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第4話 可能性は無限にある

「探偵事務所ってこんなに広いの?」


広いフロア。

何十人もの人が動いている。


「うちは法人化しているからね」


「法人化?」


「株式会社ってこと。

しかも鷹宮(たかみや)探偵事務所は老舗で、国内最大規模」


「すごいんだね」


「もっと言えば、鷹宮先生が日本で一番有名な探偵だし」


神馬(じんば)さんは、ツカツカと1人の男性に突進していく。


「ああ、うわさのカレだね?」


オレ、どんなうわさを立てられてるんだ?―


「二階堂と申します。

よろしくお願いします」

と、素直にお辞儀をした。


四谷(よつや)です。

よろしく」


「四谷さんは、この事務所の最古参なの」


印象は、背広のサラリーマン。

ただし、今どき珍しい短髪。

年齢は読めない。


「あいさつも終わったし、行くよ。

はーい、こっち」


またスタスタ歩き出したので、ひたすら付いて行くと、フロアーの奥に着いた。


目の前には、社長室と書かれたプレート。


()長室じゃないのか―


――――


「はじめまして。

鷹宮と申します。

神馬くんをサポートしてくれるそうで。

本当にありがとう」


こう言いながら、彼はデスクから立ち上がり、ボクたちにソファに座るよう促した。


ボクたちは並んで座り、正面に鷹宮探偵が座る。


彼の顔を見ると、定年後の年齢にも見えるが、40代にも見える。

四谷さんといい、この事務所には年齢不詳の人が多いのだろうか?


「本当なら先に話をしなきゃいけなかったんだけど、今回、急だったもので」

と鷹宮探偵がボクに話しかける。


アルバイト代のこと、ガソリン代は経費として負担してくれること、個人情報を守ること、クライアントの意向を尊重すること、こういった諸々(もろもろ)の説明を受けた。


アルバイト代、悪くないなぁ―なんて世俗的なことを考えてしまう。


「ところで、神馬くん。

クライアント様のところに行って来たんだよね。

報告を頼む」


神馬さんが説明しているのを聞いて、へぇ、探偵ってこうやって説明するんだ、と感心する。

彼女はいざとなれば、頼りになりそう。


「で、神馬くんは何か疑問に思ったことはあるかい?」


「安藤行夫(いくお)さんが、山を登るのにケータイを持って行かなかったのが不思議です。

本当なのでしょうか?」


鷹宮探偵は、名探偵よろしくあごに手を当て、考えている。


「うーん、それほど変ではないかな」


登山するのにケータイを置いていく。

これって普通なのか?―


「分かりやすいようにざっくりとした説明にとどめよう。

インターネットやケータイが一般的に普及しはじめたのは、西暦2000年だと理解してほしい」


「昔のようで、意外と最近なんですね」

と、これはボクの素直な感想。


「今までなかったモノが普及する場合、ある時に一斉にみんなが使うわけじゃない。

2004年だと、ケータイはなるべく使いたくないという人もまだまだいた。

安藤行夫氏が、中高年だったことも踏まえると、新しいテクノロジーを拒否してても、さほど不自然じゃない」


だから行夫さんは、仕事だけは仕方なくケータイを使っていた―


「ところで、二階堂くん。

きみも何か疑問がったら、言ってほしい」


「ボ、ボクですか?」


どうしよう?

さっきみたいに変な質問をするくらいなら「特にありません」でいいのか?

だが―


「安藤行夫さんは、なぜ登山届を出さなかったんでしょうか?

登山届さえ提出してれば、どの山に登ったのか警察もすぐに分かったのに」


「良い視点だね」


おお、ちょっと嬉しくなった。


「これはさっきのネットの普及と関係するんだけど、昔は登山届を出す人なんてほとんどいなかった」


「つまり、当時は“出さない方が普通”ってことですか?」


「そう。

今の常識を2004年に当てはめると、判断を間違えてしまう。

登山届を出さなければならない―この考えが広まったのは、みんなが、なんでもかんでもネット検索するようになってから。

また、登山届を出さずに遭難すると、ネットで叩かれるようになった」


「ネットリンチですね」


「その通り。

だから、登山する人たちは怖くなって、ドンドン登山届を出すようになっていく。

それでも、まだまだ提出率100%には遠いらしい」


「2人とも、他に質問はないかい?」


「はい」

「はい」


「では、神馬くんはこの失踪をどう見る?」


「あらゆる可能性があって、何も断定できません。

だからこそ――絞り込む必要があります。

たとえば―安藤行夫さんは、どの山に登ったのか?

