第28話 主観という罠
「別の言い方をするよ。
歴史にIFはないけど、未来にはIFがある。
だから時を戻そう。
戻すべき時は、行夫さんが社長になる直前」
「時を戻したら、どうなるの?」
「もしかしたら、IFを作ろうとした人間がいたんじゃないか―って」
少しだけ、話が見えて来た。
「別人が社長になるIFを作ろうとしたってことだね」
「そう。
実はこれって、藤原さんと会う前の議論に戻っている」
「議論?
なんだっけ?」
「この部屋でも話したこと。
―得をするのは誰か?―これが、犯人特定の王道」
「ああ、ミステリー小説でおなじみの手法」
「幸恵さんが社長になったから、女性の水口さんでも出世できた。
だから―得をしたのは、庶務課の水口課長―だと思った。
けど、行夫さんがいなくなっても幸恵さんが社長を継ぐか、事前には分からなかったという。
むしろ栄吉社長が続く可能性すらあった。
栄吉社長が女性を登用するはずがない。
だから、水口課長を容疑者から外した。
水口さんを容疑者から外したことは、間違ってなかった。
だけど、根本が間違っていた」
「根本って?」
「時は、行夫さんが社長になる直前。
行夫さんがいなくなったら、次の社長が誰になるか分からない。
客観的には、誰が得するか分からない。
だけど、大事なのは主観だった。
得をするはずと思いこんでいるのは誰か?
それを考えるべきだった」
「あの手紙の通りだね」
「―行夫専務がいなくなれば、自分が社長になる―
どんなに客観的じゃなくても、山谷が主観的に確信してれば、確実な未来になってしまう」
「山谷って、つくづく哀れだね」
「しかも他の社員には、安藤食品の社長が無価値だったというオチ。
山谷が安藤食品で活躍しなかったのも、納得ね。
主観と客観がグチャグチャだったら、マトモな仕事ができない」
「でも、よく山谷に目を付けたね。
山谷が親類だって言うから、期待したんだよ。
でも、行夫さんの甥って聞いてすぐに失望した。
婿の甥は、関係ないじゃんって」
「山谷を変な人って思ったのは、まさにその時。
―行夫専務とは親せきだから、呼ばれたと思った―
山谷だけが、自分と行夫さんを親せきだと言った。
他の人は、誰も言わないのに。
だって幸恵さんも、こっちが聞くまで言わなかったんだから」
「安藤食品で山谷だけが、行夫さんの甥であることに価値があると思っていた」
「正確には山谷と池田さんの2人だけが、だね。
山谷は登山に詳しいと、誰も言わない。
だったら、共犯者がいるはず。
水口課長は、関東の山には詳しくない。
これは、喫煙を除けば満点と言える藤原さんの証言。
だから、信用していい。
じゃあ、池田さんしか残ってない。
しかも池田さんは社長に交代したときにおかしくなった、と藤原さんは言う。
これで、池田さんが共犯者だろうと推理した」
「なるほどねー。
納得したよ」
謎解きは終わった。
「ああ、そうだ」
と言って神馬さんが立ち上がり、ブリーフケースから何か取り出した。
「はい、これ」
と、ピンク色の小さい袋を差し出す。
「なに?」
「クッキーよ」
ああ、これで本当に最後だから、お別れの品をくれるのか。
神馬さんとは同じクラスだけど、まったく話したことがなかった。
ボクがこのアルバイトを辞めたら、その関係に戻る。
しかし、うかつだった。
ボクはプレゼントを用意してない。
まぁ、いいか。
ボクの活躍もあって、神馬さんの就活が成功したんだし。
「ありがとう」
こうして鷹宮探偵事務所を辞め、普通の大学生に戻った。
ただ、今は休み。
新3年生になる4月まで授業も講義もない。
今年はかなり暖冬になるらしい。
暖かい季節をゆっくり過ごそう。
――――
例のごとく、ドア付近の席を確保してある。
だから、英語の授業が終わり、カズヤと逃げようとしたら―
神馬さんが、腕を組み仁王立ちのポーズで立っていた。
しかも、なぜかボクを睨みながら。
「二階堂くん!
今、何月だかわかる?」
「そりゃ、3年生になって初めての授業だから4月だよ」
「じゃあ、先月は何月?」
「3月。
4-1=3
これくらいなら、私立文系のボクでも計算できるさ」
クラスのみんながボクを見ている。
いや、クラスのアイドル・神馬さんを見ているのだろうが、そのついでにボクも見られてしまう。
もう上司と部下じゃないんだから、勘弁してほしい。
「二階堂くんに質問です。
3月の重要なイベントはなーんだ?」
はぁ?
知らんよ、そんなの。
男って、イベントに興味ないし。
女性は、本当にイベント好きだ。
ん?
女性…そうか!
「3月3日、ひな祭り。
女性にとって大切だもんね」
「もっと、あと!」
違うの?
なんだろう?
「3月20日ころに国民の祝日があったよねぇ…
ああ、春分の日!」
「もうちょっと、まえ!」
真っ白な教室に響く、いら立った声。
「うーん。なにかあったかなぁ」
「ホワイトデーだよ!」
はぁ?
ホワイトデーだと?
「ホワイトデーって、バレンタインデーのお返しでしょ?
ほかのクラスメイトと勘違いしてるじゃない?」
と、教室を見渡した。
だが、クラスメイトたちは、こっちの様子を伺っているだけだった。
じゃあ、クラスメイト以外の男性と勘違いしてる?―
「2月14日、二階堂くんにあげたでしょ!」
最近、神馬さんには会ってない。
家族裁判が1月31日。
最後に鷹宮探偵事務所に行ったのが、ちょうど2週間後―
ちょうど2週間後=2月14日=バレンタインデー!
「3月14日、アパートの部屋でずっと待ってたのに!」
「そんなこと言っても…
連絡先は消しちゃったし、神馬さんの住所も分からないし」
「はぁ?
連絡先を消した?」
「だって、神馬さんはもう、ボクの上司じゃないし」
「メモはどうしたの?
メモを見れば、住所は分かるよ」
「ああ、安心して。
ビリビリに破って、捨てたよ」
「ビ、ビリビリぃだと!?」
「個人情報は厳重にって、鷹宮さんに言われてたし。
絶対に復元できないくらいビリビリに破いたから、安心して。
ほら、ボクって退職してからも、ちゃんとしてて偉いでしょ?」
「あのねぇ―
2月14日に手作りクッキーをもらったのに、お返ししないつもりだったの?」
「ええぇぇぇー、あれ手作りだったの?」
「そうよ」
「マジで?
…汚ったねぇー!!」
ここで、神馬さんの顔がゆがみ切った。
遠巻きのみんなが、一斉に驚愕の表情になる。
なぜだ?
「ま、まぁ、いいわ。
とりあえず、カフェに行ってお話ししましょう」
「ああ、ごめん。
これからカズヤと用があるんだ」
「国友氏は、お帰りになりました」
え?
横を見ると、いつの間にか消えていた。
「じゃあ、行こうか。
私と、じーーーーーーっくりお話ししましょうね♡」




