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第44話 壁の向こうの105号室

なんで、105号室のことだってわかったの!?


「神馬(じんば)さん、ちょっとだけ油断しましたね。

部屋に入った時、左右を見るのは、占い初体験の人がやることです。

占い師の部屋って、独特ですから。

でも…」


光星師(こうみょうじ)さんは、名探偵よろしく、ここで一拍置く。

あえて、だろう。


「椅子に座る時、壁に視線を送ったのはマズかった。

もしかして、無意識でした?

でも、視線は動いてましたよ」


うかつだった―

私の反省に関係なく、光星師さんの謎解きは続く。


「壁の近くに何も置いてない。

壁には何も貼ってない。

じゃあ、なぜ神馬さんはあの壁を見たのか?

答えは簡単。

壁の先にある105号室が気になったから」


「正解です」


「マンションに入るため、ってのも大きいかな?

下手に侵入したら、コンシェルジュが不法侵入で通報しかねない。

いくら公務員じゃなくても、最低限のコンプライアンスは必要でしょうし」


これじゃ、大手探偵事務所も形(かた)なし―


「で、最初の質問に戻ります。

105号室がどうしたんですか?」


「105号室の住人を知ってますか?」


「名前も知らない。

でも、変な女性が住んでいるのは知ってる。

数回しか見たことないけど、焦点が定まってない感じでフラフラ歩いてた」


「どんな女性ですか?」


「どんなって言われても…20代半ばくらいかなぁ。

なぜか、いつも真っ白の服を着てる。

不気味だから話したことはない」


「見たことがあるのは、その女性だけですか?

他に住人がいるとか、訪問者がいたとか」


「まったくない。

今、考えると、女性本人も、いつ隣に引っ越してたの?って感じだし」


「では、その女性を最後に見たのはいつですか?」


「今年のお正月。

やっぱり真っ白だったけど、どこに行ったのかは、分からない」


私は、考える。

計画通り、光星師さんを頼るべきか―


「で、その女性がどうしたの?」


「確証があるわけではないので…」


「ふーん。

でも、何も分からなきゃ、これ以上、協力できないよ」


この人、頭がいい。

もしかして、すべてお見通し?―


「好きなミステリー小説のことをしゃべり倒したのは、宣伝のためじゃないよ。

ちゃんとルールを知ってますよって意味。

ミステリーにはルールがある。

そして探偵にもルールがある。

守秘義務っていうルールがね。

ミステリー好きだからこそ、私もちゃんと守秘義務は守ります」


光星師さんは、穏やかな笑顔で言った。

占うときも、こんな感じなのかもしれない。


「分かりました。

私たちが調べてるのは、石橋心桜(みお)ちゃん失踪事件です」


「えっ!?」

と、光星師さんと驚きの声を上げた。


さすがに、そこまでは予想してなかったみたい―


「警察が、難事件を探偵に依頼するって、現実でもあるんだ…」

と、1人でしゃべっている。


「警察じゃなく、ご両親か。

父親の財力を考えれば、国内最大手の鷹宮探偵事務所に依頼する―

名探偵が登場するミステリー小説のごとく、現実の警察も役に立たず…」

と、名探偵が1人で思考するみたいに、ブツブツ言っている。


光星師さんは、顔を上げ

「1人で考えこんじゃって、ごめんなさい。

深く詮索(せんさく)はしませんので」

と、言ってくれた。


「でもねぇ…105号室から邪気をまったく感じない」


「邪気…ですか?」


「私、そういうの分かるの―

簡単に言えば、霊感がある」


急にオカルト!?


「言葉にするのは、難しいんだけど―。

気を集中すれば、そこでものすごく悪いことがあったか、なんとなく分かる。

だから、あなたたちが帰ったあと、気を集中して105号室の気配を視(み)た。

だけど、まったくマイナスのオーラがない」


「マイナスのオーラって、どういうときに感じるんですか?」


「このケースだと、たとえば、ミオちゃんが殺されちゃった場合かな。

105号室が殺害現場だと、あの場所からマイナスのオーラが出る。

別のところで殺害されたとしても、ミオちゃんの怨念があの女性がまとわりつくはずなんだけど…

むしろ、なんかプラスのオーラを感じる。

プラスのオーラを感じるなんて珍しい。

3年ぶりだよ」


頭のいい人かと思ったら、急にオカルトへ飛んだ。

だが、ここで否定するわけにもいかない。


「でも、105号室の女性って、焦点が定まらずフラフラしてたんですよね?

