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移動手段 〜Noir〜

「僕達を1度に運べるんだな」


 今日になってやたらと話しかけてくるヴィルヘルムに、目を合わせないまま答える。

「魔力量には恵まれたからな。……さて、馬車、だが。まさか、これじゃないよな?」


 「目を合わせない」というよりは、彼の言う「馬車」に「目が釘付けになっている」の方が、表現としては正確だが。


 目の前にあるのは、ごく普通の馬車だ。割と大きい物で、俺達全員が苦も無く乗れるだろうと一目で分かる。手入れもされているし、良い馬車だ。


 ——引く物が馬ではなく、3つ目の魔物でなければ。


「いや、これだよ。馬車というと、ちょっと語弊があるけど」

「この世界では割と一般的な魔物です。早くて力もあるため、馬よりも馬車に使われる頻度は高いですよ」


 ヴィルヘルムに続いて、ミアの説明。フウはこれに乗ってきたのだろう、驚いていない。マスターは興味深げに観察している。どのみち2人とも、これに乗ることに抵抗はないらしい。



 だが。



「巫山戯るな、俺は絶対に乗らないぞ」

 嫌悪を抑えきれないまま、宣言する。


「お前達が乗りたいのなら好きにしろ。魔物の引く物になど、俺は乗らない」

「……ノワール」


 マスターの諫めるような声が聞こえたが、無視して続けた。


「元々、この移動手段はリスクが高い。役人に見つかるとか、魔物に遭遇するとかな。あまり気が進まないと思っていたが、これで決まりだ。この移動手段は採用しない」

「ですが、まさか歩くわけにもいきませんし……」

「それも悪くないがな。だがそれだと、お前達の弟の容態が保たないんじゃないのか? 仮に例の魔道具なんか使われてみろ、手遅れになる」


 ミアが息を呑む。兄妹に焦りの色が生じた。


 ……というよりも、暢気に馬車で移動していたって、手遅れになったのではないだろうか。フウがここに来るまで、1週間以上はかかっていた。


「お前たちの故郷は、入るのに検問とかはあるのか? 貴族って事は、どこか大きな街にいるのだろう?」 

「あ、はい。私達は王都の隣町、カラルに住んでいます。カラルの入り口では、軍が1人1人チェックします。……私達のような貴族では、紋章だけで全員通行できますが」

「つまり、この馬車に乗れば、全員入れるという事か」


 頷くミアを見て、少なくともその間だけはこれに乗らざるをえないのかと、心底げんなりした。


「……まあ良い。だったら、カラルに1番近く、人目に付かない場所を思い付くか? 大体の位置を、頭に思い浮かべられるか?」

「ええと……」

「あ、僕が分かるよ。ここに来るまでに、地図は頭に入れたから」


 俺の問いかけにミアは言葉を濁したが、代わりに兄の方が名乗り出た。位置情報は、正確であればある程助かる。本人は気が進まないだろうが、力を貸してもらうことにした。


「よし、なら地図上の位置と、その場所の光景を頭に浮かべてくれ。出来るだけ正確にな」

「いいけど……、何をする気?」

「それは勿論……ああ、忘れていた。マスター、付いてくる気ですか?」


 このじじいまで付いてくると、事情説明が更に面倒になる。


「いや、儂はここで見送りだな。1度戻る。そのうちご家族にはご挨拶させていただくかもしれんが」

「とりあえず、話が纏まってからですね。そのうち俺が連絡します」

「そうしてくれ」


 師がやや不安げな色を目に浮かべて、俺を見つめる。らしくもない表情がひっかかるが、いちいち追求している時間も無い。



「では、また。……ヴィルヘルム、良いか?」

「ああ」


 頷くヴィルヘルムの額に触れ、目を閉じる。彼が浮かべている座標と場所のイメージを共有したまま、魔法を発動した。



 空間が歪むような感覚が1秒未満続いた後、周りの空気が変わったのを感じて目を開ける。目の前の光景ががらりと変わっていた。

 随分と澄んだ気に満ちた森林。直ぐ側には泉もある。ぱっと見たかぎりでは、飲むことさえ出来そうな程透明だった。


「え? ……え!?」

 ひっくり返った声の主に目をやると、兄妹が目を白黒させていた。この魔法も、この世界には無いらしい。


「久しぶりだねえ、ノワの移動魔法。馬車もばっちり運べてるよー」

  フウの言葉に振り返ってみると、言葉通り無事馬車も運べたようだ。失敗したら戻らなければと思っていたので、都合が良い。


「久しぶりか?」

「んー、こうやって座標指定が曖昧なのは久しぶり」

「言われてみればそうだな」


 向こうの世界では移動手段に事欠かないし、行き慣れた場所以外で移動魔法など、人目が怖くて出来なかった。


「場所を知らないのに、移動できるの? それも、僕がイメージした場所そのままを?」

