虚偽 〜Noir〜
「さて、説明するべきはこんな所か?」
「はい。では、俺達の立場の確認から。フウ、ちゃんと聞けよ。聞いて、憶えないと駄目だからな」
「もう限界……」
フウが、疲れ果てた表情で首を振った。弱り切った様子のフウに、ノワールは冷たく告げる。
「自分で憶えないと、無理矢理憶えさせるぞ」
「憶えるもん!」
慌てた様子で、フウが姿勢を正した。溜息をついて、ノワールが口を開く。
「大体ですが、何か問題があったら言って下さい。
まず俺達は、身寄りを失い、国を追い出された。そこを移民に拾われ、生きる術と戦い方を学んだ。商売の真似事をする事で小金を稼ぎ、基本はどこの国にも入らないで、自給自足で生きてきた。
魔物に初めて遭遇したとき、行きがかりの祓魔師に救われ、その時に、身を守るためにと魔法を習った。魔物と遭遇する度に経験を積んだ事で、未資格ながらそれなりの祓魔師となる。その実力を元に、旅慣れない人間を魔物から救っては金を取っていた。
今回、旅慣れない人間があの草原に入っていないかと立ち入り、ヴィルヘルムを救う。彼の依頼を受けて、ミアを救うために集落に向かった。だが集落は滅んでおり、彼女はまだ餌になっていなかったので、連れて帰る事にする。貴族である2人は、今回の報酬代わりに、資格の無い俺達が学校に通えるよう、身元保証人となる事にした。
こんなものではないでしょうか」
「……君は、詐欺師になれそうだな」
「おや、この世界にも、詐欺師という職業がありましたか」
惚けるノワールに、お父様が苦笑する。私もお兄様も、ノワールの作り話に感心していた。
国の外で生活を続けていたならば、国の常識に疎くても不思議はないし、実践的な魔法に詳しい理由も考えられている。どうやって生きてきたか、その説明にもさほど不自然さはない。この世界には、確かにそうやって生きている移民がいる。
唯一、問題があるとすれば。
「祓魔師が、子供に魔法を教えるかしら?」
お母様が、それを指摘した。ノワールが肩をすくめる。
「学校で学ぶものばかりが、魔法ではありません。個人が持つ魔法というものがあります。フウなら身体強化ですね。彼女は説明しやすいでしょう。元々戦うときに無意識に使っていた身体強化の魔法を、より安全に使えるようにと祓魔師が教えた。そういえば相手は、魔法の暴発で命を失ったり、他人を巻き込んだりするのを回避する事を、国の決まりより優先したと考えるでしょう。魔法学校など、通常移民は行けませんからね」
「なるほど、フウちゃんは問題なさそうね。じゃあ、ノワールは?」
「……それで思い出した。ノワール、君は、髪と目の色を変えた方がいいかもしれないな」
お母様の問いかけに、お父様が言葉を重ねた。お母様が目で譲ったので、お父様が続ける。
「私達の世界では、髪や目の色は、魔力属性を示す。火は赤、水は青、風は黄色、土は茶色。私のように、紫ならば火と水だ。色の濃淡と魔力の関係性は、まだ判明していない」
「あれ? ラルスさんは髪が白いし、ミアは銀色だよ?」
フウの質問に、お父様が少し項垂れた。苦笑して、口を挟む。
「フウ、お父様の髪は、金髪よ。見事すぎて、白に近いけれど。
私は特別。銀色は、火、水、風、土の分類以外の魔法が使える事を示しているの。金色は、全ての属性を使えるという事」
「へえ、そうなんだ。ラルスさんすごーい」
素直な賞賛に、お父様が立ち直った。
「……フウ、魔力属性は、俺達の世界とルールは同じだ」
「え?」
フウが目を丸くする。私達も、驚いてノワールを見つめた。
私達の視線に戸惑う事なく、ノワールはフウに言い募る。
「言葉が違う。魔法特性と言っていた、あれだ」
「……ああ、そっか。うん、同じだね。じゃあミアは、光の属性かな?」
あっさりと言い当てられて、フウが、私の思っていた以上に魔法に詳しい事がわかった。
光の属性は珍しいため、あまり存在を知られていない。一人前の祓魔師でさえ、知らない人は多い。お父様もお母様も、私が生まれて、慌てて調べて、初めて知ったそうだ。
まあ、ノワールに魔法を教わったのならば、当たり前かもしれないけれど。
「え? じゃあ、まさか……」
不意にお兄様が声を上げた。私も気づいて、息を呑む。お父様とお母様は、厳しい表情で彼を見つめていた。
