第40話 新たな証言
翌日・C大学のカフェ―
「目がバキバキだよ。
どうしたの?」
正面から、マモルくんが私をジッと見る。
「徹夜でネット漬け」
「なに見てたの?」
「インスタ」
4文字だけ答えて、タブレットを見せた。
首をヒョイと伸ばし、画面をのぞき込んだマモルくんが
「これって、あの公園?」
「そう」
「だって、ミオちゃんの件は、一昨日で終わったじゃん。
明日翔なんだから、明日を翔けぬけようよ」
「いろいろ事情があってね」
「ふーん。
これって失踪当日の写真なの?」
「いいえ。
7年前の写真」
「はぁ?
7年前の写真を探してたの?」
マモルくんは、あきれた表情をした。
「根性があるね。
それで、この写真がどうしたの?」
「右の後ろを見て」
タブレットを手に取り
「えーと」
と、顔を近づける。
「緑の服を着た集団?」
「もっと拡大してみて」
「ええと…
いけぶくろ生涯現役の会ってロゴが入ってるね」
「簡単に言えば、池袋に住んでいる高齢者の集まり。
池袋と言えば、緑のイメージがある。
だから、みんなで緑色のジャケットを着てる」
「池袋って緑なの?」
「知らない?
池袋駅にふくろうの石像があるのを。
あの石像には色がついてないけど」
「ああ、見たことある。
いけふくろうってヤツね」
と言いながら、タブレットをこちらに戻してくれた。
「そう。
二階堂くんのオヤジギャグより、センスがいいよね」
マモルくんは、抗議の意味でほおを膨らませた。
ちょっとかわいい。
「こういう会って毎年同じ行事をやることが多い。
いけぶくろ生涯現役の会も公式サイトがあって、そこを見たら大当たり。
今年は、3月19日の午後1時半から2時半に、あの公園にいたんだって」
「おお、それはすごい。
よく見つけたね」
「アポが取れたんで、話を聞きに行くんだ。
西部交流館に」
「いつ?」
「今、これから!
もちろん、カローラは空いてるよね?」
「ええ、いきなり!?」
マモルくんはのけ反ったが、背もたれがあるので大丈夫。
「文句は警察に言って。
いきなりの手の返しで、調査を再開してほしいって」
「なんで!?」
「詳しくは、車の中で説明するから」
――――
大きな丸テーブルを囲って約10人の高齢者たちが、わきあいあいと話している。
飲食持ち込みOKらしく、丸テーブルにはペットボトルやお菓子が並んでいた。
「あなたが神馬さん?」
立ったままキョロキョロしていたら、声を掛けられた。
すこしポッチャリした人の良さそうな女性。
「大石さんですか?
急な申し入れなのに、受けていただき、ありがとうございます」
と、頭を下げた。
「お気になさらずに。
事件が事件ですから。
それで、何を聞きたいの?」
「ミオちゃんが失踪したのは、あの日の午後2時頃です。
変な人がいた、変な音を聞いた、変なことが起こった―何でもいいので気づいたことはありませんか?」
「そう言われてもねぇ」
「皆さんは、毎年ほぼ同じ時期に同じ公園で花見をしています。
例年と少しでも違った点があれば、気付くと思うのですが」
「ああ、そう言う意味ですか」
と納得し、聞きまわってくれた。
1人だけ大石さんの話に反応した。
若いころはモテたんだろう、と思わせる細身の女性だった。
「この人たちは、どなた?」
「鷹宮探偵事務所の神馬と申します」
こう答えると、女性の表情が一変した。
目が据わっている。
「言うことなんてない!」
声の大きさに驚き、高齢者たちがこっちを見る。
大石さんが
「急に、どうしたの?」
と言うが、相手は目を充血させ、激しく首を横に振るだけ。
「ミオちゃんの事件、知ってるよね?」