警察は、1つの山を除外してますが、除外した難山(なんざん)に行った可能性はないのか」


「なるほど」


「他には、電車で行ったのか、それとも自動車で行ったのか」


「さっきの話だと、自家用車は置きっぱなしだったはずだが」


「アッシーがいたのかもしれません」


鷹宮探偵は、少し笑った。

もしかして、ボクがアッシー呼ばわりされていることを知っている?


「なるほど。

安藤行夫さんは、誰かの車に乗せてもらった。

もしそうなら…

1つ問題が生じてしまうよね」


「はい。

安藤行夫さんは、奥さんに、つまり依頼人にウソをついたことになります」


「もし、そうなら、クライアント様の気分を害するだろうなぁ。

我々としては、クライアント様の意向は最大限に尊重したい」


「はい」


どういうこと?

真実を安藤幸恵(さちえ)さんに伝えないってこと?

どうも、探偵業がわからない。


「あまり考えたくはないが、安藤行夫氏が奥さんにウソをついている可能性も否定できない」


「先生のおっしゃる通りです。

1人でましろさんに行く―この話がウソだった場合、かなりやっかいです。

2人以上で車で行ったのかもしれません。

電車で行ったとしても、2人以上で行ったのかもしれません。

どっちだか、分からない」


「もちろん、安藤行夫さんがウソを言っておらず、1人で電車でましろさんに行った可能性もある」


「安藤行夫さんの話が本当なのかウソなのか分からないので、あらゆる可能性が無限に広がっています」


「もし誰かとましろさんに行ったのなら、単なる山の遭難ではない可能性が高い」


え?そうなの?

ボクが疑問に思ってるのを察知したのだろう。


「安藤行夫さんが山で遭難したなら、一緒に行った人は申し出るよね。

普通は―」

とボクを見る。


「黙っているということは、普通じゃないと」


「そう。

何か言えない事情がある。

考えたくないが、犯罪に巻き込まれた可能性も、否定できない」


「犯罪ですか!?」


ボクはビックリしてしまった。


「いや、いや。

犯罪だと決まったわけじゃない。

あくまで、―最悪の場合―だよ」


もし犯罪だとしたら―

新人探偵と新人助手のコンビが、犯人を裁判所に引きずり出せるとは思えない。

なにしろボクたちが生まれる前の、古すぎる事件なのだ。


「ただし。

1人でましろさんに行く―この話がウソであるケース、ほかにもあるよね。

二階堂くん、わかるかい?」


まさか、ボクも試されてる?


「うーーーん‥‥」


ここでひらめいた!


「ましろさんに――行ってない!」


「その通りだ。

二階堂くん、頭の回転が速い!

うちに就職しないか、と言いたいところだが、無理だろうね」


やはり、ボクの実家のことは調査済み―


「たとえばだ。

会社のお金を横領していた。

このことを知っている誰かに呼び出された。

この場合、安藤行夫氏は夫人に本当のことを言えないよね」


「そりゃ、言えないでしょうね」


「神馬くん、クライアント様には会社の人に会いたいと伝えてあるんだよね」


「はい。

ただ、会わせてもらえるか分かりませんが」


「現段階では、無理強いは禁物だろう」


「分かってます」


「話を戻そう。

他には―これもクライアント様にはキツイ話だが、安藤行夫氏が浮気していた。

安藤行夫氏は、今でも浮気相手と仲良く人生を謳歌(おうか)している」


「はぁ」


そんなことがあるだろうか?

いや、あるのかもしれない。

こんなことすら判断できないのは、ボクがまだお子ちゃまなのだろう、きっと―


「浮気相手と会いに行った。

トラブルになって、殺されてしまった。

こうして犯罪に発展した可能性もある。

おい、おい、そんな困った顔をしないで。

これらはすべて思いつきにすぎない。

さっき、神馬くんが言ったとおり可能性は無限にあるんだから」


ここで、神馬さんを見て

「次はどうするつもり?」


「登山にくわしい人に当てがあります。

その人にましろさんについて聞きに行くつもりです」


「それがいいだろう。

2人ともよろしくたのむよ。

ところで、二階堂くん、まだ時間はあるかい?」


「ええ、ありますけど」


「二階堂くんに追加で話しておきたいことがあってね。

探偵助手の心構えとか、クライアント様へ対応方法とか、個人情報に関することとか。

悪いけど、神馬くん、先に帰ってもらえるかな?」


「はい。わかりました」


鈍感なボクでも分かる。

鷹宮探偵は、神馬さん抜きで、ボクと話をしたかったんだ。


「さて、腹を割った話をはじめようか」

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