第33話 誘拐の三つの動機
「私たちが生まれるずっと前、東北で起こった事件。
9才の女の子がある日、突然消えてしまった。
捜査がまったく進ままず、9年の月日が流れ…
失踪した女性は、犯人の自宅で監禁されているのを保護された」
「ええ?
9年も自宅に監禁?
誰も気づかなったの?」
「犯人の母親が同居してたけど、気づかなかったんだって」
「うっそだぁー」
「監禁場所は2階の部屋。
でも、母親の指紋が2階からまったく出なかった」
「そんなの、母親が2階にあがる時、手袋してたに決まってるじゃん」
マモルくんも、探偵助手っぽいことを言うようになった。
「でもね。
決め手は、被害者自身の証言なんだ。
母親が住んでるなんて知らなかった―こう証言した」
「じゃあ、被害者と母親が9年もまったく接触しなかったのか…
ずいぶん、変わった事件だなぁ」
「被害者は、9才の時に誘拐され、19才まで監禁された。
人生でもっとも大切と言える期間を失った。
被害者にとって絶対に許せないことだけど、命を奪われず生還できたことは、よかったよね。
二階堂くんの言う通り、人知を超えた事件だけど、私たちの想像を超えたところで、ミオちゃんが生きている可能性がある―と信じたい」
「神馬さんの推理が外れていようが、ミオちゃんが生きて帰ってくることが大事だからね。
少し元気が出て来た」
「他の可能性は―
父親・母親として、ミオちゃんがかわいかったので誘拐した」
「父親?母親?
何、言っているの?
父親は雄大さんで、母親は遥さんじゃないか」
「疑似的な父と母と言うべきだったね。
分かりやすい例が、子供に恵まれなかった夫婦」
「ああ、そう言う意味か。
子どもはすごくかわいい。
だけど、子宝に恵まれなかった。
かわいいミオちゃんを見て、思わず連れ去ってしまった」
「石橋夫婦にはたまったもんじゃないけど、このケースが理想。
ミオちゃんはどこかで、自分の娘のように大切にされているから」
これは、推理じゃなくて希望。
希望にすがるようじゃ、探偵失格―
「誘拐なら、この2パターンかな」
「公開捜査が遅れたのは、警察が金銭目的の可能性を考えたからだよね。
本当に、この可能性はないのかなぁ?」
「だってもう4月下旬だよ。
誘拐から1カ月経って、身代金の要求がないんだから、違うんじゃない?」
「たしかにねぇ…」
と言いながらも、不満そう。
「今は、どんな可能性も排除すべきじゃない。
でも、1カ月経っても身代金の要求がない理由ってある?」
「単純に、油断させるためじゃない?
神馬さんの話だと、少女を9年間も誰に気づかれずに監禁できたんでしょ。
9年に比べたら、1ヶ月なんて短いよ。
数日後より1カ月後、1カ月後より半年後―身代金の要求が遅いほど、警察は油断するよね」
雄大さんと警察は対立しちゃっている。
ということは―
「自宅の電話をずっと、警察が逆探知するわけにいかないか」
「今どき自宅の固定電話に連絡するかな?
雄大さんが経営する会社の電話かもしれなし、スマホかもしれないし。
犯人が石橋家に匿名性の高いアプリを使わせるかもしれない。
逆に、なにかアナログな方法かもしれない」
「二階堂くんにしては、なかなか斬新な発想ね」
「ボクが金銭目的にこだわったのは、雄大さんが上場企業の経営者であり、株主だからなんだ」
「え?」
「上場企業って、大株主を公開しなきゃいけない。
気になって調べたんだけど、雄大さんは創業者として筆頭株主になっている。
だから、保有してる株をぜんぶ売れば、一瞬で大金を用意できる」
「じゃあ、その現金の受け渡しの時が、犯人逮捕のチャンスってことね」
「でも、たとえば、6か月後に身代金要求があったら、雄大さんは警察に連絡するかなぁ。
勝手に身代金を払っちゃうんじゃない?」
マモルくん、鋭いな。
たしかに雄大さんが、警察を頼るとは思えない。
「それに、今どき、身代金って現金で払うのかな?」
「二階堂くん、どういうこと?
