立場 〜Rouge 〜
障壁を展開。ミアとヴィルさんごと包んで、爆風を防ぐ。
目の前に腕をかざしていた2人が、その障壁を見て、ほっと息をついた。
「ありがとう、フージュ」
「いいえー。びっくりしましたねえ。お父さん、凄いんですね」
「父上は、祓魔師としても、とても優秀だから」
「……2人とも、何故平気な顔をしているのですか」
固い声にミアを見ると、青ざめた顔で爆風の中心地——ノワの居た所を食い入るように見つめている。どうせ煙で、何も見えないけど。
「……僕は、ミアが平気みたいだから、心配してないんだけど」
「私は彼が死ねば死にますが、怪我をしても何も分かりません。あれだけの攻撃を、あんな短い間に作った魔法で相殺したことには驚きましたが、爆風に巻き込まれて平気なはずがないでしょう」
険しい口調にヴィルさんが驚いた顔をした後、真剣な顔でミアと同じ方向を見つめた。そんな取り越し苦労の2人に、ノワの真似をして、小さく肩をすくめてみる。
不意に、風が煙を吹き払う。そこにはノワは居なくて、ミア達のお父さんだけが立っていた。
「……消し飛んだ、か? あの爆発自体、吸血鬼には致命傷だが——」
「残念ながら、俺は意外と丈夫でしてね」
『!?』
ヴィルさん達3人が、驚愕に飛び上がった。ホントに飛び上がる人って居るんだなあと思いながら、声の方向に目を向ける。
ちょっと服が焼け焦げた、けど無傷のノワが、お父さんの後ろに立っていた。
「貴方の戦い方、魔法や魔術、術式の併用は、本当に面白い。興味のあまり、少し気が緩んでいたようです。……マスターに知られたら、何と言われるか」
最後の呟きは、本当に小さな声だったけど、私には辛うじて聞こえた。思わず吹き出す。
「『魔法オタクも大概にせんか』!」
マスターの声真似をしてそう言うと、ノワが肩をすくめた。
「お前、どうして……!」
ようやく驚きを声に出したお父さんに、ノワが律儀に答える。無視すると思ってたから、ちょっと意外。
「いえ、爆風は堪えました。致命傷、とまではいかなかったですがね。俺の作った術式は、案外優秀なんです。多少の怪我は、勝手に治りますよ」
お父さんがぱくぱくと口を開閉させている。私は、さっきのノワの術式を思い出していた。
「防御」に性質を限定し、「耐火」の属性を付与し、攻撃を「収束」させ、収束しきれないで生じる爆風を、ノワに対して「無効」にする。未完成な術式だったから、少しは攻撃を受けたようだ。
ノワが術式の構築を失敗すること自体物凄く珍しいんだけど、多分それは、その前の攻撃のダメージと、咄嗟に構築しかけた魔法を止めることに意識を向けちゃったからだと思う。
……あれ使ったら、お父さん、即死だった。
「さて、予定が狂いましたが、まあ結果は出たので良いでしょう。続きといきましょう」
ノワが刀を構え直す。咄嗟にお父さんも剣を構えたけど、直ぐに剣を引いた。
「……いや、私の負けだ。あれで仕留められないなら、私に勝ち目はない。あれは、私の最高の魔法だからな」
「おや。やめますか」
「これ以上やると、痛い目に遭いそうだ」
ややつまらなさそうなノワ。お父さんのびっくり箱魔法、気に入っていたみたい。私も面白かったけど。
「——ミア」
不意に、お父さんがミアの名前を呼んだ。ミアが背筋を伸ばす。
お父さんはミアを真っ直ぐ見つめて、静かに問いかけた。
「私がさせておいて、聞くべき事では無いだろうが……覚悟は、あるんだな」
「はい」
はっきりと頷いたミアを見て、お父さんは目を閉じた。
「——そうか。分かった、お前達の要求を呑もう。彼らを……匿う」
「ありがとうございます」
お父さんに、お礼を言った。お世話になる人には、お礼を言うんだよね。
確認のためにノワに目を向けると、ノワは私を見ていなかった。私には分からない感情を目に浮かべて、父娘を静かに見つめている。今まで見たことのないその目に、どきっとした。
「私の名前は、ラルス=ヘンリク=パーヴォラだ。……君達の名前は?」
名乗ったお父さんに、とりあえず私が答える。
「ダンスーズ・フージュです。で、こっちは——」
「スブラン・ノワール」
珍しく自分から名乗ったノワは、さっきの表情は跡形も残っていなかった。
「フージュとノワール、か。……ノワール」
「はい」
ノワに真っ直ぐ向き合って、お父さん——ラルスさんは、頭を下げる。
「——ミアを……頼む」
ノワが小さく息を吐き出した。
「……俺は、貴方に頼まれるようなモノではありません。彼女はあくまで、餌としてしか扱えません」
ノワらしいけど冷たい答えに、ラルスさんが勢いよく顔を上げる。怒鳴りかけたラルスさんに、ノワが言葉を重ねた。
「ただ、餌を無闇に失う真似はしません。次を探すのは容易ではないでしょうし。そういう意味では、彼女を危険に晒さないように尽力します」
驚いた。ノワが、どのような形であれ、誰かをこんな風に守ろうとするとは思わなかった。他人を守るなんて夢幻、やるだけ無駄って言うのが、ノワの自説なのに。
「ありがとう」
勿論そんな事を知らないラルスさんは、律儀にも礼を言った。その彼に、凍り付くような声が浴びせかけられる。
「——吸血鬼に頭を下げ、娘を任せた挙句、礼を言うとは、馬鹿か? 先程自分が言った言葉を、忘れたのか」
ノワのその言葉に、ラルスさんだけでなく、ヴィルさんもミアも、凍り付いた。
「「吸血鬼を信用することなど出来ない」。貴方の言葉だ。それをもう撤回するのか? 俺が勝ったから、信用するのか? 愚かな。先程貴方は、感情を廃し、領主として、1人の人間として、俺を排除しようとしていた。それが今、俺に負けた事で、己の言った約束に縛られ、娘への情に流され、俺を頼ろうとしている。自分にはもう出来ることはない、そう思い込んで」
ラルスさんが、はっとした表情になった。それを見ながら、一言一言、ラルスさんの頭に染み込ませるように、ノワが言葉を紡ぐ。
「俺達を匿うということは、逆に言えば、俺を常に監視下におけるという事。本気で娘を案じるなら、俺から目を離すな。吸血鬼を家の中に置くんだ、警戒をしてし足りないという事はない。娘を守りたいのなら、俺を疑い、見張れ。決して、心を許すな。化け物を、信じるな」
ノワらしい言葉だと思う。吸血鬼を心の底から憎むノワは、本気だ。本気で、吸血鬼を疑えと、信じるなと言っている。その意見を、自分が吸血鬼になったからって、変えるつもりも、自分を例外にするつもりも無いらしい。あれだけ嫌っていたノワだ、無理もないんだろうと思う。
けど、ラルスさんもヴィルさんもミアも、ノワの言葉に衝撃を受けているみたいだ。自身を全否定する言葉に、ショックを受けているらしい。
「……君は、一体……」
「異世界の存在だと、説明しました。後は、言っても詮無い事です」
そう言ってノワが、視線を外す。合流した時に見た憔悴が顔によぎった気がして、俯いた。
……あれ程吸血鬼を憎んでいたノワが、こうなってしまった事に、何も感じないわけがない。混乱していたのも、そのせいだと思う。下手な同情なんて、出来ない。




