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第38話 5分の意味

9:00―

田所先生は、建物に入っていく。

―なかまち泌尿器クリニック―


急いでタブレットを取り出し、この病院を検索する。


―泌尿器科専門医が頻尿の疾患を全力で治療します!―


「この病院、頻尿が売りらしい」


「え?いきなりどうしたの?」


マモルくんが、眉間(みけん)にしわを寄せてる。


「だから、この病院、専門のお医者さんが頻尿の治療をしてくれるんだって」


「え?

貧乳の専門家がいるの?」


ふざけているのかと思ったら、真剣な表情。


タブレットを渡し

「よく読んで!」


「ああ、頻尿か。

びっくりした」


びっくりしたのは、こっちだよ。

だが―


――――

10:32―


「また病院!?」


思わず声を上げてしまった。

××市立病院に入っていく。

泌尿器科病院ではなく、総合病院だ。

あわてて入り口の販売機でマスクを買い、尾行を続けると、田所先生はエスカレーターで2階に上がり、廊下を歩く。

先には、糖尿病・代謝内科。


「二階堂くんの言う通りだった。

田所先生は、普通の子ども好き。

帰りましょ」


「ええ?

急にどうしたの?」


驚く二階堂くんの手を引き、エスカレーターに向かう。

1階に下りる途中で、席が空いているのが見えた。


「あそこで、説明するから」

と、その席まで手を引く。


「田所先生は、頻尿や糖尿病と戦っていた。

それで終わり」


「それで終わったら、困るよ。

意味がぜんぜん分からない」


「デイトレで儲けてそろばん教室をやめた。

そのあと、田所先生はどうなっちゃった?」


「不摂生な生活だっけ?」


「近所の人は、そう言ってたよね。

昼夜が逆転し、食事は出前ばかり。

これって、年齢を重ねると、生活習慣病になる」


「生活習慣病って、糖尿病のことか!」


「生活習慣病って言うくらいだから、生活習慣が大事だよね。

昼夜逆転をちゃんと戻し、毎日ちゃんと運動をする。

公園で休む10分を除けば、歩いているのはちょうど1時間。

糖尿病なので、毎日決まって1時間歩くことを生活習慣にした。

Mrルーティンより、Mr生活習慣がふさわしい」


マモルくんは、軽く宙を見て

「じゃあ、頻尿は関係なかったのか」

とつぶやいた。


「あるよ。

田所先生が道路Eにルートを変更した日、春桜山がどうなったか覚えている?」


「春分の日だから…ほとんどの屋台に行列ができた」


「マモルくんこそ、食い意地が張ってるじゃない!

頻尿なんだから、お手洗いが大行列してたら地獄でしょ」


「ああ、そっちか」


「Mr生き字引によると、3月19日は、行列ができる屋台もあるって程度。

だけど、3月20日はほとんどの屋台に行列ができるし、なにより公園のお手洗いは大行列。

頻尿の田所さんは、大いに困った。

少しでも早くお手洗いに行きたい。

かと、言って、その…男性ならどこかで済ませるって手もあるけど、春桜山は人だらけ」


「そりゃ、立ちションもできない」


貧乳、頻尿、立ちション。

大学生の男女とは思えない会話だ。


「いつもどおり道路Aで戻ると入山口まで20分かかる。

道路Eなら15分。

たった5分の差?

いや、その時の5分は、田所先生にとって非常に大きい」


「田所先生にとって、ボロボロの公衆トイレは天国だったろうね」


「田所先生は、天国から帰還した後、自動販売機でペットボトルの水を買い、ベンチで休み、バスで自宅に帰る―

きっと、こんなところでしょうね。

結論―田所先生は無関係。

QED―証明終了」


私が迷(・)探偵ってことも証明された。


「じゃあ、どうするの?」


「1から出直し」

と答え、私は立ち上がった。


2人そろって病院を出て、道路を少し歩いてると、背後から

「ちょっと、いいかしら?」

と、女性の声がした。


急だったので、首を折れるくらい高速回転すると、仁王立ちの女性が視界に入る。


「どちらさまでしょうか?」


警察手帳を突きつけてきやがった。


巡査

一本木美麗


「××警察署の一本木美麗(びれい)と申します」


「警察が、道路を歩いている善良な市民に何か?

