出発 〜Noir〜
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意識が唐突に浮上するのを感じて、俺は目を開けた。
ゆっくりと身を起こす。躯に上手く力が入らないが、どこか悪いわけではない。寧ろ、この世界に来て以来、1番具合が良い。
「……油断した…………」
苦い思いで呟きを漏らす。気を失う前に感じたマスターの魔力を思い出した。
元の世界でも時折かけられた魔法。最近は警戒していたから、そうやられることはなかった。ダメージを溜め込むほど化け物に手こずらなくなったというのも、理由の1つだが。
予想以上に蓄積していたダメージのせいで、知らず知らずのうちに気が散っていたようだ。そうでもなければ、あんなにあっさりとやられたりしない。
それにしても、気を失うとは。今まではせいぜい、動けなくなるだけだったのだが。そんなに溜め込んでいただろうか。
おまけに、その後かけられた眠りの魔法のためか、余計な夢まで見る羽目になった。
まだ覚えていた自分に、素直に驚きを感じる。もう、5年くらいは経っているはずだ。
マスターは、俺が魔法を悪用しないこと、訓練を投げ出さない事を約束させた後、俺に魔法を、化け物との戦い方を、教えることを了承してくれた。俺に再びまともな生活を与えてくれたのも、マスターだ。その事は感謝している。
もし彼に会えなければ、俺は、奴らと戦う術も知らないまま、あの場所で果てていただろう。
溜息をついて、ベッドから降りる。立ち上がった時に、少しバランスを崩しかけた。
「……?」
先程から、妙に躯に力が入らない。その上、頭がぐらぐらする。マスターの魔法から目覚めた以上、ダメージは全て解消されたはずだが——
その疑問に対する答えは、部屋に入って来た存在によって、直ぐに明らかになった。
「あっ……」
声を漏らす来客——ミアを見た途端、俺は無意識に彼女に1歩、詰め寄った。
俺を見たミアは、驚きから解放された後、微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「……ようやく、目覚めたのですね」
「どのくらい眠っていたんだ?」
ようやくという言葉に力が入っていたことが気になり、尋ねてみる。
「5日です。今日目覚めなかったら1度起こすと、ピエールが仰っていました」
予想以上に眠り込んでいたらしい。それは——渇く、はずだ。
俺が手を伸ばすと、ミアは直ぐに察して、腕を差し出した。その腕を引き寄せ、牙を突き立てる。
しばらく渇きを満たした後、ゆっくりとミアから離れる。何故かミアは、不満げな顔をしていた。
「もう終わりですか?」
「お前、何だか妙な中毒でも起こしていないか?」
多少胡乱げに聞き返す。血を吸われるのが癖になったなどと言い出したら、不気味に過ぎる。
「そうではありません。5日ぶりなのにこれだけでは、足りないでしょう?」
「……そろそろはっきりさせる必要がありそうだな」
この方法はあまり好ましくないが、いい加減納得させなければならない。いちいち同じ会話を繰り返すのも面倒だ。
部屋に魔力遮断の結界を張り巡らせた後、俺は魔力を解放した。
凄まじい風が部屋に吹き荒れる。部屋に置かれた、決して軽くはないはずの家具が巻き上がり、宙を舞う。巻き込まれないよう事前に抱え込んでおいたミアは、腕の中でその威力に言葉を失っていた。
魔力を収めてから、ミアを解放する。
「今見た通り、俺の魔力は他者とは桁違いだ。それこそ、お前の弟にかけられた呪いがあっても、魔力不足に悩む心配が無い程にな。そして、これはほぼ無意識に行っているんだが、俺は普段から魔力の1部を生命保持に消費している。元から通常より少ない食事で生きていけた。それは吸血鬼になっても変わりない。血を飲む量が少ないと感じるのならば、そのせいだ」
彼女の体調を気遣っても、俺の体調がどうにかなるわけではない。魔力は普通の食事で補えるから、下手に血を飲むよりも効率的に体力を回復でき、飢えをしのげる。……まあ、本格的に飢えると、食べ物では補えなくなるようだが。
ちなみにこの技術は、路上で生きている頃に無意識に身につけていた。他の仲間より妙に飢えに耐えられると思っていたが、魔力なんぞ存在すら知らなかったため、気付かなかったのだ。
「そう、ですか……」
まだ何か気になっているようだが、気にしている時間は無い。
「さて、行くか。もうタイムリミットだろう?」
「え?」
きょとんとした顔で聞き返すミアに、現状を把握させる。
「あれから5日も経っているんだ、何時政府の人間が来てもおかしくない。さっさとここを離れるぞ」
「誰のせいだと思うておる」
俺の言葉に答えた声に、驚いて目を向けた。
「……マスター、まだ帰っていなかったのですか?」
