↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探索者事務所をクビになった気象予報士ですが、ダンジョンの天気予報配信がなぜか攻略組の命綱になっています  作者: ま
第三章 世界の天気です

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/50

第30話 世界の天気です




 夜の九時。


 放送部屋のモニターに、今夜も、三つの窓が開いている。

 レイキャビクの台所。サンティアゴの観測室。アルプスの、雪の見える窓。

 組合は、今夜も、枠を世界に広げてくれた。


 部屋の後ろには、灯台の四人がいる。

 熊谷さんと隊長と、早瀬さんも。

 神崎さんの腕には、まだ湿布が貼ってあった。



「こんばんは。全国と、世界の、ダンジョンの天気です」


「まず、昨日の答え合わせです」



 ノートを開く。



「一昨日、新しい層の霧は、十四時前後とお伝えしました。新宿第一の第二十一層で、霧が出たのは、十四時六分。予報の真ん中から、六分遅れでした」


「霧が晴れたのは、十七時。これは、予報どおりでした」


「それから、霧の中に、一人を残してしまいました。予報は、入らないでくださいと言うことしかできません。入った人を帰すのは、予報の外のことでした。灯台と、救助隊と、湊さん自身が、帰ってきてくれました」



 "六分でも言うのか"

 "いつものやつ"

 "予報の外のことまで背負わなくていいよ"

 "湊くん、今日元気に配信してたぞ"


 ヨウンナさんが、自分の言葉で、アイスランドの答え合わせを読んだ。

 ルシアさんが、マルティンさんが、続いた。

 どの国の霧も、予報の一時間の幅の中に入っていた。




◇




「今日は、もう一つ、お話ししたいことがあります」



 私は、祖父の地上のノートの、最後の一冊をカメラの前に置いた。

 十五年前の、出現の前の晩のページを開く。



「空が、地面の下へ押し込まれていくようだ」



 祖父の字を、そのまま読んだ。



「祖父は、見たとおりにしか書かない人でした。だから、これは、たとえではないのだと、私は思っています」



 息を吸う。

 まだ、手が少し震えていた。



「ダンジョンの中に天気があるのは、そこにあるのが、地面の下へ押し込まれた、地上の空だからです」



 部屋が、しんとした。

 コメント欄の流れが、一瞬、止まる。



「十五年前、ダンジョンは、地上の空を吸い込みました。吸い込んだぶん、地面の下に場所が開きました。それが、最初の層です」


「そして、この前、ダンジョンはもう一度吸って、吐きました。吐いたあと、どのダンジョンも、一層ずつ深くなりました」


「一回の観測では、予報になりません。二回でも、まだ足りないと思って、黙っていました」



 私は、モニターの三つの窓を見た。



「三回目は、新しい層でした。新宿第一の新しい層には、冷たい海と、温泉の匂いの風が吹いていました。レイキャビクの新しい層には、杉と雨の匂いがしました。日本の山の匂いです」


「押し込まれた空は、押し込まれた場所に、とどまっていません。世界のダンジョンは、地面の下で、一つの空につながっています」



 ヨウンナさんが、ゆっくりうなずいた。

 字幕が出る前に、何を言ったのか分かった。

 イエス、と。



「だから、ダンジョンの天気予報は、世界の天気予報です。一つの国の針だけでは、読めません」


「祖父は、十四年前に、それを知っていました。だから、同じ針を、世界の空をよく見ている友人に送りました。その針が、四つ、今夜ここにあります」



 "鳥肌"

 "じいちゃん……"

 "世界の天気予報、って言った"

 "I'm crying in Canada"


 "一回じゃ予報にならないって、ずっと言ってたもんな"


 早瀬さんが、手元の画面を見て、小さく言った。



「……同接、世界で二百万を超えています」



 私は、数字を見なかった。

 カメラの向こうの、一人一人の空のことを考えていた。




◇




 放送が終わったあと、神崎さんに呼ばれて、組合の屋上に上がった。


 雲がない。

 都会の空にしては、星がよく見える。

 昼間の風が止んで、空気が冷えていた。



「明日も、晴れますか」


「晴れます。朝は冷えます。放射冷却で」



 神崎さんが、少し笑った。

 湿布の貼ってある腕で、手すりにもたれる。



「雨宮さん。三浦半島の灯台の帰り、車の窓から富士山を見ていたとき、何か考えていましたね」


「……天気予報を、考えていました。続きが、書けなかったんです」


「続き」


「一回しか観測していないことは、予報にならない。祖父の言葉です」


「はい」


「でも、もう、何回も観測しました」



 私は、手すりを握った。



「灯台の上で。五合目の雲の海で。霧の中で、サイレンを回し続けていた腕で」



 神崎さんが、こちらを向いた。


 私は、天気予報士の顔をやめた。

 自分の声で、言った。



「明日の天気です。晴れ、ところにより、恋。……当たる自信が、あります」



 神崎さんは、しばらく何も言わなかった。

 それから、ゆっくり息を吐いた。



「俺は、第十二層の嵐の日から、ずっと観測していました」


「……え」


「当たりますよ、その予報」



 神崎さんが、少しだけ迷ってから言った。



「しずくさん、と呼んでもいいですか」



 はい、と答える声が、天気予報の声になっていなかった。




◇




 アパートに帰る電車の中で、スマホが震えた。

 知らない番号だ。

 市外局番は、山梨。



「……雨宮晴之の、お孫さんですか」



 年を取った、低い男の人の声だった。



「水野と申します。富士吉田の。富士山の測候所で、晴之さんと一緒でした。全国版を、見ていました」


「水野さん……。祖父の、送り状に」


「ええ。晴之さんの気圧計は、うちの居間に、十四年、掛けてあります」



 水野さんは、少し黙った。



「おかしいんです。うちの近くに、ダンジョンなんか、一つもない。魔素計もない。それなのに、あの晩、針が右に振れた」



 電車が、トンネルに入る。

 窓の外が、真っ暗になった。



「それも、全国の地図が揺れ始めた時刻より、十一分早かったんです」



 十一分。

 東京の針より、富士吉田の針のほうが、先に振れた。


 あの晩、地面の下へ空を吸い込み始めた場所は、どこだったのか。

 祖父の気圧計の、すぐそば。

 富士山の、足もとかもしれなかった。





↓第3章の番外編「鳴らしたことのない音」(神崎視点。霧の中でサイレンを回した日)

https://note.com/wise_turtle184/n/n9388dc176e93?app_launch=false

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。