「ご両親の依頼で、調査しているのよ」
などなど説得するが、聞く耳を持たない。
これ以上、場の空気を悪くするのも気が引けるので、退散することにした。
西部交流館を出ると
「私、なんかマズイこと言った?」
と思わず聞いてしまう。
「神馬さん、目がバキバキすぎだよ。
悪霊みたいに怖い」
「そんなこと言ったら、あの人こそ悪霊に取りつかれてるみたいだったよ。
もう、ホラー映画に出てくる悪霊の顔」
結局、怒られた理由が分からないまま、この日の調査は終了した。
――――
「いやー、この前は、ごめんなさいね」
大石さんは、上機嫌にこう言った。
「いえいえ。
本来はこちらがうかがうべきなのに、来ていただいて」
「いいの。
どうせ近いし、有名な鷹宮探偵事務所を見たかったから。
でも、すごいわねぇ。
サンシャインの20階から見る景色はキレイだし、フロアは大きいし、この応接室は立派だし。
来てよかった」
「ありがとうございます」
「でも驚いちゃった。
おキヨさんの知り合いなら、言ってくれればよかったのに」
そう、おキヨさんは、いけぶくろ生涯現役の会にも商いをしていたのだ。
世間は狭いと思ったが、四谷さんの言葉を思い出す。
―肩書があろうがなかろうが敵に回しちゃいけない人って、いるんだよ―
おキヨさん、人脈が広すぎて怖い。
「あの人って呼ぶわ。
名前は勘弁してね。
あの人もおキヨさんの知り合いなの。
だから、最後は協力してくれた。
おキヨさんも引退したばかり。
あの人も、協力しなきゃね」
「ボクからも、おキヨさんにお礼を言っておきます。
先日は、あの女性を怒らせちゃったので、助かりました」
大石さんは、カッカッカッと豪快に笑った。
「いやねぇ、2人のせいじゃないから。
あの人は、鷹宮探偵事務所の名前を聞いて怒ったの」
「どういうことですか?」
と、聞いたのは隣のマモルくん。
「あの人、かなり昔だけど、離婚したの。
離婚原因は、あちこちへの浮気。
浮気の証拠を集めたのが、鷹宮探偵事務所だった」
男って、なんでそうなの!―
「男って愛をバラまきますからね」
と、隣にガンを飛ばしながら言ってやる。
大石さんは、目を見開いた。
「神馬さん、若いわね。
浮気しまくったのは、あの人よ。
女性側!
だから、子どもの親権を取れなかった。
あの時代に、女性が親権を取れないって相当だよ。
しかも慰謝料もゴッソリふんだくられた。
だから、鷹宮探偵事務所を恨んでたわけ」
隣をチラッと見たら、二階堂くんも驚いている。
「男が愛をバラまいたところで、立ちションみたいなもんよ。
あっちでシャー、こっちでシャー。
大したことない。
そうでしょ?」
と、マモルくんに話を振った。
「ええ、まぁ、そうでしょうね…」
どんな倫理観してるの!―
「逆に女が愛をバラまくと、シャレにならないくらいエグイから。
そうでしょ?」
と、私に話を振ってきた。
「ええ、まぁ、そうでしょうね…」
「ああ、神馬さんもそうなんだ。
よく覚えてくよ」
協力者だから話を合わせたの!―
このままでは、私が愛をバラまく浮気女になってしまう。
悪霊扱いされるよりマズイ。
急いで修正せねば。
「大石さん、愛をバラまいて離婚したあの人は、何を教えてくれたんですか?」
「ああ、そうだよね。
立ちションの話じゃないもんね」
大石さんはそう言って、体のあちこちを、両手でパタパタとはたく。
「あれ?
メモどこだ?」
まだ体をパタパタとはたいている。
もしかして、大事なメモをなくした?―
「そうだ、忘れてた」
と、ポケットから財布を取り出し、覗き込んだ。
「あった。
これを見て」
大石さんは、1枚のメモを差し出す。




