第39話 再始動
翌日・鷹宮探偵事務所フロア―
新しい仕事を回された。
四谷さんが言うには
「これ、女性ぶぃちゅーばーって言うの?
神馬さんは、若いし、女性だし、ぶぃちゅーばぁーってのにくわしいよね?」
いいえ、ほとんど知りません―
新人探偵に拒否権はないので、自席に戻り資料を読む。
娘のことを調べてほしいという父親の依頼。
変わった依頼だ。
頭の中で整理する。
娘は高校卒業後、民間企業に就職した。
親せきが、三億天海エリザベートというVTuberとしゃべり方がそっくりだと指摘した。
本人に電話で確認しても、会社員だと言い張る。
住んでいたはずのアパートは、すでに空室。
現在どこで何をしているのか、調べてほしいという依頼だ。
これも失踪?
だとすると、探偵デビューして安藤行夫さん、石橋心桜ちゃん、そして三億天海エリザベートさんと3連続で失踪事件を担当することになる。
浮気調査が多い探偵業、なのに珍しい。
資料には、娘が住んでいたはずのアパート名と住所が載っている。
ネットで検索すると、2階建ての白いアパートの写真が出て来た。
全10部屋とある。
ぱっとしないアパートだが、私のアパートよりマシ―
負けた気がしてちょっと悔しい。
三億天海エリザベートさんね―
チャンネルを調べると、再生数がもっとも多い動画がトップ表示されている。
タイトルは―刑事の聞き込み、マジで来た―。
事件に巻き込まれたのかと心配したら、目撃者捜しで刑事2人が来たらしい。
男性刑事と女性刑事で、2人とも感じが良かったと。
同じ女性刑事でもクソな一本木とは、大違い!―
どの事件か分からないように配慮されており、三億天海エリザベートさんの人間性が伝わって来る。
だが…
探偵になる前、××市で起きた大事件が頭をよぎる。
根拠はない。
昨日まで××市にいたから、脳が勝手に連想しただけ、きっと。
だが、そんな連想を断ち切る衝撃のシーンがやって来た。
みんな一斉にスパチャを投げまくる。
なにこれ!?―
チャンネルをそっと消した。
資料に目を流す。
私と同じ20代なのに―
探偵よりネットが儲かる?
背もたれに体重を預け、頭の後ろで両手を組む。
大学の授業が終わってから事務所に来て、もう夜だ―
こんなことを考えてしまい、なんだか、やる気が抜けた。
缶コーヒーでも飲もうと立ち上がり、横を向いた瞬間、四谷さんが視界に入った。
スマホで話してるのに、こっちを見て、手招きをしている。
私を呼んでる…よね―
四谷さんに近づくと、電話相手になにか熱く語っている。
「そんなこと、いまさらこっちに言われても困りますよ。
…
石橋さんが怒ってるのは、うちですか?警察ですか?
…
じゃあ、そちらで対応してください」
ん?
もしかしてミオちゃんの件で警察と話してる?
「いくらシゲさんの頼みでも、そりゃ無理です。
…
一本木だけに一本気な性格?
シゲさん、オヤジギャグ言わないでよ。
…
そりゃ、私たちはおじさんだけど」
え?
クソな一本木のこと?―
「あの事件を、解決したのはシゲさんでしょ?
…
最初から最後までずっと担当したのは、彼女一人だけ?
でも、若手だから担当しただけでしょ?
…
え?なに?
…
ああ、SNSのインスタね。
おじさんだからパッと思いつかないよ。
…
最初からインスタに注目してたって?
じゃあ、まぁ、その一本木さんもきっと優秀なんでしょうけど…」
えええ!?
一本木ってクソじゃないの!!
「社長はいません。
…
いつ戻るかも分かりません。
そもそも、浅井刑事局長から依頼されて長期出張してるんです。
…
そうです、警察庁の。
…
私では判断できないんで、社長には報告しておきます」
四谷さんはスマホをしまい
「神馬さん、石橋心桜ちゃんの捜索を再開して。
ぶぃちゅーばーは別の人に回すから」
今の話で、どうしてミオちゃんの捜索再開となるのか?
