第9話 得をするのは誰か
まだボクに言ってないこと―なんだろう?
「行夫さんって、お婿さんなの。
安藤って幸恵さんの名字」
「婿養子ってヤツか。
本来、行夫さんが社長になる予定だった」
「そう。
さらに、気になることあって。
行夫さんが失踪した時、社長が交代するって話が出ていた」
「婿養子に社長を譲る」
「社長は80代、引退を考えてた」
神馬さんが、リュックをさぐり、1枚の紙を差し出す。
手書きのメモだ。
安藤栄吉(依頼人の父/失踪当時・社長)
安藤幸恵(依頼人/失踪当時・常務)
安藤行夫(依頼人の夫/失踪当時・専務)
安藤景一(幸恵・行夫の息子/失踪当時・入社せず、失踪後に入社)
安藤ホタル(景一の妻/失踪当時、景一の妻になっていたが会社とは無関係)
安藤直(景一夫婦の孫/失踪当時、生まれてない)
「常務より専務が上なのは、二階堂財閥の御曹司だから知ってるよね?」
「幸恵さんより、行夫さんが役職が高かった。
栄吉さんは、実の娘じゃなくお婿さんを後継者と考えていた証拠だね。
じゃあ、名探偵殿は、この中に失踪《《事件の犯人》》がいると考えているの?」
「―得をするのは誰か?―
これが、犯人特定の王道」
「じゃあ、幸恵さんってこと?
社長の座が転がり込んだから。
でも、それって変だよ。
今回の依頼主は、幸恵さん。
犯人が自分で、2004年の失踪をほじくり返すメリットある?」
「二階堂くんも、名探偵の助手っぽくなってきたじゃない。
まさに、その通り」
「じゃあ、景一・ホタル夫妻?
でも、景一さんにとって社長が父だろうが、母だろうが、関係ない気がする」
「この点は、会社の人にくわしく話を聞いてみないとわからない。
幸恵さんが会社の人たちに会わせてくれなきゃ、確認できない」
「じゃあ、無関係と断定できるのは、直くんだけか。
まだ生まれてなかったんだから」
「直ちゃんだよ。
20才の女子大生」
と、言いながら最後の一口を食べ終わった。
「さあ、山頂を目指そう。
母山には、カワイイまっしろさまはないけど」
ボクは、慌ててリュックを背にかけ、追いかける。
――10分後
「キャ!」
神馬さんが転びそうになった。
思わず支える。
木の根っこが、土の山道を横切っている。
太く、しかも、何本も。
「危ない。
こんな根っこ、ちゃんと切っときなさいよ。
南山市はダメね」
「自然はそのまま保護しないと。
そもそもだけど、少しは山を堪能したら?
展望台でもしゃべってるか、食べてるか、どっちかだし」
神馬さんは、やっと周りを見回し
「食べられそうなものが、なにもない!」
こりゃ、ダメだ―
昨日みたいにブーブー言い出したら、めんどくさい。
関係ない話題を振ろう。
「まっしろさまで思い出したけど、まっくろさまって知ってる?」
「なにそれ?
どこにあるの?」
「山じゃない。
簡単に言えば、新興宗教。
信者が100人位いるらしい」
「えー、あっやしぃ」
「まっしろさまにインスピレーショを受け、誕生したらしい。
白の反対で黒」
「ずいぶん単純な発想。
どんな教えなの?」
「自分の暗黒面を認めれば認めるほど、救われる」
「それは、ありがたーい救いだね」
もちろん皮肉―
「二階堂くんが、宗教に熱心だって知らなかった」
「子供のころ、うちの実家に来たんだよ。
売りつけようとして」
「売りつける?
なにを?
へんな壺?」
「まだ壺の方がマシだよ。
黒いお札―って、ただ黒い紙を細長く切っただけ」
「あら、ずいぶんと原価は安そうね。
どんな商売でもギリギリまでコストカットするのが、ぼろ儲けの基本だから」
「そんなもん、誰も買わん」
「でも、買う人がいるから、まっくろさまは潰れてないんじゃない?」
「あんな邪教に、付け込まれた人がいるってことか…」
「金持ちに付け込むか、人の弱みに付け込むか―
二階堂財閥は、賢明にも付け込まれなかったのね」
「うん」
と答えながら、ある老婆の顔が浮かんだ。
―マモルおぼっちゃま。
あれは、邪教でございます。
関わってはいけません―
―じゃきょうってな―に?―
―大切なものを奪っていく悪い奴らです―
―ふーん―
「二階堂くん、二階堂くん。
考え事しちゃって、どうしたの?」
「ああ、ごめん。
子供のころを思い出してね」
「ふーん」
「まっくろさんは、邪教―と、教えてくれた女性を思い出しちゃって」
「へぇー、二階堂くんにも淡い恋があったんだ」
思わず、足を止める。
「いや、シワシワのおばあちゃんだよ」
「おばあちゃん…
ああ、祖母ってことか」
「違うって。
うちの会社に来てた行商さん」
「行商?
