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第36話 引っかかる場所

若い交通整理員は、例の地図を手にし、じっと眺める。


「Eの道路だね」


少し間を置いて、彼はそう言い、地図を返してくれた。


「Eって、車が通れない歩道だと聞いたのですが」


「うん。

春桜山(しゅんおうざん)で、車が通れないのはEだけ。

車が通らなくて安全だから、Mrルーティンはルートを変えたのかなぁ?

でも、ルートを変えたらルーティンじゃなくなるのに…」


「MrルーティンをEで見たのはいつだったか、覚えてますか?」


「うーん。

あっ、そうか!

春分の日だ。

間違いない」


「どうして断言できるんですか?」


「だって、前日、急に混み始めたから、春分の日は、少し早めに行ったんだ」


「ということは、Mrルーティンを見たのは、ミオちゃんが失踪した翌日ですね?」


「ああ、そうだよね。

気づかなかった。

でも、翌日ならMrルーティンは、失踪と関係ないなぁ」


一見、無関係のように見える。

でも―


「3月20日の何時ごろに、Mrルーティンを見たんですか?」


「えーとねぇー。

2時半くらいだったと思うよ。

正確な時間は分かんないなぁ。

オレが公園に向かっている時、すれ違ったから、Mrルーティンは公園方面から下山してたことになるね」


「Mrルーティンは、どんな感じでした?」


「なんかさあ、言葉にするのが難しいんだよね。

ものすごく怒っている…とも違うな、険しい表情をしてたよ」


「そんな表情をしなきゃいけない理由があったんでしょうか?」


「さぁ…

Eの道路が、いつもよりも人が多かったけど、混んでるってほどじゃなかったよ。

Eには桜の木はないし、Eから下山してもバス停しかない。

いくら春分の日に桜を見に来た人でも、オレみたいに、そのバスを使っている人くらいしかEなんて歩かないと思う」


「バス通勤なんですか?」


「こんな仕事をしているけど、オレ、お金ないから車を買えないんだよね」

と、誘導棒をブンブン振り回した。


私がお礼を言うと、マモルくんが停めてある車に向かって歩き出す。


「マモルくん、こっち」


「え?