私はのけ反り、背もたれがないので転倒しそうになった。
「そんな驚かないでよ」
「さっき、断る感じだったので」
「駆け引きだよ。
警察に恩を売った形にするのもビジネスだよ」
と、胸を張った。
「でも、鷹宮先生はOKするでしょうか?」
「するさ。
ほかならぬシゲさんの頼みだからね」
さっきからシゲさんの名前が出てるが、聞いたことがない。
「シゲさんは、そんなに偉いんですか?
浅井刑事局長くらいに」
四谷さんは、プッと噴き出した。
右手を横にふりながら
「まさか!
シゲさんは、警部補だよ」
と、笑ている。
「ああ、警部さん」
「警部じゃなくて、警部<補>だよ。
警部より下」
「はぁ…」
「あのね。
肩書に関係なく敵に回しちゃいけない人って、いるんだよ」
「は、はぁ…」
四谷さんは自席に座ると同時に、隣の椅子を引き
「ここ空いてるから、座って」
と、すすめる。
「はい」
「私もこの業界は長い。
けれど、鷹宮社長と張り合える刑事は、日本全国でシゲさんしか知らない」
この事務所でNo2の四谷さん。
もしかしたら鷹宮先生より、業界歴が長いかもしれない。
その四谷さんが、ここまで言うのだから、シゲさんはよほど優秀なのだろう。
「そのシゲさんが、ミオちゃん失踪を担当してるんですか?」
「一本木さんって知ってる?」
「私と二階堂くんにクレームを入れた人です」
「シゲさんは、一本木さんの元上司らしい」
私は、首を傾げた。
「シゲさんは、本来は関係ないんだけど―
父親の雄大さんが、××署で大暴れして、警視庁全体の問題になってるらしい。
雄大さん、一線を越えちゃったんだって」
私は、またのけ反った。
けど、背もたれがあるから大丈夫。
「まさか、手を出しちゃった!?」
「さすがに警察相手に暴力沙汰は起こさかったけど。
言っちゃいけないことをね―」
四谷さんが、苦渋の表情になった。
「―どうせお前らだって、ミオが死んでると思ってるだろ?
だったら邪魔するんじゃねぇ―」
思わず、息を飲んだ。
「これ、禁句だよね。
面と向かって言われちゃったら、警察は何も言えない。
そんなことありませんって言って、あとで亡くなっていたことが分かったら、ウソついたことになっちゃうし」
なぜかあの廃屋が頭に浮かんだ。
朽ち果てた一軒家で、犯人がミオちゃんを手にかけるシーン。
吐き気がする妄想を、なんとか頭から振り払う。
「やっぱり、公開捜査に1週間かかったのは、マズかった。
そしてさらにマズイことが起こっている。
ネットでね、ついに、出始めちゃった。
両親犯行説―推理と言う名の妄想」
推理より考察に近い。
ネット上ではマンガ「ONE×HUNTER」の考察があふれている。
ネットでは、2次元と同じノリで3次元も考察されてしまう。
雑なノリなので、結局は妄想だ。
「もう名誉棄損だよ、あれ。
警察もバンバン取り締まればいいのに」
「法学部じゃないのでわかりませんが、言論の自由があるので難しいのでは?」
「今回の件だけじゃない。
裁判所で有罪が確定してないうちに犯人扱いする人たちが多すぎる。
善意のふりした悪意だよ。
推定無罪って知らんのか?
そんな奴ら、いつか、天罰が下ればいいんだ」
興奮して、話が逸れている。
四谷さんも、気づいたらしく
「おじさんになると、関係ない話が多くなっちゃう。
こりゃ、老害だね。
ともかく、ミオちゃんの件、またよろしく」
と、気まずそうにしている。
よろしくって言われても、田所先生がシロと確定したところで調査が終わり、打つ手がない―
困惑が足取りに反映してしまい、フラフラしながら自席に座る。
簡単に言ってくれるじゃない、四谷さん。
こう思った瞬間に、さっき四谷さんが言った言葉を脳が捕らえた。
それは、たった4文字―