それってプラスなんですか?」


「そうだよねぇー。

じゃあ、ハズレか。

もっと修行して霊力を高めないとダメだな」


占いのチカラを高めるべきでは?―


「それで、私がやるべきことは、神馬さんの質問に答えて終わり?」


「じつは、光星師さんにやってほしいことがありまして‥‥‥‥」


私の話を聞いた光星師さんは、腕を組み、考え込んでいる。


「それ、難しいんじゃない?

ここは、高級マンションだよ」


「客観的には、おかしな話です。

でも大切なのは、彼女の主観です」


「ああ、そういうことか。

あの人、なんかメンタルが弱ってる感じだからね。

ゴリ押しできるかも―

ところで、隣の彼氏も(・)ど(・)き(・)さんも、これでOKなの?」


「いいよね、二階堂くん!」

と、勢いよく隣を見る。


「ええ、まあ、上司の命令ですから」


「分かった、協力します」


こう、力強く宣言し、光星師さんは帰って行った。


だが、マモルくんの表情は冴えない。


「神馬さん、ほんとうに大丈夫なの?

やっぱり、警察に連絡しようよ」


「ミオちゃんについて、どれだけの情報提供が殺到してると思う?

それこそ幽霊が連れ去ったというトンデモから、見間違いも含めて膨大な量の情報提供のはず。

警察だって、根拠の薄い情報提供には対応できないよ」


「でも…」


「ミオちゃんが失踪したとき、春桜山(しゅんおうざん)にいた人間、何人いると思ってるの?

新見(にいみ)さんを疑う根拠が、カレーとプリギャール。

情報提供したって、警察は後回しするに決まってる」


「決まってるって―

そんなに、断定するもんじゃないと思うよ」


「じゃあ、愛する一本木に言えば?

でも、令状なんて取れないから、マンションに入ったら不法侵入で懲戒処分だね。

もしかしたら懲戒免職かも。

さぁ、二階堂くん、はやく××署に電話して、一本木さんに取り次いでもらいなさい」


「あいかわらず、一本木さんに厳しいね。

分かったよ。

警察に連絡しなくていいよ。

でもさ、その作戦って大丈夫なの?

新見さんが本当にミオちゃんを誘拐した犯人なら、暴走するきっかけにならない?」


たしかに、100%安全とは言い切れない。

だけど、100%安全な犯罪捜査も存在しない―


「暴走するって、新見さんがミオちゃんを殺害するってこと?」


「ま、まぁ、最悪の場合は、そういうことだね」


「大丈夫だと―信じてる」


「信じてるって、頼りないなぁ。

なにか根拠があるの?」


「あるよ。

プラスのオーラが出てるから」


二階堂くんが、怒気を含んだ顔になる。


「本気じゃないよね?」


「光星師さんが、池袋の景色を堪能してた時、大石さんに電話した。

確認したかったのは

―新見さんが子供のころ、好きだったアニメは何か?―」


「ちょっと、待って。

こんな大事な時に、アニメ?」


「子供のころ好きだったアニメは、ONE(ワン)×HUNTER(ハンター)。

新見さんはわんぱく少女で、冒険大好き。

たしかに大人になっても、家電商品に強く、仕事のため免許を取り配送業務をこなす。

昔の言い方なら、男勝(おとこまさ)り。

人は見た目によらないよね」


「だから何なの?」


「大事なのは逆のこと。

新見さん、子供のころ、プリギャールにはまったく興味がなかった。

なのに、プリギャールのカレーをわざわざ買った。

しかも、発売日当日に。

ミオちゃんにそこまで優しい新見さんが、ミオちゃんに危害を加えるとは思えない」


「なるほどね」


ポツリとそれだけ言って、マモルくんは反論するのをやめた。


やっぱり楽観的すぎる?

でも、やるしかない―

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