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探索者事務所をクビになった気象予報士ですが、ダンジョンの天気予報配信がなぜか攻略組の命綱になっています  作者: ま
第一章「予報は、外れません」

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第6話 避難経路は、三つあります



 十二時五十一分。

 私は配信の開始ボタンを押す。

 題名を考えている暇はない。


 【臨時ニュース】第二十層 魔素嵐


 通知が飛んだ瞬間から、同接の数字が跳ね上がっていく。

 五百。二千。一万。



「臨時ニュースをお伝えします。第二十層に、逆流型の魔素嵐が近づいています。発生は、あと十分から十五分後と予想します」



 "来たか"

 "マジで当たるのかよ"

 "アルファまだ二十層にいるぞ"


 もう一つの画面では、アルファの配信が続いている。

 第二十層の入口、大広間。

 大階段を下りきったところで、氷室さんがカメラに笑いかけている。



『さあ、ここからが未踏の区域です! いやー、空気が澄んでる。ソラミルさん、さすが』



 私は、画面の隅を見る。

 壁の苔が、灰色にくすんでいる。

 天井の結露は、粒が大きい。

 そして、氷室さんの明るい髪が、下から上へ、ふわりと揺れた。


 風が、深層から大階段に向かって吹き上がっている。



「アルファの皆さん。避難経路は、三つあります」



 私は、観測ノートに描いた第二十層の地図を、カメラに向ける。



「一つ目。来た道の大階段。これは使えません。逆流型の嵐は、いちばん太い縦穴を煙突のように駆け上がります。大階段は、嵐の通り道になります」



 "え、帰り道がダメなの"

 "じゃあどうすんの"



「二つ目。大広間の西の端にある、旧坑道。初期の調査隊が掘った細い坑道で、第十九層の西側に抜けます。嵐が大階段に吸われるぶん、坑道では上から下へ、きれいな空気が流れ込むはずです」



 画面の中、大広間の西の壁。

 坑道の入口の苔だけが、黄緑色に明るく光っている。

 苔の光が強いほうが、魔素は薄い。



「三つ目。どちらにも間に合わなければ、大広間の東の窪地に伏せて、嵐が頭の上を通り過ぎるのを待ってください。ただし、これは最後の手段です」



 "アルファのコメ欄に流す!"

 "西の旧坑道な"

 "文字起こし貼るわ"


 灯台のときと同じだ。

 視聴者の誰かが、私の言葉を文字にして、アルファのコメント欄へ流してくれる。


 でも、アルファの画面のコメント欄に、その書き込みは出てこない。


 "消されてる"

 "天気って入れると表示されないぞ"

 "NGワードだ。天気、予報、雨宮、魔素嵐。全部弾かれる"

 "事務所がスポンサー向けに設定してるんだろ"


 私は、一瞬だけ言葉に詰まる。

 スポンサーの広告の横で、別の予報が流れるのは困る。

 そういう判断なのだろう。事務所にいた私には、少しだけ分かってしまう。


 でも、今はそれどころではない。



「皆さん。天気の言葉は、使わなくて大丈夫です。行き先だけを書いてください。西の坑道。今すぐ」



 "了解"

 "西の坑道 今すぐ"

 "西の坑道 今すぐ"


 数十秒後、アルファのコメント欄が、同じ一行で埋まり始めた。



『……なんだこれ。西の坑道?』



 氷室さんが、首をかしげて画面を覗き込む。

 後ろの三人が、顔を見合わせている。



『荒らしかな。まあいいや、先に進みまーす』



 十三時三分。

 アルファの画面に、細かいノイズが走った。

 大階段のほうから、低い唸りが聞こえてくる。



『あれ? なんか、風出てきたな』



 その声にかぶさるように、別の声がした。



『氷室! 大階段に戻るな!』



 西の坑道の暗がりから、大柄な人影が飛び出してくる。

 熊谷さんだ。


 "熊さん!?"

 "誰?"