どこに行くの?」


「決まっているでしょ。

道路Eを歩くの」


文句を言われると思ったが、意外にもマモルくんは黙って私の横に並んで、道路Eに向かって歩いてくれた。


だけど、道路Eは特徴がない歩道だった。

15分くらい歩き、車道に出る。


マモルくんの

「こりゃ、なにもないねぇ」

という言葉通り、周りには何もない。


あるのは、自動販売機、お手洗い、バス停、この3つだけ。

どれも、かなりボロボロだ。


バス停なんて、立ってるのがやっとという感じ。

倒れるのでは?―と心配しながら、バス停をのぞき込む。

路線図で、ここからだと少し迂回するが、下春町《しもはるまち》3丁目公民館前という停留所があることを確認した。

時刻表で、田舎の割にはバスが走っていることも確認。

だが、ほかに確認することがない。


――――


「徒歩で、車で、山を移動して忙しい1日だね」

と、運転手は言う。


あのあと、道路Eを登って、標高約100mの公園に戻った。

今度は、道路Cを車で走っている。


「山で失踪―今回は、いい結末に持っていきたいの」


「うん、そうだね」


言葉は少なったが、気持ちは伝わったという実感。

だから、例の地図に視線を落とす。


道路A:メインの道路

道路B:桜がたくさん植えてある

道路C:何もない

道路D:道路Cから分岐、何もない

道路E:唯一の歩道


分かっている情報を、とりあえずシャープペンで書きこんでみた。


他には…

道路Aの入山口に、あのおばあちゃんの飲食店がある。

道路Eの入山口には、古いバス停がある。

こう言った補足情報を頭の中で追加した。

だが、いくら考えても失踪事件の真相に近づけない。

やはり…田所先生を追いかけるべきか…


思考に詰まり、顔を上げると、右側に一軒家が見えた。

明らかに人が住んでいない。

あのバス停と同じく、かなり古い。


「神馬さん。

もうすぐ道路Cと道路Dが分かれるけど、どっちに行くの?」


どっちでもいい。

直感で決める。

途中までだが道路Cは見た、とすると

「道路Dに行って」


「わかった」

と、ハンドルを左に切った。


分岐点を左側へ。

どうしても行夫(いくお)さんのことを思い出してしまう。


しばらく進むと、左側に一軒家が見えて来た。

まだ距離があるのに、不気味さだけが先に伝わってくる。


「あの家の前に停めて」


「ええ、なんで?」


「いいから」


家の前に差し掛かると、マモルくんが優しくブレーキを踏む。

私が降りると、マモルくんも渋々と言った感じでついて来た。


朽ちた木造の一軒家。

明らかに人は住んでいない。

下手をすれば、何十年単位で空き家かもしれない。


「ねえ、戻ろうよ。

車が来たら、通れないよ」


「さっきから、車なんて通ってないじゃん。

もし後ろから車が来ても、2車線なんだから、対向車線に出ればカローラを追い抜けるし」


マモルくんの顔は冴えない。


「じゃあ、ここに停めれば?

下はコンクリートだから、タイヤも汚れないし」


一軒家の横に、空間がある。

カローラ1台を停めるのに、ちょうど良い広さだ。


「ええ、ここ私有地じゃん。

警察に捕まっちゃうよ」


「防犯カメラもないし、住人も通行人もゼロ。

誰が警察に通報するの?

まさか、幽霊?」


「ええええ…でも、出そうじゃない?」


「幽霊が?

…バカバカしい」


幽霊はいないが、人間はどうだろう?

誰かが、この廃屋を最近使ったとしたら―

警察は、この廃屋を調べたのか?


「ねぇ、警察はこの廃屋を調べたと思う?

ここ、一応、私有地だよね。

警察がこの廃屋を調べるには、所有者の許可か裁判所の令状がいるの?」


「ボクも法学部じゃないから、分からないよ。

もしかしたら、消防団とかボランティアが勝手に調べたのかもしれないけど。

山狩りの映像では、警察だけじゃなく、××市の人たちも協力してたよ」


なら、誰かが空き家もちゃんと調べたってこと?


「神馬さん、まだ空き家を見続けるの?

もういいんじゃない?」


「え?

悪霊(あくりょう)に呪われるような悪いことしたの?

私は普段の行いが良すぎるから、平気だけど」


「ボクだって正常な悪霊なんて怖くないよ」


「正常なって…じゃあ、異常な悪霊っているの?」


「口に食べ物をギューギュー押し込んでくる異常な悪霊がいるんだよ。

この悪霊に比べたら、××市の悪霊なんて怖くないさ!」


あきれた。でも―


この廃屋が、どうしても引っかかる。

正常な悪霊のせいなのか、何か理由があるのか、単なる気のせいなのか――


――――

翌日・午後2時―


「ここだね」

と、マモルくんが言った。


タブレット片手に歩いていた。

しかし、タブレットに頼らずとも、すぐに場所が分かった。

大きな看板が、ちょっと大きな一軒家の庭に立っていたから。


田所潤のそろばん教室

どんなお子さんでも、ドンドンそろばんができるようになります!

お気軽にご連絡ください。


だが、お気軽に連絡できない。

おそらく電話番号が書かれていたであろう箇所は、黒ペンキで雑に塗りつぶされていた。


そもそも、この看板が、サビまくっていて、あのバス停と同じくらいボロボロだ。


家屋を軽くのぞき込むが、電気は消え、カーテンは閉まっている。

人の気配は感じないが…


「田所先生は、春桜山へのルーティンタイムのはず。

だからいないのは予想通りだけど…ミオちゃんは、カーテンでわからない」


4才児が放置されているとは、想像したくない。


家から離れて、左右を見ると、4~50代の男性が見えた。


「二階堂くん、行ってみよう」

と、その男性めがけて歩き出す。


「近所の方(かた)ですか?」


「そうだけど」


「そろばん教室のことをお聞きしてもいいですか?」


男性は怪訝な顔をした。


「そろばん教室?

どこにあるの?」

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