↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探索者事務所をクビになった気象予報士ですが、ダンジョンの天気予報配信がなぜか攻略組の命綱になっています  作者: ま
第一章「予報は、外れません」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/20

第5話 晴れのち、魔素嵐



「スポンサーは三社。同接の目標は十万。広告枠はもう全部売れてる」



 ブレイヴラインの会議室。

 ホワイトボードの前で、黒川は上機嫌に手を叩いた。


 ボードの端には、つい先日まで予報士が使っていた赤いマーカーの跡が、うっすらと残っている。

 明日 十四時ごろ 第十二層 魔素嵐。

 誰も消さなかった文字の上に、黒川は新しい企画書を貼りつけた。


 【アルファ 第二十層・初踏破 完全生配信】



「二十層はまだ誰も踏破していない。一番乗りは、うちのアルファだ。この配信が成功すれば、事務所の年間売上の三割が一日で稼げる」



 長机の向こうで、アルファのリーダー、氷室が足を組んだまま頷いた。



「任せてくださいよ。二十層の入口までは、先月下見してあるんで」


「頼もしいね。それで、当日の天気は?」



 黒川が振り向くと、若い事務員がタブレットを差し出す。

 青い円に白い稲妻。気象AI《ソラミル》の週間予報画面だ。



「土曜日の第二十層は、晴れ。魔素安定度は九十二パーセントです。ソラミル社からも、『絶好の攻略日和』とのコメントをいただいています」


「完璧だ。そのコメント、スポンサーの告知文にも使わせてもらおう」



 会議室の空気は、明るい。

 ただ一人を除いて。



「……黒川さん。一つ、いいか」



 壁際の椅子で腕を組んでいた熊谷が、低い声で言った。

 事務所で一番古い、五十過ぎのベテラン探索者だ。



「例の配信の予報士が、今度の週末の深層に、でかい気圧の谷が通るって言ってる。確度はまだ低いって話だが」


「ああ、雨宮さんね」



 黒川は、笑顔を崩さない。



「熊谷さん、あれはもう、うちとは関係のない個人の配信だよ。二回当たったのは偶然か、たまたま運が良かっただけ。ソラミルは、全国のダンジョンの魔素計のデータを毎秒解析してる。精度が違う」


「十二層も八層も、ソラミルは外したぞ」


「だから来月、アップデートが入るんだ。問題ない」



 熊谷は、それ以上は何も言わない。

 ただ、会議室の端のホワイトボードに残った赤い文字を、しばらくじっと見つめている。


 会議が終わると、氷室は廊下で熊谷の肩を叩いた。

 心配しすぎですよ、熊さん。二十層の入口までは何度も行ってるし、うちには最新のAIがついてるんですから。

 熊谷は、曖昧に笑って頷くしかない。十四年前、同じような晴れの予報を信じて、仲間を一人、深層に置いてきたことがある。それを若い者に話したことは、一度もない。




◇




 木曜日の夜。


 雨宮しずくは、配信の準備をしながら、何度も同じデータを見直していた。


 第二十層よりさらに深い層で、魔素計の揺れが日ごとに大きくなっている。

 苔の色の報告も、深層に潜っているパーティーの配信から集めた。第十九層の北壁の苔が、この三日で灰色に変わり始めている。

 天井の結露の粒も、大きくなっている。


 全部の兆しが、同じ方向を指している。


 土曜日の昼過ぎ。

 第二十層に、大型の魔素嵐。


 しかも、ただの嵐ではない。

 五年間の記録の中で、一度だけ見たことのある形だ。深層から湧き上がる魔素が、上の層へ向かって逆流するように渦を巻く。事務所では、それを「逆流型」と呼んでいた。

 規模は、十二層の嵐の比ではない。



「……黒川さんに、伝えないと」



 私は、事務所の代表番号に電話をかけた。


 呼び出し音が三回鳴って、若い事務員が出る。

 名前を告げると、少し待たされて、聞き覚えのある声に代わった。



『雨宮さん? 久しぶりだね。元気そうで何より』


「ご無沙汰しています。土曜日の、アルファの第二十層の配信の件で、お伝えしたいことがあって」


『ああ、配信見てくれてるんだ。ありがとう。でもね、天気のことなら、うちはソラミルと契約してるから』


「ソラミルの予報が、晴れなのは知っています。でも、深層の魔素計の揺れ方が、四年前の逆流型の嵐の前とそっくりなんです。苔の色も、結露も」


『雨宮さん』



 黒川さんの声は、どこまでも穏やかだった。



『君の配信が人気なのは知ってる。でも、うちの看板企画に、外から水を差すような真似はやめてくれないかな。スポンサーさんも見てるんだ。君の予報が外れたとき、誰が責任をとるの?』