 "ブレイヴラインの古株だよ"


 アルファの配信の冒頭で、第十九層の補給の拠点に残る荷物番として紹介されていた人だ。

 その手に、スマホが握られている。

 画面に映っているのは、私の配信だ。



『西の坑道だ。上から風が来てる。俺はこの坑道を一度通った。案内する』


『いや、熊さん、ソラミルは晴れって――』


『晴れの予報で、俺は昔、仲間を一人置いてきた』



 氷室さんの顔から、笑みが消える。

 熊谷さんは、それ以上は何も言わない。先に坑道へ向かって、振り返らずに手招きした。


 氷室さんは、一度だけ大階段のほうを見た。

 それから、頷いた。



『……全員、西の坑道へ。走れ』



 十三時六分。

 大階段の奥が、白く光った。


 アルファの画面が大きく揺れ、砂嵐のようなノイズに覆われる。

 そして、真っ黒になった。


 【配信は中断されています】


 "切れた"

 "嘘だろ"

 "間に合ったのか?"


 同接の数字が、私の画面のほうへ雪崩れ込んでくる。

 五万。十万。十五万。

 私は、机の縁を握って、深く息を吸う。


 予報士の仕事は、嵐を止めることではない。

 嵐のあとに、誰を、どこで待つかを伝えることだ。



「灯台の皆さん。救助隊の皆さん。旧坑道の出口は、第十九層の西の端です。そこで待ってください。坑道の中は、上から下へ風が吹いています。出口の側にいれば、嵐はそこまで上がってきません」



 灯台の配信では、美羽さんのカメラが、第十八層から第十九層へ駆け下りる四人と、救助隊の背中を映している。

 神崎さんが、一度だけカメラのほうを振り返った。



『聞こえています。西の出口ですね』



 それから先は、待つしかない。


 私は、魔素計と気圧計の数字を、五分ごとに読み上げる。

 祖父の気圧計の針は、左に振れきったまま戻らない。

 魔素計の針は、細かく、速く、震え続けている。


 "アルファ、生きてるよな?"

 "お姉さん、どうなの"



「分かりません」



 私は、正直に答える。

 予報士が言えるのは、分かることだけだ。



「分かっているのは、坑道の中の風向きです。嵐が大階段を上っているあいだは、坑道には上から、きれいな空気が流れ込み続けます。熊谷さんは、それを知っていて、風に向かって歩いているはずです」



 "元山岳部だけど、吹雪のときも風上に向かって下山しろって教わった"

 "熊さんって、あのスレの>>31か"

 "頼む"


 コメントの流れる速さが、少しだけ落ちる。

 二十万人近い人が、黙って同じ画面を見ている。

 灯台の画面の中では、第十九層の西の端の苔が、まだ黄緑色に光っていた。


 十三時三十一分。

 灯台と救助隊は、旧坑道の出口にたどり着いた。

 坑道の奥から、風の唸りが響いてくる。


 十三時三十八分。

 白く霞んだ坑道の奥に、明かりが揺れた。


 一人。二人。三人。

 最後に、氷室さんが転がるように出てくる。


 四人。

 アルファの四人だけだ。



『熊さんが……! 最後尾で、落石に足を取られて。俺たちに先に行けって』



 氷室さんの声が、震えている。

 坑道の奥では、嵐の白い渦が、まだ唸りを上げている。


 神崎さんは、救助隊の人からロープを受け取り、腰に結んだ。

 大河さんが、その端を黙って握る。



『灯台は、仲間を必ず帰すために付けた名前です』



 神崎さんの背中が、白い渦の中に消えた。


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― 新着の感想 ―
AI外れまくりだな、そのことを苦情で言えば AI「ごめん、天気が良いと言ったのはミス、あなたのいうとおりこの日は魔素嵐だった」とか言いそうだな
こんばんは。 やっぱりAI予報、盛大に大ハズレじゃねぇか! これが天気予報なら「(AIも)まだまだだね(テニヌ並感」と笑い話に出来ましたが、命の危機に関わるダンジョンだからなぁ…。
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