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第10話 わがままは甘え

その明日は、やって来なかった。

もちろん暦の上では明日になり、今日は今日として始まった。

だが、ボクたちが約束していた明日は来なかった。


ボクは、ガラス越しに外を見る。

傘をさしたC大生たちが、駅に向かい、足早に歩いている。


―雨天中止―


この国で、散々に使いまわされた4文字。

神馬さんは、今日、授業がないので大学には来ないと聞いている。


「二階堂くんが、クラスの女子とカフェで話すなんて珍しいね」

と、正面から言ったのは、中野ひなたさん。


首を、にゅいっと、隣に向け

「何を言ってるの、ひなた。

私たち、神馬(じんば)明日翔(あすか)親衛隊として、ましろさんデートは重大事項。

看過(かんか)できない。

ガラス張りのカフェなんだから、それに見合う透明性のある説明を求めるのは、当然」

と、文学部生らしく難しい表現をしたのは、浅丘杏奈(あんな)さん。


「親衛隊なんてあるの?」


「アスカは我がクラスの絶対的アイドル。

悪い虫がつかないように、我々女子が一丸となって守るのは、必然」


親衛隊じゃなくて、防衛隊だな―


マグカップを手にしたボクの隣から、男の声がする。


「うちのクラスで神馬さんに無関心なのマモルくらいだぞ」

と、言ったのはカズヤ。


裏切り者は高尾山デートで遭難するはずだった。

だが、無事に帰還してしまう。


男2人女性2人に分かれ、テーブルを挟んで座っている。

合コンみたい―と、思ったが、そういえば合コンに参加したことはなかった。


「まったく国友くんの言う通りだ。

だから、二階堂くん。

ましろさんデート、どうだったの?」

と、浅丘さんがグイッと乗り出す。


「デートじゃない。

ただのアッシーだよ」


「え?

アッシーってなに?」


「ひなの、決まっているじゃない。

()()()()って、女が()蹴にしてる男のことよ」


「えー、すごーい。

アンナってなんでも知ってるんだね」


浅丘杏奈、この女、辛辣(しんらつ)

覚えておこう。

だけど、言ってることは正しい。

ボクは、彼氏ではなく、足蹴(あしげ)にされてる男だ。


「ボクがアッシーなのは、間違いないね」


「どういう意味?」


神馬さんの言動がどんなにひどかったか、力説した。


「よかった!デートじゃなかった!」

「そもそも、二階堂くんごときが神馬さんと口をきけるだけで、ありがたい話よ」


もう、アスカ教だ。

()馬明日翔を()とあがめる邪教。

信者は、けっこう多い。


―マモルおぼっちゃま。

あれは、邪教でございます。

関わってはいけません―


おキヨさんの声が聞こえる。

行夫(いくお)さん失踪事件が終わったら、神馬さんと関わるのをやめよう。


「国友くん、どうしたの?」


隣を見ると、カズヤが厳しい表情をしている。


「うーん、中野さん。

オレは、神馬さんと話したことがないから、断定はできないんだけど…」


「カズヤ、何が言いたいんだ?

珍しいな。

お前が、まどろっこしい言い方をするなんて」


「オレは、遠くから、神馬さんを見てただけだからね」


「お前、神馬さんを見てたのか?

ストーカーかよ、気持ち悪い」


カズヤは、呆れた。


「うちのクラスで、神馬さんに無関心なのは、お前だけだぞ。

男だろうが、女だろうが、神馬さんは注目の的だ」


「そーだ、そーだ」

「二階堂くんは、なにも分かってないんだから」


自称・親衛隊の2人は、オレが神馬さんに関わって欲しいのか、欲しくないのか、どっちなんだ?


カズヤは

「言葉を選ばなきゃいけないんだが…」

と言い、少し間を置く。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ように見える」


文学部生らしい表現だが、何が言いたいのか不明だ。


だが

「それ、わかるー」

と中野さんは、カズヤに同意した。


「やはり、そうか。

浅丘さんは、どう?」

と、顔を辛辣女(しんらつおんな)に向ける。


「国友くんの言いたいこと、なんとなく分かる。

たとえば、アスカと恋愛トークしたことないし」


恋愛トークをしたことがない!?

じゃあ、なんでボクに恋愛トークを振って来たんだ?


