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第35話 毎日来る男

いくつも店を回った。

だが、まったく相手にされなかった。

最後に残った飲食店を見上げる。

和風の店舗に、若い私でも趣(おもむき)を感じる。

視線を下げると―櫻木屋―の看板が視線に入り、読み方は“さくらきや”でいいのか、と考えながら店内へ。


愛想のよい女性が、奥から出て来た。

「いらっしゃいませ。

お二人様ですか?」


「はい」


「では、こちらへ」


向かい合って席に座ると、おしぼりとお茶を持って来てくれる。


「こちらがお品書きになります」


お品書きを受け取る時、顔をよく見ると、遥(はるか)さんより年上に感じた。

お品書きに目を移すと、おススメの一品がすぐ にわかった。

ピンク色の大きな字で

―今日のおすすめ モチッと!想い出のどらやキング!―

と書かれている。


「この、今日のおすすめってなんですか?」


「桜みたいな綺麗なピンク色をしたどら焼きです」


「じゃあ、私はそれで」

と、顔を上げて言った。


「じゃあ、ボクもそれで」


「はい。

では少々、お待ちください」

と、奥に引っ込んで行った。


お客さんは私たちしかいない。

桜の時期しかお客さんが入らないのか、今日のおすすめが悪いのか。

さて、どうしよう。

また、報道のフリをしてミオちゃんの話を振るか―


いろんなことを考えてたら

「あらまぁ、めっちゃんこ、めんこいねぇ」

と大きな声がする。


見上げると、おばあちゃんが立っていた。

杖をついてることからも、かなり高齢だと思う。


「いや、いや、申し訳なかったですのう。

こんな時期に若いお客さんが来るのが珍しく、うれしかったもんで、つい」

と、笑顔で言ってくれた。


人間、年を取ると、こんなにも屈託がなくなるものなのか―

年を取るのも悪くない、そう思わせてくれる笑顔だった。


「ボクが言うのもなんですが、おかけになったらどうですか?」


「ああ、そうかい?」


マモルくんが、隣の席から椅子を引き寄せ

「悪いねぇ」

と、ゆっくり席に座る。


ビックリすると方言が出るだけで、普段は標準語らしい。


「しかし、お兄さんも、いい女子(おなご)と付き合えて幸せだのぅ」


かなり時代とズレてる気もするが、マモルくんに視線を送る。

並山(なみやま)と同じく、カップルのふりをしよう―


マモルくんは、少し考え

「ええ、まあ」

と、とりあえず、話を合わせた。


「どこが好きになったのかい?」


マモルくんは、何も考えず

「気が強いところですね」


はぁ?

そこは即答!?


「あれまあ、そんな風には見えんがのう…」

と、こっちを見る。


「彼女、ボクの口に、稲荷寿司をグイグイ押し込んでくるんです。

そこが、たまりません」


「カッカッカッ!

お姉さん、見かけによらずやりおるのう」

と、大声で笑った。


笑顔が屈託がないだけに、余計に恥ずかしくなった。


「お待たせしました―

あら、お母さん、いたの?」


さっきの女性が、―きょうのおすすめ モチッと!想い出のどらやキング!―を持って来てくれた。


「おいしそー!」

「かわいいー!」


マモルくんが、「かわいい?」と不満そうにこっちを見る。


「彼女のいいところをもう1つ思い出しました。

食い意地が張ってるところです。

うどんを元気よく食べ尽くす姿に惚れました」


「なに言ってるの!

