達は絶句するしかなかった。


「注ぐ魔力が少しでも多ければ壊れるし、少なければ魔法として具現化しない。俺にとって魔法具は、神経を使わされ、無駄に疲れるだけの、何の価値も見いだせない代物です」



 そう言って、彼は父上に魔法具を返した。その手を宙に掲げると、魔法具を使った時よりも遙かに早く、大きな炎が現れる。



「どう考えても、この方が早いでしょう」

 炎を納めて、ノワールが締めくくった。父上が眉をひそめる。


「どうしたものか……。国の資格も、魔法具を用いる事を前提にしている。君のような例は、今まで無かったからな。説明して、通用するか……」

「魔力耐性の高い魔法具を使ってみるしかないわね」


 母上の言葉に、ノワールは少し興味を持ったようだ。


「どれくらいのものまであるのですか?」

「こればかりは、お金をかければかけるほど。材料にかかってくるからね」


 その言葉を聞いて、どうして彼が魔法具を扱えないのか、理由が分かった気がした。ミアを見ると、僕を見ていて、同じ事を考えていると分かった。


 ミアが、その理由を口にする。

「ノワール、馬車の件に引き続き申し訳ないのですが、私達の世界に、魔物の1部を用いない魔法具はありません」

「知っている。だから壊してしまうのだからな」


 予想に反して、彼は直ぐに頷いた。てっきり嫌そうな顔をするだろうと思っていたから、拍子抜けだ。ミアも、似たような顔をしている。

 僕達の顔を見て、彼は顔を顰めた。


「あのな、俺は魔物が嫌いだが、死体になってまで嫌いはしない。死んでしまえば、人も動物も魔物も同じだ。違うとすれば、死んだ後に利用して、批判されるかされないか。これで人と魔物、動物が分類され、死体の使う用途で魔物と動物が分類される。その程度が理解できないほど、俺は馬鹿ではない」

「……激しく倫理に欠ける発言だったけどね」

「倫理? 何だそれは」


 真顔で聞かれて、唖然とする。初めて、ピエールの良識を疑った。


「……ノワール、わざとですね?」

 けれどミアは、やや窘めるような声で問い詰めた。ノワールは片眉を上げる。


「この程度の冗談、真に受けるやつはいないだろう」

「……冗談?」


 思わず声を上げた。ミアが微笑む。

「お兄様が」


 呆れたような視線をもろに浴びて、顔が赤くなるのを感じた。


「まあ、冗談はともかく。俺が魔法具を扱えないのは、魔法具に魔物の1部を使っているからです。それによって強度や魔力耐性を上げているのですが、俺にとっては良い迷惑。俺の魔力を流し込めば、たいていの魔物は爆散しますからね。魔法具になっても、それは同じです」


 何事も無かったように説明する彼に、父上が何度も頷く。

「そうか、だからただの剣を使っているのか。金属だけで作られているから」

「そういう事です。俺の魔力に耐えられるこの刀なら、いくつか魔術を組み込んでおけば、魔法具本来の役割を果たせます」


 彼が頷くと、父上が眉根を寄せた。


「……いざとなったら、その剣を魔法具と主張して試験に臨むんだな。今までずっとこれを使ってきて、これに変わるものが見つからなかったと言えば、無理強いはしないかもしれない」

「その方が、私も嬉しいなあ」


 フージュの言葉に、何故かノワールは彼女を睨み付けた。


「馬鹿。お前は、普通の魔法具を使え。剣じゃない形のものだ」

「やだ!」

 大声を出すフージュに、ノワールは動じない。


「この家を壊しかけた事を、もう忘れたのか? 駄目だ」

「……はーい」

 ノワールの言葉に、フージュはつまらなさそうに、でも、素直に従った。



 ……何か、親子みたいだな。



 そう思って見ていると、ノワールが僕を睨む。


「今、かなり失礼な事を考えなかったか?」

「い、いや、まさか」


 心を読まれたようなタイミングで聞かれて、大慌てで否定した。


 ノワールはしばらく疑わしげに僕を睨んだ後、ふいと視線を外し、父上に声をかける。

「フウの分は、後でお借りする事になるかと。俺も一応探します。学校には標準的なものしかないでしょうし、可能な限り強度の高い魔法具を確保しておいた方が良いでしょう」

「用意しておく」


 頷く父上に、ノワールは丁寧に頭を下げた。


「資金は、魔物討伐の金が入ったら返します」

「必要無い。ユハナを救ってくれた礼を、まだ払っていないからな。その分だと思ってくれ」

「……分かりました」


 静かに頷くノワールを見て、時々感じる違和感を、また感じた。



 時々見せる、礼儀正しい態度や言葉遣い。知識として身につけていると言うより、身に染みついているという感じだ。


 父上を差し置いて会話の主導権を握る様は、上に立つ事に慣れた人のようなのに、こういう時には酷く謙虚だ。そのアンバランスさが、凄く奇妙に映る。



「さて、残るは筆記試験の勉強だな。フウ、覚悟しておけよ」

「私だけ!? ノワだってあるでしょ?」

「俺は、この世界の魔法理論を確認し直す。お前はそれに加えて、一般教養を一から学ぶ。俺は1週間も要らないが、お前、間に合うのか?」


 片目を眇める彼を、いつの間にか反感を持たずに見ている自分に気づいた。


 彼の怖さも、強さも、妹を餌にした張本人だという事も、嫌と言うほど理解しているのに。彼の事を嫌っていない、憎んでいない自分がいる。



 ——堕ちるなよ——



 ふと、彼に囁かれた声が、聞こえた気がした。



「まあそれは、明日からにすると良い。今日は疲れたろう、部屋を用意させるから、休んでくれ」

「使用人には、俺達の事、どう説明するのですか?」


 ノワールの問いかけに、母上が微笑んだ。

「数人の、信頼の置ける者には説明します。他の者は、何も言わなければ怖くて近寄らないでしょうし。それでいいかしら」


 さりげなく貴方は怖がられるでしょうと母上は言ったわけだけど、彼はそれに何の反応も示さず、ただ頷く。


「お願いします」

「では、案内します。本当は使用人の仕事だけれど、それは事情を説明してからね。私が代わりに案内します」


 その申し出に、僕もミアも慌てた。


「母上、僕達がやりますよ」

「そうですわお母様、お母様がなさらなくても」


 けれど母上は、はっきりと首を振る。

「いいえ、2人はユハナのところに行きなさい」

 そう言われて、はっとした。



 彼の事で忘れかけていたけれど、ユハナは助かって、今眠っているんだ。そろそろ目を覚ますかもしれない。側にいて、無事を確認したい。


 僕達の様子に、母上も父上も微笑む。

「行きなさい。お前たちがずっと心配していたのは、あの子も分かっているから」

「ユハナはずっと、ミアの事を心配していたしね」



 2人に促され、僕達はユハナの部屋に急いだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。