撞着 〜Noir〜
短めです。
とにかく人のいない所にと転移魔法を使って移動した先は、使っている者がいないと思われる、薄暗い部屋だった。
暗闇に不自由は感じない。誰もいない事を確認してから、結界を張った。
壁にもたれ、ずるずると滑り落ちる。座り込み、片手で顔を覆った。
——感情を、暴発させてしまった。
顔を覆う手越しに、もう一方の手を翳し見る。掌に食い込んだ、爪痕。予想以上に深く刻み込ませて堪えていた感情は、結局、歪みに歪んで溢れてしまった。
俺を化け物として蔑んでいてくれれば、どれだけ罵倒されようと耐えきれた。……だが。
——今までの自分を否定するのか。
——人としての自分を、捨てられるのか。
——そうなった自分が、化け物を憎む資格があるのか。
思考の空白をつく言葉は、俺が目を逸らし続けていた感情と、ほぼ一致していた。
少しでもその内容を自覚していれば、まだ対処のしようがあっただろう。だが、半ば意図的に無視し、無いものとしてきたからこそ、それを無理矢理目の前に晒されて、後で自分1人で片付けるつもりだった感情を、あの場で決壊させてしまった。
「……俺も、まだ甘い……」
自嘲気味に笑いながら、呟く。その声に余裕がないことに気付き、更に自分を嘲笑った。
化け物と、自分を軽蔑して生きていくつもりだった。けれどそれは、今まで化け物を憎み続けてきた自分を殺すという事。そうなれば俺はもう、自分を軽蔑する事はおろか、化け物を憎む事さえ出来ない。
冗談じゃない。アイツがいなくても、俺は、化け物が憎い。今更、奴らを許すような真似は出来ない。
だが、奴らを憎む、人の心を持つならば。俺は、吸血鬼としての俺を、どう扱えば良いのだろうか。
人の心を持てば、吸血鬼は憎悪の対象だ。だが、自分を憎めば、結果的に化け物を憎めなくなる事に繋がる。
だからといって、俺は例外などとほざくことはしない。俺は確かに、血への欲求に支配された、吸血鬼だ。
「……くそっ…………」
顔を覆っていた手で、頭を掻きむしる。これほどどうにもならないと思ったのは、久しぶりだ。
ラルスの前に立ち塞がったフウに、殺す気で刀を向けていたあの時。ならば、全てを消せば良いという、実に甘美な声が耳を撫でた。
フウが、何もかも吹っ飛ぶと言った、その言葉に、この上なく優美な響きを聞き取って。気付けば全ての思考を放棄して、その言葉を実行しようとしていた。
あの時、未彩の名前が出なければ、まず間違いなく全てを壊していた。それほどに、その結論は魅惑的だった。
「……まあ、実際のところ、自殺に繋がる行動は、とれないようになっているようだがな」
もしかすると、あの時、ミアの姿がどうしても未彩にしか見えなかったのも、そのせいかもしれない。
立ち塞がった彼女の声が、言葉が、顔が、ずっと昔に忘れたそれらに重なって。今の俺を、彼女が責めている気がした。
……俺に、彼女を殺す事など、出来はしない。
だが。
「……例え未彩が止めようと、怒ろうと、……悲しもうと、俺は、この意思を揺るがせはしないと、決めたじゃないか……」
何故今更、こんな事になった。
「……自業自得、か」
そう呟いた所で、俺は乾いた嗤い声を聞いた。
転移魔法陣が俺の足下に浮かんだあの一瞬、送られる先を、期待した。もしかしたらフウは、そこならば1人で生きていけるようになるのではないかと。もしかしたら俺は、下らない全てから解放されるのではないかと。
——もしかしたら、今度こそ、終わりない戦いに終止符を打てるのではないか、と。
結果的に、俺は、最悪の状況に突き落とされた。
今、猛烈に後悔している。何故、あの長を倒しきれなかったと分かったあの時、死ぬつもりで一撃、放てなかったのだろうか。
「……言っても無駄か」
そう呟いて、俺は両手に顔を埋めた。
しばらく、ささくれ立った心を鎮め、結論を、探し出す。
「…………未彩は、知らなくて良い」
小さく、届くはずのない思いを、俺は言の葉に乗せた。
「未彩は、知らないままで良いんだ。俺が、あの頃1番馬鹿にしていたモノになった事も、未彩を殺したモノにさせられた事も。……あの頃の俺が、もうどこにもいない事も」
顔を上げ、届かない決意を、言葉にする。
「未彩、俺はお前を忘れた。だから俺は、お前に捧げた誓いを、破る」
色褪せていった記憶に、今更拘らない。
俺は。