女性は、子どもも大人も、かわいいものが大大大好きなのよ!」


「男だからよく分からないなぁ。

ボクは自分の口を守るため、急いでどら焼きを食べるよ。

いただきます」

と、どら焼きをパクリ。


たしかにおいしそう―


「いただきます」

と、パクリ。


「おいしい!」


入口が開く音がした。


「いらっしゃいませ」

と、娘さんが入口の方へ。


「やっとお客さんが来た。

もう、閑古鳥(かんこどり)が鳴いてる状態でねぇ」


「近隣住人が減ったからですか?」


「たしかに春桜山(しゅおんおうざん)の住人は、この入山口だけになってしもうた。

山には人がおらず、いくつか空き家しか残ってない。

じゃが、今、これほどお客さんが来なくなってしまったのは、女の子が失踪しちゃって、原因が分からない。

つまり、神隠しみたいなもんだね。

そりゃ、縁起が悪い」


失踪事件に話を持っていくチャンスだ―


「今の時代、さすがに神隠しってないはず…

警察の捜査は、進んでないんですか?」


「ここにも聞き込みに来たけど、失踪した当日は、今と正反対で、満席で忙しかったからねぇ」


「じゃあ、誰も不審者を見てない?」


「不審者?

警察も当日に怪しい人を見なかったか、聞かれたけど知らんねぇ。

近所の皆さんも、知らんって警察に言ったって」


おばあちゃんの世代だと、東京でも近所付き合いがあるらしい。


「当日じゃなくても、前後にも怪しい人はいなかったんでしょうか?

犯人は犯行前に下見(したみ)に来たり、犯行後に現場に戻るって言うじゃないですか?」


「ほぇ!?

お姉さん、探偵さんみたいなことを言うねえ。

聞いたことないなぁ。

田所先生はよく、毎日毎日、飽きもせず春桜山を登っているけど」


「田所先生?

誰ですか?」


「そろばん教室の田所先生じゃ。

地元で有名な珠算(しゅざん)の先生。

住所は、東京都××市下春町(しもはるまち)3丁目15-6」


老人の記憶力に驚いた。


「じゃが、もう…40才にはなったはずだから、田所先生もいいおじさんだよねぇ」


娘さんが通りがかり、さりげなく

「もう60才くらいですよ」

と、奥に入って行った。


老人の時間感覚のズレにも驚いた。


「あれま!もうこんな時間、ドラマの再放送を見なくちゃいかんので。

ばあさんの相手をしてくれてありがとうね。

楽しかったよ」


腕時計を見ると、午後3時55分。

生(い)き字引《じびき》さんに、田所先生のことを聞きに行こう。


――――

「キミたち、取材の人だね。

生き字引のオジキから聞いてるよ。

でも、オジキは、もう勤務時間が終わったんで、帰っちゃったよ」


公園の駐車場に戻ってきたら、制服姿で立っていたのは、若い男性だった。


「3時で、オジキからオレと交代するんだ」


「いつも、3時で交代するんですか?」


「たまに違うことがあるけど、ほとんど3時に交代する。

ミオちゃんがいなくなった日も、3時に交代したよ」


ミオちゃんが失踪する現場を、彼は見ていない。

じゃあ、田所先生のことを聞くか―


「なんか、毎日、この山を登っている60才くらいの男性がいるって聞いたんですけど、知ってますか?」


交通整理員は、

「うーん」

とうめきながら、考えている。


「もしかしてMrルーティンのことかな?

オジキや他の仲間から聞いたことがある。

ほぼ毎日、2時くらいに歩いて公園に来て、歩いて帰っていく。

だから、Mrルーティンって呼ばれてるんだ。

オレも数年前、1~2回、見たことがあるよ。

オジキの都合で、シフトを変わってあげたことがあったんで」


「どの道路から来て、どの道路で帰って来るんですか?」


例の地図を見せる。


「なにこれ?

お姉ちゃんがAとかBとか書いたの?

スゴイね」


「ありがとうございます」


「ええと、Aだね。

Aの道を登って来て、Aの道を帰っていく」


あのお店は、ここからAの道を下ったところにある。

だから、あのおばあちゃんも知っていた。

つじつまは合っている―


「そう言えば…この地図で思い出した。

Mrルーティンを最近、見たよ」


「え?

どこで?」


「その地図、ちょっと貸して」

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