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探索者事務所をクビになった気象予報士ですが、ダンジョンの天気予報配信がなぜか攻略組の命綱になっています  作者: ま
第一章「予報は、外れません」

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2/20

第2話 同接三人の天気予報



 その朝、神崎蓮は、新宿第一ダンジョン第十二層の入口で腕を組んでいた。



「で、美羽。その天気予報ってのは、どこの誰がやってるんだ」


「知らない人です。昨日の夜、たまたまおすすめに出てきて」



 回復役の美羽が、スマホの画面をこちらに向ける。

 昨夜の配信のアーカイブだ。再生数は、たったの七。


 画面の中で、地味なカーディガンを着た女性が、手描きの図を掲げて淡々と話している。



『第十二層。午後二時ごろから、局地的に強い魔素嵐となるでしょう。降魔確率は八十パーセント』


「八十パーって、ずいぶん強気だな」



 槍使いの大河が、鼻で笑った。



「組合の魔素計じゃ、今日の十二層は穏やかって出てたぞ。今話題のソラミルとかいうAIも、晴れだって」


「でも、なんか、この人の言い方、嘘っぽくないんですよね」



 美羽は、画面の女性の手元を指さす。



「ほら、この図。魔素計の数値の横に、苔の色とか、天井の水滴の量とかまで書いてあるんです。適当に言ってる人は、こんなの書かないと思う」



 蓮は、画面を覗き込む。


 確かに、図は細かい。

 第十二層の地形の特徴。三日前からの魔素計の推移。北側の通路の苔が、黄緑から灰色に変わり始めていること。


 蓮は、先週この層を歩いたときのことを思い出す。

 北側の通路。言われてみれば、苔の色がくすんでいたような気がする。


 蓮たちのパーティー「灯台」は、四人組の中堅パーティーだ。派手な戦果はないが、そのかわり、一度も仲間を失ったことがない。

 それが、リーダーである蓮の唯一の誇りだった。


 四人の役割ははっきりしている。槍の大河が前に立ち、斥候の悠真が罠を探し、美羽が傷を癒やし、蓮が全体を見て引き際を決める。

 名前の由来は、蓮の父親が港町の灯台守だったことだ。暗い海で、船を港へ帰すための明かり。仲間を必ず地上へ帰す、という意味を込めて、蓮がつけた。


 配信もしている。けれど同接はいつも五十人前後で、投げ銭で装備代がまかなえる月は少ない。

 大手事務所のアルファのように、深層を派手に攻略して何万人も集める配信とは、まるで別の世界だ。



「……今日の探索、昼までに切り上げる」


「えっ、マジで?」


「採集の目標は、午前中でもぎりぎり届く。もし何もなければ、損するのは半日だけだ」



 大河は不満そうに頭をかいたが、それ以上は何も言わなかった。

 この慎重さのおかげで生き残ってきたことを、全員が知っている。




◇




 昼の十二時半。

 灯台の四人は、予定より早く地上に戻る。


 十三時五十分。

 ダンジョン管理組合の休憩所で、遅い昼食をとっている。


 十四時。


 休憩所の壁の大型モニターが、けたたましい警報音を鳴らした。


 【第十二層 大規模魔素嵐発生 立入禁止】


 蓮の手から、割り箸が落ちる。


 休憩所が騒然となった。

 組合の職員が走り回り、救助隊の招集が始まる。第十二層に残っていたパーティーの名前が、次々とモニターに映し出されていく。



「……おい」



 大河が、青ざめた顔で呟く。



「俺ら、あのまま潜ってたら」


「言うな」



 蓮は、落ちた割り箸を拾う。

 指先が、かすかに震えている。


 美羽が、小さな声で言った。



「……当たりましたね」



 警報の鳴りやまない休憩所で、蓮は、昨夜のアーカイブを開き、コメント欄に一行だけ書き込んだ。


 午前中で撤収しました。ありがとうございました。




◇




 雨宮しずくは、アパートの床に正座して、スマホの画面を見つめていた。


 昨夜のアーカイブの再生数は、二百四十を超えている。

 コメントは、三十件。


 "マジで当たってるじゃん"

 "ニュース見てから来た"

 "まぐれでしょ"

 "十四時ジャストは怖すぎる"

 "午前中で撤収しました。ありがとうございました"


