第31話 初動の遅れ
「お母さんの趣味が、写真なんだ。
これが、かなり凝っていて。
脚立まで持ち込んで、一眼レフで撮るくらいには本格的だ」
「熱心に写真を撮っていて、ミオちゃんから目を離していたら、いなくなってしまった」
「その通りだ」
と言い、鷹宮先生は写真を二階堂くんの前に置いた。
二階堂くんは、写真を手に取る。
「ミオちゃんが誘拐されたのは、その公園だ。
公園は、入山口から約100メートルのところにある。
お母さんとミオちゃんは、自宅から公園にある駐車場まで自動車で行った。
山道と同じくらい公園の桜も有名だ。
だから、お母さんは公園で撮影することにした。
最初は、ミオちゃんを、その次はミオちゃんと桜を撮影。
そこまでは良かった。
だが、次は桜だけ熱心に撮り始め、この撮影に熱中しすぎて…ミオちゃんはいなくなってしまった」
「そして、現在まで消息不明。
ご両親はツラいですね」
「問題は、そのご両親なんだ。
鷹宮探偵事務所に依頼をしてきたのは、お父さん。
両親の依頼という形にはなってるが、お父さんの意向にお母さんが従っている。
だって、お母さんは何も言えないよね。
自分の失態だから」
鷹宮先生が、二階堂くんの前に紙を置いた。
娘:石橋心桜(4才):春桜山にて失踪
母:石橋遥(29才):専業主婦
父:石橋雄大(31才):ベンチャー企業(上場企業)経営者
「お父さんは、お母さんにだけでなく、警察にもかなりご立腹なんだ。
これを見てほしい」
と、二階堂くんに別の紙を渡す。
3月19日午後2時頃:東京都××市・春桜山の公園で石橋心桜ちゃん(4才)が失踪
3月19日午後3時頃:母・遥さんが警察に通報
3月26日:警察が公開捜査に踏み切る
「公開捜査に踏み切るのに1週間もかかっている。
お父さんは、早く公開捜査に踏み切るよう強く主張してたが、警察が公開捜査に踏み切るのを躊躇したらしい」
「幼児の失踪って、数日で公開するイメージなんですが…」
「二階堂くん、まったくその通りだよ。
だが、警察はこの点を懸念した」
と、紙を指さした。
―父:石橋雄大(31才):ベンチャー企業(上場企業)経営者―
「簡単に言えば、かなりのお金持ちだ。
だから、警察は、身代金目的の可能性を排除できなかった」
「でも、営利目的の誘拐って、犯人がすぐに電話してきますよね」
「それは、かなり昔の話だ。
今は、電話した瞬間に逆探知されてしまう。
科学技術の進歩だね」
「ああ、そうだったんですか」
「ミオちゃんがいなくなった瞬間に、警察に連絡していたら逆探知される―
犯人だってそれくらいは考える。
だったら時間はかかっても、なにかの手段で身代金の要求をしてくる。
この可能性を排除できない」
隣のマモルくんは、首をひねっている。
「二階堂くん、納得いかないようだね。
まったく、その通りだよ。
私が警察で指揮を執る立場なら、すぐに公開捜査に踏み切る。
人間の記憶は、あいまいだ。
可憐なピンク桜の浴衣―かなり特徴がある格好でも」
警察が公開したミオちゃんの写真は、失踪した公園で撮影したものだった。
心桜ちゃんが、桜模様の衣服を着ていたと、話題になった。
けど…。
「1週間も経っちゃうと、ほとんどの人はちゃんと覚えてないよ。
似た女の子を見ました…え?ほんとうに3月19日だったかって?うーん…。
こんな感じになってしまう。
初動捜査こそ大切ってのは、犯罪捜査の基本なんだけどねぇ」
「お父さんは、犯罪捜査に詳しいんですか?」
「いや、会社経営者のカンだね。
会社経営は、組織を率いるってこと。
雄大氏は会社経営者として、かすかに臭いをかぎ取ってしまった。
警察組織が保身に走った、その臭いを」
「保身?