私達の視線を受けて、ノワールは頷く。
「そう、俺の魔法特性——魔力属性は、闇だ」
言い終わると同時に、彼が座っている椅子の影が立ち上がり、膨れあがり、彼を取り巻いた。
その状態のまま、彼は続ける。
「光と闇、相反する2つの上位属性。他の4属性を上回る威力を持つ。お前は水と風の属性も持っているようだが、それでも光の属性を持つ以上、擬似的に他の属性魔法も使えるのだろう」
目の前の光景に圧倒されながらも、何とか頷く。
「俺は髪も目も闇の属性を示している。そのため、通常の闇の属性を持つ者より、より強く闇魔法を使える。魔法だけでなく、こうして、闇を自在に操る事が出来る」
そう言いながら、彼は、自分の周りを渦巻く闇を伸ばし、私に向けた。勢いよく、闇が私に襲いかかる。
「ミア!」
お母様が悲鳴を上げるのを聞きながら、私は思わず目を閉じた。
「——唯一の弱点は、同じ属性である、光だ。光と闇は、相互の効果を打ち消し合う」
冷静な声にそっと目を開けると、闇は、私の手の届かない位置で静止していた。
「びっくりした……」
「このくらい、基本だろう」
ほっとした声を出すお兄様に、ノワールは呆れ声を出した。
「私達の国では、光と闇の属性は、稀少故に魔法使いの研究対象としか扱われず、魔法使いになってから詳しい事を学びます。基本どころか、専門です」
「そうか、それは悪かった」
反論すると、ノワールはあっさりと謝罪する。少し拍子抜けした。
「……だが、拙いな」
お父様が、深刻な声を出した。ノワールの口が、小さく笑みを作る。
「やはりこの世界でも、闇は忌むべきものですか」
やはりという事は、以前の世界でも……
彼の孤独を、知った気がした。
「ああ。光は愛され、闇は恐れられる。人間である以上、仕方のない事なのだろうな」
「闇の中では、人は動けませんからね。本当は、光も凶器となり得るのですが」
さらりと脅された気がして、感傷的になりかけていた気持ちが引き締まる。
「まあ、光の魔力属性を持つ娘さんがいればご存じでしょうが、上位属性を示す髪や目の色は、誤魔化せませんよ」
「……そうか、君でも無理か」
「研究すれば、方法が見つかるかもしれませんがね。俺の国では普通の外見ですから、隠す必要はなく、研究する気も起きませんでした」
「……え?」
お母様の驚いた声。ノワールはお母様を見て、前置いた。
「少し長くなりますよ。まだ決める事も多いですが、いいのですか?」
「いいえ、知っておきたいわ」
お母様の迷い無い答えに、彼は頷く。
「俺達の世界では、人種——地域性とでも思っておいてください——によって、髪や目、肌の色が決まります。ただしそれは、魔法の使えない人のみ。魔法の使える人間は、元々持つはずだった色に、魔法特性の色が上書きされます。両親とも黒目黒髪の普通の家に、赤い髪と緑の目の子供が生まれた、となれば、その子供は間違いなく魔法の才能があります。
フウの国では金髪と緑または青い目、俺の国では黒目黒髪が標準でした。フウの家は代々魔法士で、金髪などいなかったそうです。俺の家は魔法とは全く無縁でしたから、全員黒目黒髪。その為、なかなか気づかれませんでしたね」
それ以上、彼は何も言わなかった。フウが俯いたからだろう。フウは、いつもの明るさが嘘のように暗い顔をしていた。
「……ごめんなさい、あまり気の進まない話をさせて」
お母様も気づいたようで、急いで謝った。ノワールが首を振る。
「俺は別に、話す事に抵抗はありません。フウ、気にするな」
「……うん」
素っ気なさに返って救われた様子のフウが、少し元気を取り戻して顔を上げた。
それ以上何も聞かずに、お父様が話題を戻す。
「まあ、仕方が無いか。ただ、直接闇が操れる事だけは、隠しておいた方が良いだろう」
「分かりました」
簡単に頷いて、彼は話を続けた。
「まあこれで、出会った祓魔師が俺に魔法を教えた理由は明白でしょう。闇を操る子供に、魔法を正しく教える事は、大切です。いつか国を滅ぼしかねない」
他人事のように言うのを聞いて、もしかしてこれは、全てが嘘ではないのではと、感づいた。
きっと、ピエールがノワールとフウに魔法を教えた理由と、今彼が言った理由は、ほぼ一致するのだろう。




