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探索者事務所をクビになった気象予報士ですが、ダンジョンの天気予報配信がなぜか攻略組の命綱になっています  作者: ま
第一章「予報は、外れません」

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10/20

第10話 全国のダンジョンの天気です



 ブレイヴラインを正式に辞めた、次の日の夜。

 私は、組合の本部の四階にいる。


 元は倉庫だった小さな部屋に、机が一つと、モニターが六つ。

 モニターには、全国のダンジョンの魔素計の針の動きが、地図の上に並んで映っている。

 北は北海道から、南は沖縄まで。


 机の上には、いつもの観測ノートと、祖父の気圧計。

 それから、悠真さんの手帳を写した、各層の縦穴の一覧。


 全国版の話が決まってから、私は一週間かけて、各地の予報士に電話をかけた。

 ダンジョン気象の認定を持つ人は、全国で百人に満たない。

 その半分以上が、地元の組合で、一人きりで予報を出している人たちだった。


 全国版で、あなたの地域の予報を、あなたの名前で読ませてください。

 そうお願いすると、ほとんどの人が、少し驚いてから引き受けてくれた。

 一人で出す予報は、誰にも読まれずに終わることが多いのだと、何人もが同じことを言った。


 ソラミル社からも、連絡があった。

 全国の魔素計の解析データを、組合の予報に無償で提供したい、という申し出だった。

 深層の予報には、専門の予報士の目が要る。あの声明に書いたことを、本気で言っていたのだと思う。


 AIが悪かったわけではない。

 読み方を知らない人が、都合のいい数字だけを見ていたのだ。



「本番十分前。緊張してるか」



 救助隊の隊長が、紙コップのお茶を置いてくれる。



「しています。同接三人のときより、ずっと」


「三人のときも、同じ声で読んでたんだろう。なら大丈夫だ」



 部屋の隅の椅子には、杖を膝に立てた熊谷さんが座っている。

 組合の観測協力員、という肩書きを、昨日もらったばかりだ。

 ブレイヴラインの仕事の合間に、深層の苔の色を知らせてくれることになっている。


 モニターの一つには、灯台の配信が映っていた。

 今夜の四人は、第六層で、組合の観測隊として苔と結露を撮ってくれている。

 美羽さんのカメラが、壁の苔にぐっと近づく。



『雨宮さーん、見えますか。黄緑です、たぶん』



 たぶん、がついているのが、美羽さんらしい。

 その後ろで、神崎さんが手を振った。


 本番、一分前。

 私は、祖父の気圧計の針を見る。

 まっすぐ、真ん中を指している。今夜は、穏やかな夜だ。


 九時。



「こんばんは。全国のダンジョンの天気です」



 同接の数字が、画面の端で回り始める。

 一万。十万。二十万。


 "始まった"

 "全国版きた"

 "テレビの天気予報みたいで好き"

 "傘持ってけおじさん、今日も最前列"



「まず、昨日の答え合わせです。昨日お伝えした第十一層の夕方の不安定は、十六時五十分に始まりました。十七時までの撤収とお伝えしていたので、十分早かったことになります。縦穴の補正を入れてもずれが残ったので、引き続き調べます」



 "答え合わせから入るの好き"

 "十分でも謝るのか"

 "元山岳部だけど、こういう人が一番信用できる"



「それでは、各地の天気です」



 私は、モニターの地図を一つずつ読んでいく。


 北海道の富良野ダンジョン、上層は晴れ。第十層より下は、明日の朝のうち薄い魔霧。

 東京の新宿第一ダンジョン、全層おおむね穏やか。ただし第八層の東側は、結露の粒が大きくなっています。昼過ぎの探索は、南側の通路を使ってください。

 大阪、晴れ。福岡、晴れ時々魔素やや不安定。


 一つ読むたびに、コメント欄に地名が流れていく。


 "富良野民です、助かる"

 "新宿の八層、明日潜る予定だった"

 "うちの地元のダンジョン、初めて予報出た"


 初めて予報が出た。

 その一行に、私は少しだけ言葉を詰まらせる。


 全国に予報士は百人もいない。

 だから、予報が一度も出たことのないダンジョンのほうが、ずっと多いのだ。

 その人たちは、今までずっと、晴れか嵐かを知らないまま潜っていた。



「予報は、当たって初めて誰かの役に立ちます。外れたら、ちゃんと謝ります」



 祖父の言葉を、私は、自分の声で言う。



「それを、明日も、あさっても、続けます。明日も、全員で、地上に帰ってきてください」



 "了解"

 "帰ってくる"

 "おやすみなさい"


 部屋の隅で、熊谷さんが目元を指でこすっている。

 隊長は、腕を組んだまま、黙ってモニターを見ていた。

 灯台の画面の中では、神崎さんが、もう一度手を振っている。


 最後の地域を読み終えて、私は小さく息を吐いた。

 締めのあいさつをしようとして、口を開きかける。




◇




 そのとき、モニターの地図の上で、赤い点が一つ灯った。


 北海道。富良野ダンジョン。

 魔素計の針が、急に大きく揺れ始める。


 続けて、もう一つ。

 東京。新宿第一ダンジョン。


 大阪。福岡。沖縄。


 赤い点が、全国の地図の上に、次々と灯っていく。

 どれも、同じ揺れ方をしている。細かく、速く、同じ間隔で。



「……なんだ、これは」



 隊長が、椅子から立ち上がった。

 熊谷さんが、杖をついて、モニターの前まで来る。



「しずくちゃん。全国で同時に揺れるなんてことが、あるのか」


「ありません」



 私は、答える。

 私の知る限り、祖父のノートにも、組合の記録にも、そんな例は一つもない。

 ダンジョンの天気は、ダンジョンごとに違う。それが、十五年間の常識だった。


 "なにこれ"

 "地図、真っ赤なんだけど"

 "お姉さん?"


 灯台の画面の中で、美羽さんのカメラが揺れた。



『雨宮さん、苔が……!』



 第六層の壁の苔が、一斉に明滅している。

 黄緑から灰色へ。灰色から、見たことのない白へ。

 嵐の三日前にゆっくり起きるはずの変化が、数秒のうちに起きていた。



「灯台の皆さん、すぐに第五層へ上がってください。理由は分かりません。でも、今は上へ」


『了解。全員、上へ』



 神崎さんの声は、いつもどおり落ち着いていた。

 四人が走り出すのを見届けてから、私は机の上の気圧計に目を落とす。


 魔素の流れが強まると、祖父の気圧計の針は、左に振れる。

 この五年間、一度の例外もなかった。


 祖父の気圧計の針が、初めて、右に振れた。



↓第1章の番外編「しんがり」(熊谷視点。嵐の日、旧坑道の中で起きていたこと)

https://note.com/wise_turtle184/n/n00215b4ed460?app_launch=false

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