第5話 真実より重いもの
「クライアント様の意向を尊重する―
つまり、我々がやってるのはビジネスなんだよ」
ソファに座ってる名探偵は、こう話を切り出した。
「クライアント様にご納得いただくこと、これが最優先だ。
逆に、クライアント様を怒らせてはいけない。
鷹宮探偵事務所に依頼しない方がいい、こういった悪評を立ててはいけない。
分かるかい?」
「探偵は真実を追求しない、と?」
「真実―か」
鷹宮探偵は、遠くを見つめた。
「真実とは、何を指すのか―という哲学的な問いは置いておこう。
真実と言うモノが存在するなら、それを追求すべきは、公僕たる公務員たちだ。
警察官、検察官、裁判官、彼らは真実を追求すべき立場だから。
彼らは、少なくも、真実をゆがめる行為―冤罪は絶対に許されない」
「つまり、ボクたちは、依頼者の安藤幸恵さんを納得してもらえばいいんですね」
「飲み込みが早いね。
君たちが生まれる前、2004年の真実を見つけるのは、誰が担当しても無理な話だ。
そもそも、クライアント様も、いまさら真実が明らかになるとは思ってないだろう。
クライアント様にとって、真実より重いモノがあるってことさ」
悔いが残らないで死にたい―と、幸恵さんは言っていた。
「ところで…
二階堂くんに聞きたいことがあるんだが、いいかい?」
きっと、これからが本題―
「はい。どうぞ」
「今回の件、探偵助手を誰にするか、神馬くんに任せていた。
任された神馬くんは、君を連れて来た。
二階堂くん、君は神馬くんと仲が良いのかい?」
「まさか。
2日前に初めて口をききました」
「…そうなのかい?…
大学で同じクラスと聞いてたが…」
「大学1年から同じクラスですが、話したことはありません。
2日前、教室でいきなり話しかけられ、カフェに連れていかれ、探偵助手をやれって言われました」
「ちょっと意外だな。
私はてっきり、神馬くんは仲良しを連れて来たと思っていたんだ。
しかし、じゃあ、なぜ、二階堂くんを選んだのかな?」
「ボクは白いカローラに乗っています。
白色の大衆車は、探偵の足にピッタリなのだそうです」
さすがにアッシーとは言わなかった。
「なるほど、彼女らしい合理的な選択だ。
だが、彼女には珍しく、合理性を貫いてないようにも見える。
これは、大いなる謎だ」
と、つぶやいた。
多分、ボクに言っているのではない。
名探偵が思考をまとめるため、自分自身に語りかけている。
「ああ、すまなかったね。
ところで、神馬くんは、大学ではどんな感じ?」
「さあ、まったく交流がないのでわかりません。
おとといまで1回も口をきいたことがありませんので。
クラスコンパでも話したことがないくらいですから」
「神馬くんがどんなキャンパスライフを送っているのか、うちの事務所の者は誰も知らない。
だから少し心配しているんだ」
「なにか心配する理由があるんですか?」
「うーん。
神馬くんの個人情報に関わる話だから、ざっくりとだけしか言えないが…。
ご両親が子供のころに亡くなって、彼女は施設に預けられた。
この話は知っているかい?」
「はい。
ただし、教えてもらったのは、今、鷹宮さんがお話になったことだけです」
「彼女は高校まで施設で育った。
高校在学中に猛勉強して、C大学を受験、そして見事に合格。
現在に至る」
「ただ、大学の学費は自分で払わなきゃいけないので、探偵事務所でアルバイトしてる。
手伝ってほしい、言われました」
「払わなきゃいけない―は正確ではない。
払ってるのは自分の意思―と聞いている。
学費を出すという施設の申し出を、彼女は断ったそうだ」
―施設が大学の費用を出すって言ってくれたけど…
高校の学費を出してもらって、さらに大学までって…
さすがにね―
神馬さんの言葉を思い出す。
たしかに、彼女自身が断っている。
「学費の件もそうなんだけどね。
神馬くんは同世代の若者に比べると、他人に頼ることを避けている気がする。
他人に甘えないと言ってもいい。
たしかに、ここは仕事場だ。
無責任なのは困る。
だが、神馬くんはまだ大学生のアルバイトだし、いろいろな人にもっともっと甘えてもいいのだが…」
「神馬さんの性格でしょうか?」
「正直に言えば、分からない。
もちろん、性格も影響しているだろう。
だが、環境の影響を心配している」
「両親の他界ですか?
それとも、施設育ちですか?」
「両方だよ。
両親が亡くなり、施設に預けられた。
つまり、幼い神馬くんを引き取る親せきがいなかったってことだよね」
そこまで深く考えたことはなかった。
「親せきにも事情があるし、簡単に子ども1人を引き取ることはできない。
だが、神馬くんには、見捨てられたという感情は残っただろうね。
むしろ、親せき側に、見捨てたという後ろめたさが強いかもしれない。
お互い、心理的な壁が生まれてしまった」
「頼れる親せきがいない。
神馬さんには、頼れるきょうだいはいないのでしょうか?」
「一人っ子だと聞いてる」
幼くして天涯孤独―
「神馬くんが言うには、その施設から大学へ進学したのは何十年ぶりだという。
彼女は冗談っぽく―何十年前に大学に行ったのが東大法学部だったので比較されて困る―と言っていた」
「そりゃ東京大学とC大学じゃ、天と地ですから。
共通点は東京都内だけ。
しかもC大学は23区内じゃなく、八王子市です」
「C大だってMARCHの一角、立派なモンだよ。
だけどね、二階堂くん。
私が考えるポイントは、そこじゃないんだ」
鷹宮探偵と目が合う。
「今や大学進学率は、ゆうに50%を超えている。
なのにその施設から、何十年も大学にも進学した人がいなかった。
この点に、施設で過ごしている若者たちの苦境を感じるんだ」
「お金でしょうか?」
「施設が学費を出すと言ってるんだから、違うと思う。
だが、どんな理由で施設にいる若者たちを苦境に追い込んでいるのか、私には分からない」
「鷹宮先生ほどの名探偵でも?」
「二階堂くん―
社会的弱者という言い方は好きではないが、あえてこの表現を使う。
社会的弱者の苦境を安易に分かったつもりになってはいけない。
お金だの、人間関係だの、部外者が問題点を決めつけて、その部分を改善すれば社会問題が解決するなんてのは、社会的弱者にとって百害あって一利なしだ」
「すいません」
「いや、ごめん。
つい熱くなってしまった。
二階堂くんが、悪いわけじゃない。
むしろ…」
むしろ、なに?
だが、名探偵の口から―むしろ、なんなのか―を説明されることはなかった。
「話が長くなってしまった。
申し訳ない。
とにかく、神馬くんは二階堂くんだけには頼っているようだから、よろしく頼むよ」
「神馬さんが頼っているのは、ボクじゃなく、ボクの車でしょう。
ボクの愛車に、神馬さんを大いに甘えさせるよう、伝えておきます」
鷹宮探偵は、微笑すらせず、困ったような表情をする。
渾身のジョーク、はずす―
――――
鷹宮探偵事務所のオフィスを出た瞬間―
後ろから首をつかまれた。
探偵助手デビューしたばかりなのに、犯罪に巻き込まれた!?
「二階堂くぅぅぅぅーーん。
ずいぶん、話が長かったじゃない。
男2人で、なんのお話してのか、教えてくれるかなぁ?」
「神馬さん、帰ってなかったの?」
「だってさぁ、気になるじゃない。
男って2人でつるむと、ロクな話をしないから」
ボクはともかく、上司の鷹宮さんには暴言だろ―