「馬鹿弟子を眠らせた責任は取らんとな。しかし……やっと起きたか」
マスターの言葉を聞いて、先程のミアの発言を思い出した。今日起きなかったら起こすと言っていたが、それはマスターにしか出来ない。残っていると、そこから分かるはずだった。
まだ本調子ではないようだ。そう思いつつ、それを悟らせないように肩をすくめる。
「俺も驚きました。ですが、その間マスターがいたなら、もうここを離れる準備は出来ているのでしょう?」
「ああ、いくらか食料などを拝借し、隣の部屋に置いてある。お前が管理するといい」
「分かりました。それでは、行きますか」
頷いて歩き出そうとした俺を、マスターが止めた。
「その前に、話がしたい。何、多少時間が遅くなっても大丈夫だろう」
その言葉を聞いて、魔力を半径5キロ圏内に薄く広げる。ここから4キロの所に、こちらへ向かう人間を確認した。
「その余裕は無さそうですよ」
指摘すると、マスターが苦い顔で黙りこくった。その機会を逃さず、ミアを伴い隣の部屋に移動する。
部屋には、大量の食料と水、その他テントなど野営に必要な物が置いてあった。馬車1台分くらいありそうだ。
「……一体何日間かけて移動する気だ?」
呆れて尋ねると、部屋にいたヴィルヘルムが当惑した様子で答えた。
「……僕もそう思うんだけど、「運べるから、もらえる物はもらっておけ」って、ピエールが……」
「…………」
言うまでもなく、運ぶのは俺だ。相変わらず人使いが荒い。
「……まあ、苦労しないからいいが」
魔力を練り上げ、虚空間の入り口を開く。部屋に積み上げられている物を浮かせて、順に放り込んでいった。
「……えーと、ここはどう反応するべきかな?」
「お兄様、いちいち驚いていては、体が保ちません」
兄妹の会話を無視して、全ての荷物をしまい、再び空間を閉じる。
「さて、あのじゃじゃ馬はどこだ?」
ミアに尋ねると、曖昧な顔をした。
「先程まで、この荷物を運ぶ手伝いをしていてくれたのですが……」
大方、最後に屋敷を探検しようとか思い至ったのだろう。まあ、迷子になることはないと思うが。
(……フウ、今すぐ戻ってこい)
探すのも面倒なので、直接言葉を送った。
(うわ! ノワ、起きたの?)
返事は直ぐに戻ってきた。予想通り、俺が眠っている間の暇つぶし中だったようだ。
(ああ。もう出るぞ、荷物のあった部屋まで来い)
(んー……、ちょっと気になる物があるから、もう少し待って)
珍しく、フウが俺の言う事に逆らう。普段なら別に構わないのだが、状況が状況だ。
(もう政府の人間がここに来る。待つ時間は無い。物なら持って行ってやるから、持って来い)
(分かった、5秒で行く)
(待て、お前今何処に——)
5秒という中途半端な時間——転移魔法なら1秒とかからないし、このでかい屋敷を歩けばこの廊下の端からでも10秒はかかる——に凄まじく嫌な予感を覚えて止めようとしたが、手遅れだった。
爆音が上の階から聞こえ、続いて猛スピードでダッシュする音。音は俺達のいる部屋の前で急停止して——
「お待たせ——痛ーっ!!」
——飛び込んできたフウに、虚空間に入れてあった魔術書の1冊を思いっきり投げつけた。
見事に顔に当たって痛がるフウに、一言。
「屋敷を壊してまで急げとは言っていない」
「あうー……ごめんなさい」
涙目で謝ってくるフウの目を見る。一応反省しているようなので、いいだろう。魔術書を元に戻す。ついでに、フウの気になる物とやらもしまっておいた。古ぼけた、薄いノート。日記だろうか。何故気になるのかは聞かない。何となくとしか言わないだろう。
「さて、行くぞ。……ああその前に、記憶操作か」
里に残る元餌達に、俺達の存在を忘れさせる魔法。多少魔力を消費するだろうが、まあ大丈夫だろう。
「それは儂がやっておいたよ」
そう思っていた矢先に、マスターからのこの言葉。意外に思って目をやると、マスターは顔を顰めた。
「何だその顔は。お前が寝ている間、暇だったんでな。料理は止められるし、せめて魔法の面で手伝おうと思ったのさ」
フウが頑張って抵抗したらしい。マスターの料理好きは、相当なものなのだが。
「1度手伝おうとなさった時に、包丁の扱いがあまりに危ない上、調味料を間違えそうになったので、お断りしました」
……本当にこの娘、見かけを裏切って逞しい。
「まあ、正解だな。お前が言えば、マスターも手を出せないか」
その時のマスターの顔を想像して、不意打ちを食らってしまった溜飲を下げた。
「だったら、直ぐに移動だな。馬車はあるのか?」
「集落の外に。昨日餌はやったから、大丈夫だと思う」
ヴィルヘルムの答えに軽く頷いてから、移動魔法を発動した。座標設定は、集落の外、フウがいた辺り。
魔力光が一瞬閃き、収まった時には移動が終わっていた。
続きます。