現金以外でどうやって払うの?」
「たとえば、暗号資産に変えて送る。
暗号資産は追跡しにくいから」
「うーん、それは考えたことなかった」
「あと、金銭目的の誘拐=身代金目的の誘拐とは限らないと思うよ」
「ええ?
身代金以外で、誘拐犯が利益を得る方法があるの?」
「たとえば、雄大さんに日時を指定して、持ってる株をイッキに売却させる。
大量の株がイッキに売られれば、雄大さんの会社の株価は大暴落する」
「株価が大暴落したら、みんな損しちゃうよ」
「いや、カラ売りと言って、株価が暴落すると儲かる方法があるんだ。
簡単に言えば、―その会社の株価が下がることに賭ける―と思ってもらえばいい」
「だけど、そんなにうまく行く?
大株主だからって1人が株を売ったら、そんなに株価が暴落するものなの?」
「じゃあ…日時を指定して、雄大さんに全株を売るのと会社経営からの引退発表を同時にやらせればいい。
株価が暴落する理由が2つもある。
すべての株をイッキに売ることより、創業者社長がいきなり退く方が株式市場のインパクトは大きいかも。
雄大さんの後任は、まだ育ってないだろうしね」
「でも、その時に空売りで儲けた人って、警察にバレちゃうじゃない?」
「今の時代、株・お金の動きはほぼネットだよ。
ネットですぐに暗号資産に変えればいい。
それで、警察が気づいたころには、犯人たちはすでに国外のどこかに逃亡―
なんてね。
本当にできるかは、分からないけど」
私より発想がすごい。
優秀過ぎる探偵助手じゃなくて、探偵そのものって感じ―
「大株主とか空売りとか、よく知ってるね」
「うちは上場してないけど、上場会社と取引があるから。
それくらいは勉強しとかないと」
マモルくんは、マモルくんで、将来のために勉強してるってことか―
「マモルくん、勉強がんばって偉いね。
頭、ナデナデしてあげようか?」
と、隣に手を伸ばしたが
「イヤだよ」
と、拒絶されてしまう。
仕方ないので、マモルくんに伸ばした手をブリーフケースに伸ばし直し、紙とボールペンを取り出した。
「じゃあ、まとめよう」
デジタル時代だけど、大事な場面では紙に書きだす方が頭が働く。
もしかして、私っておばさん臭い?
心桜ちゃん誘拐の原因
① 犯人の頭のネジが飛んでいる
② 犯人の父性・母性を刺激した(心桜ちゃんをかわいがっている?)
③ 犯人の金銭目的(油断させて身代金要求/株価を動かして利益を得る)
「こんな感じでどう?
複数犯の可能性もあるけど、めんどくさいので犯人って書いておいた」
マモルくんが、机に置かれた紙を覗き込んだ。
「いい感じだと思うよ」
「だけど、①②③のどれなのか、決め手がない。
かと言って、モタモタするわけにもいかない」
「じゃあ、どうするの?」
「とりあえず、事件現場を見るべきだよね。
春桜山の駐車場に行こう。
ミオちゃんが失踪した現場だから」
――――
「うわー。
東京都内で、こんな田舎、まだあるのかよ?
畑と山しかない!」
カローラから降りたマモルくんが、大声を上げる。
マモルくんが言う通り、大きな声を上げても心配ないくらい田舎だった。
「でも、なんで春桜山じゃなく、ここに来たの?」
「ここ、××市でもっとも有名な心霊スポットなんだよ」
目の前の一軒家を見た。
声にするのもはばかれるの落書きが、家の壁に書かれまくっている。
「えー、神馬さんってオカルト好きだったの?
まさか、ミオちゃんを連れ去ったのは幽霊って言わないよね?」
「案外、悪霊の仕業かもね。
見て、二階堂くん」
と、山を指さす。
「ここが心霊スポットになるまで、あの山が××市でもっとも有名な心霊スポットだったんだ」
「まさか心霊スポットツアー!?
次はあの山に行くの?」
「行くのは、隣の山だよ。
あそこが春桜山。
1回、春桜山全体を見ておこうと思ってね」
「ああ、よかった」
マモルくん、オカルトに弱いのかな?―
「さぁ、事件現場に行こう」