ああ、大きな風呂敷を肩にかけ、電車に乗って移動する、あの行商」
「本当に大きな風呂敷を肩にかけてたし、神馬さんがイメージしてる行商であってると思う」
みんなに、おキヨさんと呼ばれて、慕われていた。
急に懐かしさがこみ上げる。
「へぇー。
本当にそんな人、いたんだ」
ここにとどまってても仕方ない。
ボクが根っこに気を付けて歩き出すと、神馬さんも歩き出した。
「子供のころは、ね。
でも10才になるかならないかのとき、うちの会社と取引が終わちゃった。
それ以来、会ってない。
元気にしてるかなぁ?」
「二階堂財閥が、個人事業主を切り捨てたのか。
コストカットは、ぼろ儲けの基本」
「人聞きの悪い―」
「ごめん、ごめん。
二階堂くんの初恋の相手だもんね」
「60才…くらい、だったと思うよ」
「二階堂くんって、熟女好きだったのね。
恋愛の形は様々だから否定しないよ」
根っこにつまづいた。
神馬さんはボクを支えてくれないので、自力で態勢を立て直す。
「おい、おい。
勝手に熟女好きにしないで。
大学生として、普通の好みを持ってるよ」
この反論が、失敗だった。
「じゃあさぁー、うちのクラスなら誰がタイプなの?」
うわー、うぜーのが来た。
女性が大好き(=男性が大嫌い)・恋愛トーク。
無視しようと黙っていたら、神馬さんが大声を出す。
「うわー、なにあの階段!」
根っこが終わったら、別の文句。
「1段1段が高すぎる。
麗しのレディが、どう登れって言うの!?」
ボクは、あちこち視線を動かす。
わがまま女子大生なら、そこにいる。
「まぁ、いいわ。
ガマンして登ってあげる」
と、大股で、そして確実に、1段1段、階段を昇りはじめる。
ボクも、神馬さんに続く。
「で、答えがまだなんだけど」
昨日みたいにブーブー言い出したら、めんどくさい。
神馬さんの話に乗っておこう。
「うーん。
強いて言えばだけど、六本木さんかな」
「へぇー、六本木さんを狙っているんだ」
「だから、強いて言えば、だよ。
話したこと、ないし」
「ということは、二階堂くんはビジュアルで女性を選ぶまっくろな男」
「ボクの話、ちゃんと聞いてる?」
「六本木さんのわがままボディ、二階堂くんを魅了中」
おっさんかよ―
「六本木さんに、失礼じゃないか。
体だけみたいに言うなよ。
顔だって美人でしょ」
「ああ、たしかに。
じゃあ、二階堂くんはナイスバディ美女がお好き。
あー、私は六本木さんみたいに美人じゃありませんよー」
「ああ、そうだよ」
「まあ、この神馬さまに対して失礼ね!」
「神馬さんは、美人系じゃなくて、かわいい系でしょ」
「え?」
この階段、まだ終わりが見えない。
くだらない話も終わりが見えず。
「六本木さんは美人系、神馬さんはかわいい系。
ボクは美人系が好み。
なんの問題があるの?
神馬さんは、あのクラスでアイドル的存在なんだから、それでいいじゃん。
これ以上、何を望むの?
わがままだよ」
「六本木さんは、わがままボディ。
私は単なるわがまま―ってこと?」
「正解!さすが名探偵殿」
ボクはテンションが上がった。
階段の終わりが見えたから。
「あー、やっと着いたぁー」
と、ボクは山頂で叫ぶ。
平日のためか、近くに人はいない。
ましろさんの山々に、秋っぽさを感じる。
もうちょっとで紅葉。
さらにもうちょっとで、12月のお歳暮の季節。
「いい景色ね。
祖母山に続き、母山も名前の通り優しかった。
行夫さんが、遭難するとは考えにくい」
「母山―聖母のように優しい。
かなり安全な山だった」
ここで神馬さんが、想定外の行動を取った。
「ハァァァ―!」
空手のポーズを取ったのだ。
「明日こそ山頂決戦!
私とまっしろさま、勝つのはどっち!?」
まっしろさまと何を戦おうとしているのか、さっぱり分からない。