立ちションでもしたかしら?」


警察手帳をしまい、両腕を腰に当て、仁王立ちに戻った。

仁王立ちは、腕を組んだ方カッコイイのに―


「捜査の邪魔をしないでいただきたいのです」


クソ女とイイ女の視線がバチバチにぶつかる。


クソ女の雰囲気が悪すぎて、気を回したのだろう。

マモルくんが穏やかに

「それは、

―株式会社鷹宮(たかみや)探偵事務所は石橋心桜(みお)ちゃん失踪事件の調査を中止しろ―

という趣旨でよろしいでしょうか?」

と、クソ女に確認した。


「あくまで任意のお願いですが」


「ふん!

任意のお願いですって!?

道路を歩いている善良な市民に職務質問するのも、ぜーんぶ任意のお願いなんですよね!

警察にとって、便利な言葉なことで!」


また視線がバチバチにぶつかる。


マモルくんが

「私たちでは判断がつきかねますので、上司に報告させていただきます」


クソ女が

「よろしくお願いします」

と言い、仁王立ちを解き、スタスタ歩て行ってしまった。


「なによ、あのワガママおばさん!」


「おばさん?

どう見たって20代でしょ」


「少なく見積もっても私より5才は年増(としま)だよ」


マモルくんが、あきれ返り

「あのさぁ、一本木さんだって職場では若手だよ」


「何?

クソ女の肩を持つの?」


「一本木さんは、仕事をしただけでしょ。

大きな組織では、めんどくさい雑用は若手の仕事。

まさかボクたちのところに、署長が来るわけないじゃん」


「じゃあ、おばさんは撤回してあげる!

でもワガママよ!」


「言い方はちょっとキツかったけど、ちゃんと手順は踏んでたよ」


「どこが!?」


「警察手帳を提示して、××署という所属と、氏名を名乗っている。

ちゃんとビジネスマナーは守っているよ。

だから、ボクも鷹宮探偵事務所へのお願いなのか、確認したんだ」


むぐぐ。

まさがマモルくんが、しっかりとビジネス対応していたとは―


「結論― 一本木刑事はワガママじゃなくワガママボディ。

QED―証明終了」


「はぁ?」


「いやー、一本木さん、スタイルよかったなぁ」


マジメな話で終ると思ったのに!


「あんなの、胸が大きいだけじゃない!」


「まさかスタイルって胸だけだと思ってるの?

一本木さん、くびれもすごかった。

ああ言うのをスタイルが良いって言うんだよ。

少しは、勉強したら?」


「ああ、どうせ、私は貧乳クビレなし女ですよ!」


「え?

神馬さんも頻尿だったの?」


「私は貧乳だって言ったの!」


すれ違っている人たちが、えっ?とこっちを見る。

違う、これは痴話げんかじゃない。

ビジネス上のトラブルなのに、みんな勘違いしている。


「それにしても、一本木美麗さんかぁ…いい名前だなぁ。

名は体(たい)を表すって言うけど、一本木さん、ホントに美人で綺麗だなぁ」


「ああ、名は体(か(・)ら(・)だ(・))を表すって言いたいんだ。

でもね、名前なんて誰でもあるんだから」


「うーん…でも…

明日翔《あすか》って名前なのに、あさっての方向に翔(と)んでる女性を知っているよ」

と、大笑い。


「あきれた。

こんな時に、よくそんなことを思いつくね?」


「こんな時って、どんな時?

だって、すべて終わったんでしょ?

証明終了じゃなく調査終了。

鷹宮さんと雄大(ゆうだい)さんの約束で」


マモルくんの言う通り―


鷹宮先生に連絡するため、スマホを取り出す。

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