第45話その手を離した瞬間
―ブリリアントタワー106号室―
部屋には、隣にいるマモルくんと私の二人っきり。
テーブルには、私のスマホ。
「じゃあ、行くよ」
単純な方法だけど、光星師さんにはスマホを通話中にして、胸ポケットに入れてもらった。
インターフォンを鳴らした音がする。
「あのぉー。
106号室の光星師です。
隣の」
「えぇぇ…
ちょっと…
お待ちください…」
相手の声は、インターフォン越しのせいか、声量なのか、少し聞き取りにくい。
「どういったご用件でしょうか?」
「女の子、いますよね?」
いきなり、核心をつくよう頼んである。
「えぇぇ……
ちょっと‥‥
言ってることが分からない‥‥」
「親せきの子でも預かってるの?
それは、いいことだけどさ」
「えぇぇ……
ちょっと‥‥
子どもなんていない‥‥」
「ウソを言わないで!
その子に優しくしてあげてるのは分かるよ。
でも、あなたがいないとき、女の子の声がうるさくてしょうがない。
外に出たぁぁい!って―。
あのね、私、隣で占い師をやってるの。
商売の邪魔になるの」
「子どもなんていない‥‥」
最大の関門をクリアした!
壁がペラペラな私のアパートとは違う。
高級マンションだ。
隣に迷惑になるほど音漏れする可能性は低い。
「じゃあ、昨日の声は何?
午後3時過ぎよ。
あなた、あの部屋にいなかったでしょ?
なぜ、知ってるかって?
もちろん、あなたを尾行したんじゃない。
女の子の声がすごかったから!」
もちろん、知ってるのは、マモルくんが尾行したから。
「お客さんもいたんだから。
婚約中のカップル。
でも、105号室からの声がひどすぎて、占いの途中で怒って帰っちゃった」
「子どもなんていない‥‥」
「あのねぇ。
さっきから、子どもなんていないしか言わないよね。
SNSのbotなの?
話にならない!
じゃあ、部屋の中を見せてよ。
それで、すべて解決するから」
「えぇぇ……
ちょっと‥‥
私にもプライバシーが‥‥」
「じゃあ、警察を呼ぶ?
警察官なら、別にいいよね?
私だけじゃなく、カップルも証人。
3人も、謎の大声を聞いてるんだから」
「‥‥」
「警察がオーバーなら、マンションの管理会社にお願いしようか」
「こども…いない…んです。
しんじて…ください…」
「あのね。
私は、商売の邪魔をされなければいいの。
どんないい子だって、まったく外に出なかったらストレスがたまるでしょ。
少しでも外に出してあげなよ。
ほんのちょっとでいいんだよ。
だって、すっごくいい子なのにかわいそうじゃん。
2丁目公民館の裏に公園あるの、知ってる?
すごく近いんだから、あそこで遊ばせてあげたら?」
「でも、こども…」
と言うのをさえぎって
「もう1度、女の子の大声が聞こえたら、本当に警察か管理会社に連絡します。
私の要望は、それだけです」
と一方的に通告し、帰って来た。
「これで良かった?」
「完璧です!」
「そう…」
とだけ、言った光星師さんは、どこか元気がなかった。
疲れたのだろうか?
「なんか、105号室の人、いい人っぽかったんだよね。
だから、ちょっと気がとがめちゃって…
あの人、誘拐犯なのかな…」
「あとは、こっちでやります」
とだけ答えた光星師さんは、どこか元気がなかった。
疲れたというより、気が重そうだった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ごめんなさい。
心配しないで。
私は、105号室の人を尾行しないから。
あとは、すべて探偵事務所にお任せします。
それがミステリーのルールだし」
――――
満天の星空―とは、いかない。
満天の星空を見るには、東京は明るすぎる。
電柱の近くから見えるのは、マンションの入り口から漏れる光と、その先の街灯の光だけ。
マモルくんと2人で、マンションの入り口を見張り続けて――
ついに、その時が来た!
全身真っ白な新見さんが、小さな子の手をつないで、入り口から出て来た。
子どもは青のフード付きパーカを着ている。
さらに、マスクまで。
この季節では不自然で目立っているが、やはり正常な判断ができないのだろう。
マモルくんと目が合う。
打ち合わせは、完璧。
誘拐犯なら、どんな暴挙に出るか分からない。
もしかすると、凶器を隠し持ってる可能性すらある。
だから、静かに近づいて…と、歩き出した瞬間、道路に甲高い奇声が響いた。
「ミオちゃん!」
奇声の方向には、街灯の光につつまれた悪霊が。
いや、悪霊じゃない。
悪霊のような顔をした遥さんだった。
なぜ、ここに!?―
答えを出したのは、マモルくん。
「まさか、ボクたちを尾行してたとは…」
やられた!
雄大さんは、ほとんど家に帰ってない。
だから、遥さんは自由に行動できる。
いや、でも、警察は?
周りを見渡すが、刑事の気配がない。
「一本木のバカ、何やってるの!」
「雄大さんが、家族・親族への尾行を拒絶し、警察も受け入れたんだ、きっと。
それより、神馬さん、これ、マズくない?」
遥さんが、睨みつけながら、ジリジリと新見さんたちに近づく。
新見さんは、突然のことでどうしていいか分からないのだろう。
子どもの手を握ったまま、キョロキョロしている。
だが、ついに均衡が破れた。
「うぉおおぴしすああぱさそさい!!!!」
遥さんが髪を振り乱して、突進してきたのだ。
「ひぃ」と声を上げ、ついに子どもの手を放した。
そして、なんと!
新見さんが、こっちに向かって猛スピードで突進してくる。
捕まえないと!
歩道に飛び出し、両手を横に広げる。
遅れてマモルくんが、隣で空手のポーズを取る。
マモルくん、空手ができるんだ!―
2人横並びで、歩道を封鎖した形。
これで諦めてくれれば、と思った…けど、マモルくんを避け、猛スピードのまま私に向かって来た。
目が、完全に狂ってる――
いきなり、私の手を握り、自分の方に引き寄せ、2人でしりもちをついた。
まさかの行動を取ったのは、マモルくん。
「危ないじゃない!」
「危ないじゃない!」
え?
1つは私。
もう1つは―マモルくん?
マモルくんが珍しく、かなり怒った表情で
「相手は、誘拐犯だよ。
凶悪犯かもしれないじゃん。
ケガしたらどうするの?」
「でも、犯人を捕まえないと…」
「そんなの、警察の仕事でしょ。
ボクらのやるべきことは、ミオちゃんを無事に見つけることじゃん!」
と、マモルくんが、視線を移した。
視線の先には
「ミオちゃん、大丈夫だった?
ごめんね、怖かったよね」
と言い、左手で強く抱きしめ、右手で優しく頭をナデナデしている遥さんの姿があった。
「ええ―、ママどうしたの?
ミオ、ぜんぜん怖くなかったよー」
子どもはいつも無邪気であり、それこそが何よりだ。
隣から声がする。
「鷹宮探偵事務所の二階堂と申します。
…
春桜山で失踪した石橋心桜ちゃんが、目の前にいます。
ミオちゃんのお母さんと一緒です。
…
いたずらじゃありません。
××署に、鷹宮探偵事務所から連絡があったと確認してもらえば、意味が分かるはずです。
少なくとも、一本木という女性の刑事さんには、ミオちゃんの件でお会いしたことがあります。
…
場所は、豊島区にある…」
スマホ片手に話してるマモルくんを見て、思う。
名は体を表す―これって、本当だったんだ。
だって
―マモルは私を守ってくれた―




