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第11話 道を間違える

前回までは豚、今回は牛。

ブーブーからモーモーへ。


「もー、なんなの!

登ったと思ったら、今度は()りて!」


土まみれの山道に、怒りの声がこだまする。


並山(なみやま)、つまりこれで並みなんだから、ガマンしなよ」


子供みたいなやり取り、誰かに聞かれたら恥ずかしい。

(さいわ)い、2人の登山者が、上方(じょうほう)に見えるだけだ。

かなり遠いので男女すら分からない。


神馬さんが、不機嫌になり始めたのは、木製の柵が途中でなくなったときだ。

山道の崖側がむき出しになっている。


「まぁ!か弱き乙女が落ちたら、どうするの?」


「この山道、十分な幅があるから平気だよ」


「二階堂くん、こういう時は、ジェントルマンが崖側を歩くべき」


男性が危険な車道側を歩く―

って、男性が彼氏の場合だろ。


「ボクは単なる探偵助手。

部下を危険にさらすのは、上司として良くないね」


「まあ!

ホント、気が利かない男!

マモルっていう名前が泣いちゃうよ。

そんなんだから、バレンタインの成果がゼロなの!」


「じゃあ、六本木さんとの仲を取り持ってくれるの?」


「ハァ?

こういう時は、来年は神馬さんから欲しいなぁって言うモノでしょ?」


「なんで?

いらないものが欲しいって、どういう論理構成?」


「二階堂くんの性格じゃ、来年のバレンタインもゼロだね!」


山道の柵がよほど大事(だいじ)だったらしい。

神馬さんはここで不機嫌になり、散々わめき、冒頭のセリフに至る。


「もー、なんなの!

登ったと思ったら、今度は下りて!」


「山頂まで直線とはいかないんだよ。

つまり、祖母山(そぼやま)母山(ははやま)よりは、登山の難易度が上がってるってこと」


「登山って言うんだから、(くだ)っちゃダメでしょ。

名前に(いつわ)りあり」


「じゃあ、up down(アップダウン) of(オブ) mountain(マウンテン)って言えばいいの?」


「その英語は合ってるの?」


「C大学文学部の名に懸けて、間違ってる」


「マジメに英語の授業を受けてる?」


「受けてるわけないじゃん。

神馬さんこそ、英語の授業をマジメに受けているの?」


「名探偵の名に懸けて、受けてない」


今までずっと一本道だったが、ここで左に細い横道が伸びている。


脇道だと判断し、そのまままっすぐ進もうとすると

「待って、こっちじゃない?」


「え?なんで?」


神馬さんは看板の地図を見ている。

左の脇道の先には、―市営山小屋―の文字と建物の絵が書いてある。

他方、まっすぐ行った先には何も書いてない。


「まっしろさまは、書いてないね」


「でも、普通、建物が書いてある方に行くんじゃない?」


「そうかもね」


ここは、上司に従うことにした。


左に曲がり、細い道を歩いて行く。

だが、どんどん山道が細くなっていく。


「違うんじゃない?」

「合ってるよ!」


こう言い合ってると、大きな岩が現れた。


「さすがにこれは違うでしょ?」


「でも、大きな丸印が書いてあるよ」


ちゃんと岩を見ると、たしかに赤ペンキで大きな丸が書いてある。


「ほら、岩の横、通れるし」


横道とすら呼べないほど、細い道。

やっぱり、これは違うんじゃない?

ボクの不安を察知したのだろう。


「だって、〇って書いてあるじゃん。

親切な人が、こっちでOKって意味で書いてくれたんだよ」


「あのぅー」


背後から声がして、ボクも神馬さんも、ビクッとした。

振り向くと、60代くらいの男女2人。

上品な感じだ。


女性が

「余計なことかもしれませんが、下山していたら、遠くからあなたたちが見えたもので。

目的地はどこですか?」


ああ、あの2人は()山者ではなく、()山者だったのか。

遠かったので勘違いしてしまった。


「まっしろさまに行きたいんですけど」

と、神馬さんが答える。


「こっちじゃありませんよ。

左に曲がらず、あのまままっすぐ登れば良かったんですよ」


「そうだったんですか。

ものすごく助かりました。

でも…」


神馬さんは、大きな岩に書かれた丸印を見る。


男性が「ああ、これですか」と言い、下を向きながら山林の方に歩いて行った。

女性も、ボクたちも、彼に付いて行く。


「ああ、やっぱり。

これだよ」

と地面を指さす。


「キノコだよ。

地元の人がつけた目印だ。

キノコ狩りのポイントですよ、きっと」


地面は、キノコで埋まっていた。

かなりの量だ。


「ってことは、通過してOKの目印じゃなかったんですか。

危なかった」


「しかし、この道に入るなんて珍しい」


「看板の地図を見たら、まっすぐ行った先には、なにも書いてなかったもので」


男性は、少し考えるポーズをし、

「ああ、あの看板か」

と言うと、一本の木に向かって歩いて行く。


「ほれ、これ」


さび付いた看板が、ロープで木に巻き付けてある。


―熊出没注意! 北山市―


「え?ここ、クマが出るんですか?