「恋愛を話題にしないのは、みんな遠慮してるのもあるけど。

そうだよね、ひなた?」


「うん。

私たちだって、大人だもん。

それくらいの配慮はするよ」


「どういう意味?」


「二階堂くんって、鈍感(どんかん)だね。

アスカは、子どものころ、両親が亡くなって、施設に預けられたんでしょ。

高校卒業まで、その施設で過ごした。

今は、学費を稼ぐために探偵事務所でアルバイトに励む日々。

しかも、その探偵事務所への就職を目指している」


「つまり、神馬さんは過去も現在も、マトモな恋愛ができる状況じゃない、と」


「そう。

二階堂くんと違って、国友くんは理解が早い。

神馬さんから恋愛の話を振ってくれば別だけど、周りから振らない」


カズヤを見ると、また考え込んでいる。


「国友くん、どうしたの?」


「ちなみに、その探偵事務所ってどこ?」


「えー、しらない」

「わたしも聞いてない」


「マモル、どこだ?」


鷹宮(たかみや)探偵事務所だよ」


「サンシャイン60にある?」


「そう。よく知ってるな」


「日本最大の探偵事務所だぞ」


「えー、そうなの?」

「すっごーい!」


バリバリドッカ―ン!!


「きゃ!」

「キャ!」


いきなり雷が落ちる。

足早にキャンパスを後にした、C大生たちは正しかった。


「怖い、もう帰ろうよ」

「そうね」


「今、帰るの、危ない気がするけど」


「いいの!」

「帰る!」


2人は、一方的に別れのあいさつをし、マグカップを返却口に返し、帰ってしまった。


ボクたちも帰るとしよう。


片づけようとマグカップに手を伸ばしたら

「マモル、もうちょっといいか?」

と、隣から声がする。


カズヤは、マグカップを持ち、正面の席に移動した。


「どうした?」


「ちょっと、神馬さんのことが、気になってな…」


「お前、彼女がいるのに、神馬さんに気持ちが移ったのか?」


男は愛をばらまく―神馬さんの主張。


「バカいえ。

むしろ、逆だ。

さっきの話で分かったよ」


「なにが?」


「オレの彼女に、変なプレゼントしたの、神馬さんだろ。

エグイほどかわいい同年代の女性からもらった、と言ってたからな」


ボクは黙ってしまう。

さすがにこれは、神馬さんのために黙ってるべきじゃないか?

沈黙をごまかすために、マグカップを手にする。


「おいおい、もうカラだぞ。

大丈夫だ、そんなことで怒りはしない。

むしろ、神馬さんが鷹宮探偵事務所への就職を狙ってるなら、それくらいのことは、できないと話にならない」


「あとで、聞いたよ。

事後報告だった」


「あの日、オレをお前から引きはがすためだったんだから、事前に言うわけないさ。

にしても、なんで、神馬さんは、そこまでお前にこだわったんだ?」


白いカローラが目的だったと、説明した。


「ふーん。

探偵業に白い大衆車が必要だった、と。

合理的ではある、だが…」


「だが、なんだって言うんだ?

今日は、意味深(いみしん)が多いぞ」


「断定できないだけさ。

だがね、話を聞く限り、神馬さんはお前に心を開いてる」


―神馬さんは、誰にでも心を開いてるようで、誰にも心を開いてないように見える―

カズヤが、言っていたこと。


「心を開いてるって言うか、ありゃ、わがままだよ」


「わがまま、か。

なるほど、神馬さんはマモルにだけは、甘えてるわけか」


「甘えている?

なんで、そうなるんだ?」


()()()()()()()()()()()()だよ。

―甘えられる相手にしか、わがままは言えない」


今日のカズヤは、抽象的すぎる。


「具体的に言ってくれ」


「頭をナデナデしてもらう―これだけが、甘えじゃない。

言いたいことをズケズケ言うのだって、甘えだよ。

小さな子どもが親に駄々をこねる―これだって甘え」


―神馬くんは同世代の若者に比べると、他人に頼ることを避けている気がする。

他人に甘えないと言ってもいい―


―神馬くんはまだ大学生のアルバイトだから、いろいろな人にもっともっと甘えてもいんだけど―


鷹宮探偵が、言っていたこと。


「神馬さんが、ボクの前では駄々っ子?」


「甘えるべきだった両親は、子供のころに亡くなったんだろ?

神馬さんに、兄弟姉妹は?」


「いないって」


「じゃあ、兄弟姉妹にも甘える機会はなかった」


「ボクが、甘えたかった兄弟姉妹の代わりってこと?」


「同い年のお前は、双子の兄弟みたいな存在―

いや、クラスメイトはみんな同世代。

なのに、なぜおまえだけに甘えるんだ?」


カズヤは、マグカップを取り、コーヒーを飲む。

彼のマグカップは、ここでカラになった。


「うーん、分からない。

スマン、変な話をして。

だが、不思議だったもので」


カズヤはこう言い、外を見た。


「天気予報が当たったな。

もう晴れて来た。

明日も晴れそうだ」


明日は、並山(なみやま)へ。

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