 最後のコメントを、何度も読み返す。


 ハローワークからの帰り道、ニュースの続報を見た。

 第十二層の嵐に巻き込まれたパーティーは、全員が救助された。怪我人は出たけれど、命を落とした人はいない。

 それだけで、胸の奥がゆるむ。


 祖父の気圧計の前に、ノートを広げる。


 祖父は、よく言っていた。


 予報は、当たって初めて、誰かの役に立つ。

 外れたら、ちゃんと謝る。

 それを毎日、続けるんだ。



「……毎日、か」



 私は、配信のスケジュール欄を開く。

 毎晩、九時。

 明日の各層の天気を、十五分だけ。


 それなら、できる。

 予報を出すのは、五年間、毎日やってきたことだから。




◇




 その日の午後、私は予報の精度を確かめるために、魔素計のログを朝から晩まで見直した。

 十二層の嵐の発生は、予報より二分早い十三時五十八分。規模は、五年間の記録の中でも三番目に大きい。予報としては合格点だけれど、二分のずれは、深層では命取りになることもある。

 ノートの余白に、ずれの原因になりそうな数値を書き出していく。気づけば、夕方になっていた。


 二回目の配信を始めると、画面右上の数字は、すぐに二桁になった。



「こんばんは。ダンジョン気象予報士の雨宮しずくです。まずは、昨日の予報の振り返りから」



 "きたきた"

 "本物だ"

 "昨日の予報の人?"

 "声が落ち着く"


 同接、三十八。

 昨日の十倍以上だ。



「昨日お伝えした第十二層の魔素嵐は、十三時五十八分に発生しました。予報より、二分早かったことになります。巻き込まれた皆さん全員が、無事に救助されたそうです。本当に、よかったです」



 "ほんとによかった"

 "なんで分かったの?"

 "まぐれじゃないなら理屈を教えてくれ"



「理屈、ですね」



 私は、昨日の手描きの図をもう一度カメラに向ける。



「魔素嵐の前には、いくつか決まった兆しがあります。一つは、魔素計の針の揺れ方。数値の大きさよりも、揺れの細かさを見ます。二つ目は、苔の色です。ダンジョンの苔は魔素の濃さに敏感で、嵐の三日ほど前から、黄緑が灰色にくすんでいきます。三つ目は、天井の結露。嵐の半日前になると、水滴の粒が急に大きくなります」



 "へえー"

 "苔の色とか初めて聞いた"

 "元山岳部だけど、山の観天望気と同じ発想だな"

 "観天望気って何"

 "雲とか風で天気を読むやつ"


 元山岳部さんのコメントに、少しだけ嬉しくなる。



「そうです。山の天気を空の様子から読むのと、考え方は同じです。私はこれを、祖父に習いました」



 それから、明日と明後日の予報を読み上げていく。

 第三層、穏やか。

 第五層、夕方から弱い重力雨。

 第八層、明後日の昼ごろから、濃い魔霧の恐れ。


 コメントが、また一つ流れてきた。


 "灯台の神崎です。昨日はありがとうございました。明日、第八層に潜る予定です。霧が出始めるのは、明後日で間違いないでしょうか"


 灯台。

 昨日の、撤収しましたのコメントの人だ。



「神崎さん、ご無事で何よりでした。現時点のデータでは、第八層の魔霧は明後日の正午ごろからです。明日の探索でしたら、夕方までに撤収すれば影響はないと思います。ただ」



 私は、手元の魔素計の記録を見直す。

 ほんの少しだけ、気になる揺れがある。



「予報が変わった場合は、すぐにお知らせします。明日の昼ごろ、もう一度データを確認させてください」



 "了解です。昼に配信を確認します"


 同接の最高は、五十二人。

 配信を終えると、投げ銭の通知が一件だけ届いていた。

 三百円。

 名前の欄には、「傘持ってけおじさん」とあった。




◇




 深夜二時。


 喉が渇いて目を覚ました私は、台所で水を一杯飲む。

 部屋に戻る途中、机の上の祖父の気圧計が目に入った。


 足が止まる。


 針が、寝る前よりも、はっきりと左に振れていた。


 地上の気圧ではない。

 この気圧計は、地下と連動させた魔素計のそばに置くと、魔素の流れにも反応する。祖父が改造したものだ。


 慌てて魔素計のログを開く。

 第八層の数値が、夜のうちに、ありえない速さで上がっている。



「……早すぎる」



 明後日の正午のはずだった魔霧が、動いている。


 この速さなら、霧が第八層を覆うのは明日の昼過ぎ。

 神崎さんたちが、ちょうど潜っている時間だ。

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― 新着の感想 ―
こんにちは。 ダンジョンものは数多くあれど、気象予報がメインのお話は相当珍しいですね。今後の展開が楽しみです。
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