第34話 空白の現場
車から降り、マモルくんと並んで駐車場を歩く。
ポツンとしてる男性が見えた。
制服を着ているので交通整理の人だろうが、ヒマを持て余しているのが遠目にも分かる。
人がいない―
公園まで歩いたが、やはり人がいない。
遥さんの写真からすると、これらが桜の木なのだろう。
桜も、咲いていない―
だだっ広い公園は、自動販売機、公衆トイレ、ベンチが並んでいるだけ。
いや、よく確認すると、ベンチがもう1つあった。
「あそこに座ろうよ」
なんとなく、トイレの近くのベンチは避けたい。
少し歩き、2人並んでベンチに座る。
ポケットから、地図を取り出す。
ネットにあったのを印刷しておいた。
「二階堂くん、これが春桜山」
マモルくんが、私との距離を縮め、地図をのぞき込む。
「AからEの文字は、神馬さんが書き込んだの?」
「春桜山には道路が5つある。
話しやすくするため、A、B、C、D、Eと勝手に決めておいた」
「道路Aは、今、車で来た道だよね」
「春桜山で、もっとも大きな道路。
車や徒歩での移動が目的なので、桜の木はないんだって」
「この公園に通じてるのはA、B、C、Eの4つ。
逆に言うと、Dだけ公園には通じていない」
「道路Cは、山奥に行ってから道路Dと分岐する。
でも今は、そこまで細かく考えなくていいか。
まずは人に聞こう」
こう言って、私たちは駐車場に戻った。
車が来ないのに、誘導棒を振り回している中年男性に話しかける。
「ちょっとお聞きしたいことがあるのですが?」
「ん?君たちは誰だい?」
困ったな―
警察にバレる可能性がある。
だから探偵と名乗りたくない。
「私たち、報道関係の者でして」
相手の顔が曇った。
「ミオちゃん失踪事件だろ?
もう放っておいてやれよ。
あんたら、どこの人?
テレビ局じゃなさそうだな。
新聞?
雑誌?
フリー記者?」
「競合他社の関係があるので、それはちょっと言えないんですけど」
「もう、警察に任せるべきだと思うよ」
「ご両親が、その警察にものすごく怒ってまして。
だから、警察とは別の角度で取材を」
相手が“ん?”という表情をした。
「君たち、ミオちゃんの両親に会ったのかい?」
「ええ、お会いしました」
「両親は、なんで警察に怒っているんだい?」
「すべてですが…
たとえば、お父さんがこの公園に来た時、刑事に尾行されたことですね」
男性があごに手を当て、何かを考えている。
「じゃあ、本当に会ったんだろうな―」
「どういう意味ですか?」
「テレビで見たことがあったんで、すぐにミオちゃんのお父さんって分かったよ。
お父さん、怒ってたよ。
指さして、あそこに刑事が2人もいるってね。
そりゃ、もうカンカンだった」
「お父さんと話したんですか?」
「声を掛けられた。
ミオちゃんが失踪したとき、私が交通整理をしてたから、話してあげたよ」
失踪時刻に合わせて、ここに来てよかった。
腕時計を確認すると、午後2時17分。
「でもね。
警察にも言ったけど、何も答えられることはないんだ。
今年は、桜が咲くのが異様に早かった。
だから3月19日、そんなに混むとは思わなかったんで、警備会社も駐車場に私1人しか配置しなかったんだよね。
忙しくて、ミオちゃんのこと、なにも気づけなかった」
「そんなに3月19日は、混んだんですか?」
「20日の方がひどかったけどね。
春分の日で祝日だし。
3月19日は、行列ができる屋台もあるって程度。
でも20日は、ほとんどの屋台に行列ができるし、お手洗いは大行列だし、メチャクチャだったよ」
「屋台ですか?」
「ああ、毎年、出るんだよ。
今は1つもないけどね。
なにか買いたかったら、入山口に戻るしかないね」
「どの道から戻ればいいですか?」
と、例の地図を見せた。
「道路Aだね。
ああ、車はダメだよ。
春桜山ちかくで、駐車場はここしかないから、歩くしかない」
え?
そうなの?
駐車場、他にはないの?―
「他の道路も、駐車場ないんですか?」
「ないよ。
というか…」
と言って、細い道に視線を向けた。
「あそこが道路Eだけど、そもそも歩行者専用だから」
道路Aを下ってお店に行ってみよう。
聞き込みができるだろう―
「ところで、君は質問ないの?
ずいぶんと、謙虚だね」
と、二階堂くんに話を振った。
「ボクも質問していいんですか?
お仕事の邪魔では?」
「仕事?
車なんて1台も通ってないし。
なんでも聞いてよ。
これでも、生き字引って呼ばれてるから」
どうもヒマを潰したいらしい。
「そうですか…
では…春桜山って防犯カメラがないんでしょうか?」
「そうだよね。
普通はそう思うよね。
でもね、1台もないんだよ。
ミオちゃん失踪事件が起きて、××市役所は慌てて防犯カメラの設置を検討してるんだって。
遅いよね、これ」
運命の分岐点と同じだ。
北山市役所がもっと早く、ちゃんとした看板を立ててれば、行夫さんはあそこで亡くならなかったと思う。
「でも、しょうがないのかな。
春桜山って、桜の時期しか人が来ないし。
今や、人が住んでいるのは、道路Aの入山口だけだもん」
今や―
ということは、以前はもっと人が住んでいたの?
「昔は、違ったんですか?」
「少子高齢化ってヤツだね。
その地図、ちょっと見せて」
A~Eの文字が書き込まれた地図を渡す。
「道路Bは、道路Aの次に大きい。
ここは誰も人が住んでなかったから、大きな道路を作って、桜の木をたくさん植えたんだ。
春桜山って桜が有名だけど、桜があるのはこの公園と道路Bだけ。
かなり昔、××市役所が名所を作りたくて、桜の木をたくさん植えたらしい」
ミオちゃんが失踪した時、混んでた範囲は狭そうだ。
「次は、道路Cと道路D。
道路Cはこの公園からかなり上まで行って、道路Dと分岐する。
そしてそれぞれ、別の入山口まで下っていく。
道路Cも道路Dも、沿道にポツポツ人が住んでたんだよね。
ああ、道路Eは、歩行者専用の狭い道だけど、沿道に住んでる人もいたし。
それが、今や全滅で、廃屋がポツンポツンと残るだけ。
××市の山々は、少子高齢化の波にのまれて、そんなミジメな状況さ」
「そうですか。
ありがとうございます」
「あれ、もういいの?」
まだ話し相手が欲しいのか、中年男性は寂しそうな顔をした。
「仕方ない。
道路Aを歩いて、下まで戻ろう。
聞き込みできる相手は、そこにしかいない」
こう宣言して、道路Aを徒歩で戻る。
だけど、隣のマモルくんがブーブーうるさい。
「おっと、おやつの時間だ」
「ちょっと歩いたくらいで、何を甘えてるの?
ぜいたく言わないの!」
「これだけ歩けば、ぜい肉は落ちるけどねぇ。
と言うか、神馬さんこそ休んで糖分補給した方がいいんじゃない?」
こんな話をしていると、入山口がうっすら見えて来た。




