待機 〜Rouge〜
ノワを待つという事を決めて直ぐ、カリナさんが近寄ってきた。
「フウちゃん、ごめんなさい」
「?」
何のことか分からなくって首を傾げると、カリナさんはどうしてか泣きそうな顔だった。
「貴方にも、彼にも、酷い事を言ったから」
「……あー、その事ですか……」
私の中では、ノワに怒られて反省したっていうイメージが強くて忘れかけていたけど、そう言えば私、ノワの事悪く言われて怒ったんだった。
「いいです。魔術が影響していたみたいですし」
「……でも、言ったのは、私自身よ? 操られていたわけでもない」
辛そうな顔でそう言うので、また首を傾げる。
「今は、そう思わないでしょう?」
「ええ」
「じゃあ、良いんじゃないですか? 間違えるって、誰にでもある事だし」
私が失敗してノワに怒られて落ち込んでた時に、マスターにそう言って、良く慰めてもらった。
「……そう」
カリナさんは、何だか変な顔で頷いた。ちょっと迷った後、私に聞いてくる。
「ねえ、フウちゃんと彼、どういう関係?」
「んー……、ノワは、仕事仲間で、先生です」
「先生? 魔法の?」
「魔法以外にも、いろいろ。化け物についてとか、えーっと、常識とか」
聞かれたらこう答えろと、ノワに言われた通りに返す。カリナさんが頷いた。
「じゃあ、勉強は?」
……べんきょう?
「言葉と、魔法士の資格を取るのに必要な知識くらいかな」
「……算術とか、読解とかは?」
さんじゅつ? どっかい?
「何ですか、それ?」
質問したら、カリナさんが言葉を失った。隣で、ヴィルさんまで口をぱくぱくしている。息でも苦しいのかな。
「……フウちゃん。貴方、今日からでも必死でお勉強しないと、学校に行っても、授業についていけないわよ」
「じゅぎょうって、何ですか?」
この言葉に、ラルスさんとミアまで、がばって音が聞こえそうな勢いで振り返って、固まった。
「……ねえフウちゃん、彼は一体、貴方をどんな子に育てるつもりだったの?」
今度は、カリナさんの声が低い。怒ってる?
……何で?
「普通の子」
嘘偽りなく答えると、皆が天井を見た。つられて上を見たけど、何にも無い。
「……彼の常識外れは、魔法だけかと思っていたが」
「まさかと思うけれど、彼も知らないのかしら?」
『…………』
全員が黙り込んじゃったので、会話が続かない。何となく足をぶらぶらさせながら、さっきのノワを思い出した。
ラルスさんを吹っ飛ばした時のノワの顔は、怒っているというより、焦っていた。いつも次の事を予測して動くノワが、何を焦っていたのかは、分からないけれど。
そして、「どうでも良い」と言った時の、ノワの、顔、は。
——諦めだけが、全てだった。
時々、本当に時々、ノワが見せる何かを捨てたような目は、きっと間違いだろうと、ずっと信じていた。
だって、ノワは。
『出来ると信じてやり続ければ、何だって出来る。方法はいくらでもある、自分で選べ。選んで、それをやり通せ。それでも出来ないとすれば、それは何処かで自分を疑っているか、はなから諦めているからだ。
自分を疑っている間は、良い。やめなければ、何時か、自分を信じられる成果が出るからな。だが、諦めてしまえば、そこで全てが終わりだ。
フウ、諦めるなよ。今は不可能に感じても、必ず出来るようになる。どれだけ俺とマスターを頼っても良い、必ず成し遂げろ。——絶対に、諦めるな』
何度も、何度も。ノワは、私の頭に刻みつけるようにそう言い続けた。だから、そんなノワが諦めるなんて、信じられない。信じたくなかった。
けど、あの顔は。ノワの願いだけじゃなくって、もっともっと大事な、私に今まで教え込んでくれた事まで全部、諦めようとしている顔だった。
「……何で、そんな顔をするの?」
小さく、誰にも聞こえないように呟いた。ここにはいないノワに届く事を、心から願って。
「ノワは、諦めないんでしょ。私にも、そうやって生きろって、教えてくれたじゃん。何で今になって、諦めるの?」
化け物になったからって、諦めて良いの?
良いわけないよ。
「——ノワは、ノワだもん」
そう言ってから、真っ直ぐ前を向いて——
——4人と、目が合った。
「あ、あれ?」
すっごく小さい声で呟いていたし、聞こえないと思ったんだけど。
「……フウ、ノワールが心配なのは分かりますが、貴方までそんな顔をしないで下さい。何だか、私達が貴方達を追い詰めたみたいじゃないですか」
ミアの言葉に、おそるおそる聞いてみた。
「……今の、聞こえたの?」
ヴィルさんが首を横に振りながら答える。
「何か言っているっていうのは口の動きで分かったけど、内容までは」
じゃあ、どうして分かったのかな?
「辛そうな顔をしているから。駄目よ、女の子がそんな顔してちゃ」
心を読んだのか、カリナさんがそう言って、にっこり笑った。
「変な顔でした?」
「いいえ。女の子はね、笑ってなきゃ。ねえ、ヴィル?」
「ちょ、ちょっと、そこで何で僕なのですか!?」
ヴィルさんの顔が、みるみる赤くなる。それを見て笑うカリナさんとミア、変な顔をするラルスさん。どうしたんだろう?
「……ヴィル、お前、そういう趣味があったのか」
「ちがっ! 僕は別に!」
「そうですよお父様、そう言ってはお兄様が可哀想です。フウの年齢は、私やお兄様と、そう変わらないのですから」
「…………え?」
一斉に、ラルスさんとカリナさんがこっちを見た。また? と口を尖らせ、頷く。
「うん、私もノワも、ミアやヴィルさんとほとんど一緒ですよ」
「彼も!?」
カリナさんが、半ば悲鳴のような声を上げた。そんなに私達、年齢と見た目が合ってないかなあ。
「これは……」
「予想外だったわね……」
顔を見合わせるラルスさんとカリナさんを、ヴィルさんとミアが笑って見ている。
「…………さて、そろそろ話を始めたいな」
気を取り直した様子のラルスさんが、ちょっと迷ってそう言った。
「そうですね。フウ、頼める?」
「……分かった」
さっきのノワの顔を思い出した。でも、考えてもきっと、しょうがないんだ。
ミアはきっと、ノワの事、何とかするつもりだ。だから私は、ノワが戻ってきたら、笑おう。
そう決めて、私はミアの後について、ノワがいるという部屋に向かった。