 未だに声が上擦っているヴィルヘルムの疑問に、首肯で答える。ヴィルヘルムが肩を落とした。

「……僕が学校で必死で勉強している事って、何なんだろう……」

「俺が学校に行く気を失うから、やめてくれないか」


 かなり本気で頼み込んだ。この程度の魔法でそこまで言われると、この世界の魔法理論について激しい不安しか感じない。


 気を取り直し、兄妹に尋ねる。

「さて、ここからカラルまで、それで5分、といった所か?」

「はい。ユーナ——この魔物の名前です——に魔力譲渡すれば、1分とかかりません」


 ミアの言う名前が魔物全般を指すのか、飼っているから名前を付けているのかは、後々調べる事にする。


「フウ、お前ここからあっちに向かって、大体どれくらいだ?」

 森から覗く塀を指差して訪ねると、フウは小首を傾げて答えた。

「んー、身体強化使えば、20秒もかからないと思うけど? ノワでも、30秒以内じゃないの?」

「多分な。よし、走るぞ」

「いやいやいや! そんなに早く走れないよ!?」

 ヴィルヘルムの反論に、あからさまに舌打ちして見せた。


「だったら、そいつに魔力譲渡とやらを使って、さっさと行くか」

 底無しに気が滅入るが、この先は絶対に乗らないと誓う代わりに、今回だけ我慢することにした。


 魔力譲渡の方法は大体分かる。簡単な魔法陣を展開して、目分量で魔力を注ぎ込む。


 心頭滅却して馬車に乗り込み、御者は自ら名乗り出たヴィルヘルムに任せて、身を荷台の壁にもたせた時——


 ——馬車は、素晴らしいスピードで疾走し始めた。



「2,30秒で着きそうだな。意外と優秀じゃないか」

「普通はこんなに速くなりません。ノワール、どれだけ魔力を注いだのですか」


 ミアの反論に、曖昧に肩をすくめて誤魔化した。自身の魔力の1000分の1以下と言ったって、信じそうにない。



 ヴィルヘルムが悲鳴を上げていた気がしたが、きちんと御しきれているようなので、聞こえぬふりをして、そのままそ知らぬ顔で馬車の揺れに身を委ねた。 





 30秒後、馬車はカラルの門の前まで辿り着いた。


「ノワノワ、凄かったよ! 御者席に乗ってるとね、景色がびゅーんって流れてくの。元の世界にあった速い乗り物、えっと、何て言ったっけ……」


 ヴィルヘルムの隣に座っていたフウが、目を輝かせて話しかけてきた。言いさした名詞を適当に推測して、口の端に乗せてみる。

「ジェットコースター、か?」

「そうそれ! それみたいだった!!」

「……乗った事無いだろう」

「何となくだよ!」


 興奮気味に語るフウの背後に、ぐったりした少年の姿が見えたようにも思えたが、気のせいということにしておく。


「ねえノワ、あれだったら、毎日でも乗りたい!」

「お前1人で乗れよ。俺はもう一生乗らないからな」


 釘を刺してから、馬車の外の様子を伺う。門番の検査を待つ列は、然程長くない。5分以内には通れそうだ。


「……ノワール、一生乗らないというのは、難しいと思うのですが……」

「何があっても乗るか、こんな気分の悪いもの。移動に時間がかかろうと馬を使うぞ、俺は」


 ミアの言葉を切り捨て、そのまま意識を広げ、街の様子を探った。面白いことが分かり、無意識に目を細めた。

「……この街、魔力量の多い人間が多いな。この世界では、皆こんなものか?」


 前の世界でもなかなかお目にかからない魔力量を誇る人間が、あちらこちらを歩いている。初級魔法士会が行われる時並みだ。混ざり合う波動が織りなす光が、揺らいで見えた。


「いえ、この街は魔法研究が盛んで、優秀な魔法使いが集まっています。それに、特に将来有望な生徒の通う魔法学校が、3つもあります。必然的に、魔力量の多い人間が集まるんです」

「学研都市、か。成程な」


 以前の世界では単なる学術研究都市のみだったが、ここには魔法学術研究都市がある、というわけだ。レベルはともかく、魔法の普及度合いは、こちらの世界が遙かに上のようだ。


「……がっけんとし……?」

「ああ、気にするな」

 不思議そうな顔をして首を傾げるミアに手を振ってみせる。その隣で疑問符を浮かべているフウは無視だ。



 そんな会話を交わしている間に、俺達の馬車は前の検査を待つのみとなっていた。顔色の悪いヴィルヘルムが、荷台の中に顔を覗かせる。


「悪いけど3人とも、中に入るまで顔を出さないでくれ。いくらこの馬車が紋章を付けていると言っても、外者はいくらか警戒されてしまうからね」

「実際、警戒されるべきだしな」


 頷いて、勝手に出て行かないよう、フウを引き寄せる。フウはやや不満げな顔をしたが、大人しく俺の横に腰を下ろし、口を閉じた。


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