でも、この看板、かなり古いですよね」


一部の文字が消えかかっているし、看板自体も変な方向に向いちゃっている。


「看板が古いってことは、クマが最近になって出るようになったんじゃなく、昔から出没する危険地帯」


男性は穏やかに言ったが、神馬さんの表情は厳しい。


「――つまり、今も出る」


()()になる神()さんでも、熊は怖いらしい。


「この看板、北山市って書いてあるよね」


かすれているが、北山市と読める。


「さっき、お二人が見た看板がある場所も北山市。

だから、北山市が設置した。

でも、まっしろさまがあるのは、南山市。

つまり、北山市が設置した看板には、南山市のことは書いてないんです」


―念のために言っておくと、並山(なみやま)は、南山市と北山(きたやま)市が入り組んでる―


三宅くんが、言ってた。


「なんて不親切な行政!

道を間違えて、遭難しちゃうかもしれない」


「間違える人は、あまりいないんで」


神馬さんが、顔を赤くする。


「あなた、この人たちは、若い時の私たちとは違うんだから。

さあ、行きましょうか?」

と、女性がとりなし、全員で道を戻った。


「若い時の私たちと、おっしゃってましたが、おふたりは若い時に並山(なみやま)に来たんですか?」


「ええ、そうよ。

お二人と同じくらいの年齢に、ね。

というか、登山が趣味の二人が、ましっろさまでたまたま出会ったんだけど」


横に並んで歩いている2人が、軽く見つめ合った。


「その後、付き合いはじめ、そして結婚。

今に至る、ってわけ」


「ステキ!」


前を歩く二人を、目を輝かせ、見つめる。


「お二人こそ、ステキなカップルじゃないですか」


「実は私たち」

と言いかけたので、神馬さんの服を軽く引いた。


「ボクたちは、大学で同じクラスなんです。

今日は平日ですが、お仕事はないんですか?」

と、話を逸らした。


「あら、大学生さんだったの。

若いカップルっていいわ。

私たちは、もう老人。

二人とも定年を迎えて、退職したの。

だから無職」


「ボクたちは単位に追われてますから、悠々自適 (ゆうゆうじてき)で、うらやましいです」


「ありがとう」


こんな話をしていると、例の看板が見えて来た。


「ほんとうに助かりました。

ありがとうございます」


「いえいえ。

こちらこそ、お二人に会えてよかったわ。

あの時を、思い出したんで」


夫婦は、山を下っていく。

ボクらは、山を登っていく。


「ねぇ、なぁーに。

やっぱ、この神馬さまの恋人に見られてうれしかったの?」

と、的外れなことを言って来た。


「ボクたちが、上司と部下だと言えって?

神馬さんって、本当に気が利かない探偵だね」


「なんで、そうなるの!」


「だって、そんな真実を伝えて、何の意味があるの?

あの夫婦が見ていたのは、神馬&二階堂じゃないんだから」


「はあ、私たちのことを見てたでしょ?

幽霊でも見てたって言うの?」


「違うよ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()だ。

それを、わざわざぶち壊す必要はないさ」


「二階堂くんの言う通りね。

あなたも、たまにはいいことを言うじゃない。

えらい、えらい」


神馬さんに珍しく褒められた。

だが、ボクは褒められたことは気にせず、神馬さんの言葉を冷静に思い返している。


―なんて不親切な行政!

道を間違えて、遭難しちゃうかもしれない―


あの男性は否定してたが、行夫(いくお)さんが道を間違えた可能性はあると思う。

神馬さんが間違えたのなら、行夫さんだって同じミスをした可能性はある。


岩の横を通っている道は、かなり細いし、柵もない。

かなり危険だ。


意外と、並山(なみやま)で遭難する可能性がある―


「ねえ、黙っちゃって。

どうしたの?」


「探偵だけじゃなく、探偵助手だって考えることはあるさ」


並山(なみやま)で遭難―幸恵(さちえ)さんは悲しむが、納得はする。

だが、幸恵さんが見たくない真実に、ボクたちが行きついてしまう可能性もある。

そんな真実にたどり着く前に、納得できるレベルの報告書を提出して、調査を終わりにした方がいいのでは?


思考がどうしても止まらない。


知りたくない真実を、わざわざ知らせるって、正しい行為なのだろうか?


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