どうして警察の保身になるんですか?」
「犯人は、身代金を要求する準備をしていた。
だが、警察が公開捜査に踏み切った。
それを見て、身代金を取るのを諦めた。
でも、ミオちゃんには顔を見られている。
だから――
公開捜査のあと、ミオちゃんが殺害されたら警察は袋叩きにあう」
「うーん…警察の判断が…よく…分かりませんが…」
と、マモルくんは呻いている。
「納得しなくていいんだよ、二階堂くん。
父親の雄大氏もまったく納得してない。
というか、警察にブチ切れている。
警察にブチ切れてるからこそ、鷹宮探偵事務所に依頼をしてきた。
そして、雄大氏が警察にブチ切れていることが、鷹宮探偵事務所の調査にも大きな影響を及ぼす。
と、ここでやっと話がつながった」
鷹宮先生は、顔をこちらに向けた。
私が説明しろ、ってこと。
「鷹宮探偵事務所は、微妙な立場なの。
両親の依頼を断れば、あとで非難が殺到するかもしれない。
日本でもっとも同情されている事件だからね。
かと言って、本格的に動けば警察と敵対する」
「四谷さんは“警察とは、持ちつ持たれつ”と言ってました。
依頼を受けて大丈夫なんでしょうか?」
「その点は、私から説明すべきだな。
ご両親には、と言うか父親の雄大氏には―警察がストップをかけてきたら、その時点で調査をやめる―と伝えてある」
「お父さんは、いざとなったら調査を中止することに納得してるんですか?
中止したら騒ぐ心配はないのでしょうか?」
「雄大氏は、やはり経営者だね。
探偵事務所が警察と敵対して調査を続けるなんて、経営判断としてあり得ない。
この点は、しっかり理解していた」
「それなら、いいのですが」
「警察から横やりが入って調査は終了―
こんな予感がするんだ。
今、雄大氏が暴走してる。
けど、警察は雄大氏を止めることはできない。
雄大氏は被害者家族であり、公開捜査の遅れと言う負い目もある。
だから、警察はウチに圧力をかけるしか手段がない。
二階堂くんに協力を依頼しておいて、こんなことを言うのは心苦しいけど」
「いや、ボクは別に構いません。
鷹宮探偵事務所として、途中で調査が終わっていいのであれば」
鷹宮先生はマモルくんの反応に笑顔を見せたが、すぐに表情を変えた。
「それで、もう1つ心苦しいのだが。
私はもう戻らないといけないんだ」
「浅井刑事局長の件ですか?」
「よく知っているね。
浅井刑事局長からの依頼に、てこずってしまって。
いやはや、探偵としてお恥ずかしい限り。
だから、最終の新幹線で戻るんだけど」
「それは、大変ですね。
鷹宮さんは新幹線で戻るとして、ボクはまず何をすればいいでしょうか?」
「神馬くんと一緒に、ミオちゃんの両親に会って来てほしい」
――――
「ボクはまたアッシーに成り下がりました、と」
隣でハンドルを握っているマモルくんが、アッシー宣言。
私のタブレットに軽く視線を流し
「この石橋さんの家に行けばいいんだよね?」
「うん。
安藤食品で最初に案内してくれた、あの石橋さんの家に」
「ええ?
両親の家じゃないの?」
「それがねぇ…
お父さんが、警察をまったく信用してなくてね。
自宅は警察に盗聴されてるかもって」
「そりゃまた、すごいなぁ。
お父さんの警察不信も重症だね」
「今回は、そのお父さんへの顔見せ。
指名した2人が担当したってことが大切なの。
ああ、あそこ。
あそこのコインパーキングだよ。
レッツ―ゴー!」
私は、元気よく振舞った。
お父さんがどんな態度で来るか?―この不安を打ち消すために。