「外れたら、私が謝ります。でも、当たったら」


『じゃあ、忙しいから』



 通話が、切れた。


 私は、スマホを耳に当てたまま、しばらく動けない。


 五年間、毎朝あの会議室で予報を読み上げてきた。聞いてもらえない日もあったし、外れて頭を下げた日もある。それでも、電話を途中で切られたことは一度もなかった。


 私は、もう一本だけ電話をかける。

 宛先は、ダンジョン管理組合の救助隊の詰所だ。予報の根拠を十分かけて説明すると、電話口の隊長は、しばらく黙ってから言った。

 個人の予報で入場規制はかけられない。だが、土曜は第十八層に救助隊を待機させておく。それくらいなら、こっちの判断でできる。


 受話器を置いて、私は深く息を吐く。止められないなら、せめて、備えてもらうしかない。




◇




 その夜の配信は、同接が八千人を超えていた。


 コメント欄の話題は、ほとんどが土曜日のことだった。


 "土曜の二十層、結局どうなの"

 "ソラミルは晴れだって"

 "アルファの配信、スポンサーの広告にソラミルの予報使ってたぞ"

 "お姉さんの週間予報が聞きたい"


 私は、手描きの層別図をカメラに向けた。

 二十層の上に、赤いペンで大きな渦を描いてある。



「今夜は、週末の深層の予報から、お伝えします」



 息を、一つ吸う。



「土曜日、第二十層では、昼過ぎから大型の魔素嵐となるでしょう。深層から上の層へ向かって魔素が逆流する、非常に危険な形の嵐です。降魔確率は、九十パーセント。発生は、十三時から十四時のあいだと予想します」



 コメント欄が、一瞬止まった。

 それから、一気に流れ始める。


 "九十!?"

 "ソラミルと真逆じゃん"

 "アルファの配信、土曜の十二時スタートだぞ"

 "直撃するじゃん"



「繰り返します。土曜日の第二十層、十三時以降は、立ち入らないでください。すでに潜る予定のある方は、どうか計画を見直してください」



 "アルファに届け"

 "事務所に言ってやれよ"

 "言ったんじゃない? 元職場なんだし"


 私は、少しだけ迷った。

 それから、正直に答える。



「今日、事務所には、お電話でお伝えしました。私にできるのは、ここまでです」



 "……"

 "聞かなかったのか"

 "マジかよ"



「予報は、外れることもあります。外れたら、私はちゃんと謝ります。でも、今回の予報は、外れてほしいと思っています」



 カメラの向こうの八千人に向かって、私は深く頭を下げた。




◇




 土曜日。


 朝から、地上はよく晴れている。雲ひとつない空を見上げながら、私はコンビニでおにぎりを二つ買い、アパートに戻る。長い一日になる。食べられるうちに食べておかないといけない。

 魔素計の針は、明け方から一度も落ち着かない。深層の揺れは、昨夜の予想をさらに上回る速さで大きくなっている。


 正午ちょうど。

 アルファの生配信が始まった。


 【アルファ 第二十層・初踏破 完全生配信】

 同接、九万二千人。


 画面の中で、氷室さんが派手な装備を身にまとい、カメラに向かって手を振っている。



『どうもー、アルファです! 今日は歴史が変わる日! 天気は最高、ソラミルさんのお墨付きです!』



 画面の端には、スポンサーの広告が流れている。

 ソラミルの予報の、「絶好の攻略日和」という文字と一緒に。


 私は、アパートの机の前で、自分の配信の準備を整える。

 魔素計。

 観測ノート。

 祖父の気圧計。


 そして、もう一つの画面に、灯台の配信を開く。

 神崎さんたちは、今日、第十八層の救助隊の待機所にいる。

 昨日の夜、神崎さんから短いメッセージが届いていた。


 念のため、組合の救助隊と一緒に待機します。何もなければ、それでいい。


 十二時五十分。


 祖父の気圧計の針が、音もなく、大きく左に振れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
データがあれば予報はできるだろうけど 20層クリア者が居ないってのにどうやってそれより奥のデータ取ってんの? 19層の苔のデータとかどうやって取得してんの?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。