第26話 崩れる証言
「さっぱり分からん」
「いやー。
さすがに、看板をくくってるロープを切るのはマズイでしょう。
木に結び直しても、切った跡は残っちゃうから」
山谷の顔が、若干だが引きつった。
表情の変化を、神馬さんは見逃さない。
「やっぱりロープのことは気にしてました?
それとも、バレてもなんとかなると思ってました?
いざとなったら池田さん1人に殺人罪を押し付ければいい、と。
手紙によると、ロープを切ったのは池田さん。
ということは、ロープを切った登山ナイフも池田さんのモノだったのでしょうね、きっと。
ロープを警察が調べても、残るのは池田さんの登山ナイフで切った跡。
他方、あなたは?
冬の登山なので、3人とも手袋をしていた。
当然、あなたが手袋をしていても池田さんは不審に思わない。
手紙によると、ロープを結び直したのはあなた。
手袋をしていれば、ロープに指紋は残らない。
手紙には、手袋のことが書かれていません。
もしかして、いざとなったらすべてを池田さんに押しつけるため、登山ナイフ・手袋・ロープのことは池田さんに黙ってましたか?
どうも、あなたは池田さんをバカにしているふしがあるので」
「ぜんぶ、想像―というか妄想じゃないか」
「ぜんぶとは?」
「そもそもだが、ロープは切れていなかった。
それだけのことだ」
「運命の分岐点―あの看板がどうなったか知ってますか?」
「え…あっ、いや…知らないが」
「その表情だと、本当にご存じないみたいですね。
今は大きな看板が立っています。
あの看板はもうありません」
山谷がホッとした表情をする。
「あれ?
もしかして勘違いしちゃいました?
そもそも、2004年のロープがまだ残ってるわけがない。
2004年って、私が生まれる前ですよ。
だから、ポイントは逆なんです!」
「さっきから、何を言ってるんだ?」
「だからね、あの看板がもう存在しないことは、どうでもいいんです。
どうして、運命の分岐点に大きな看板を立てたのか?
もっとはっきり言わないと分かりませんか?
矢印の看板をロープで木にくくる―この方式をなぜやめたのか?」
「何が言いたい?」
「本当にカンが悪いですね。
運命の分岐点に大きな看板を立てた原因は、池田さんとあなたですよ!
池田さんがあのロープを切り、あなたがロープを木にくくり直した。
これが大きな看板を立てることになった原因です」
「どこから、そんなデタラメな話を作ったんだ?」
「日本の役所って優秀ですね。
なんでも文書として残してある。
今の看板を立てたのが2004年4月―
そう、行夫さんが殺害されて数か月後です。
そんな偶然ありませんよね?
ああ、もういいです。
あなたはカンが悪いので、一気にすべて話しちゃいます。
北山市役所の文書にちゃんと残っているんです。
2004年1月21日・埼玉県警山岳救助隊・隊員より情報提供。
看板はちゃんと木に結んであるが、ロープに切れた跡があるので注意されたし―」
「だから…」
「ああ、いいですって、そういうの。
で、この文書を作成した職員さんが覚えてたんですよ。
2004年のことを。
役所文書では―ロープに切れた跡―って穏当な書き方をしてるけど、山岳救助隊では―このロープは故意に切られた―という意見が出たんですって。
まさか殺人のためとは思わなかったけど、いたずらだと判断した。
今回はたまたま親切な人が木に結んでくれたけど、同じいたずらをされたら危険だ。
北山市役所は、こう判断。
だから、運命の分岐点にちゃんとした看板を立てた」
「そんなのあんたが勝手に…」
「だから!
そういうの、いらないから!
北山市役所に文書は残ってます。
しかも、その文書は永年保存だそうです。
その文書は、永遠に北山市役所に残り続けます。
ええ、もちろん、本当の話ですよ。
北山市役所の13番窓口・ お困りです課で確認しました。
もしあなたもお困りでしたら、13番窓口へ!
あっ!
念のために言っておきますけど、北山市役所に放火して文書を燃やそうとしないでくださいね。
日本では、放火は殺人に次ぐ重罪です。
その文書はデジタル化され、バックアップもあるので、燃やしても無駄ですけど」
これはハッタリだ。
その文書は地下倉庫にしかない―
「あと念のために。
ロープの不審点に気づいたのは、山岳救助隊です。
役所文書に書いてありましたが、埼玉県警・山岳救助隊です。
救助隊員たちで、ロープのことは話題になったそうです。
幸恵さんがこの手紙を渡したのは…もちろん埼玉県警です。
ということは…いくらカンが悪くても分かりますよね。
同じ役所です。
埼玉県警がその時の隊員たちを探すのは、めちゃくちゃ簡単でしょう。
隊員たち、複数ですから誰かは見つかるでしょうし、誰かしらロープのことは覚えてると思います。
なにしろ、北山市役所の職員さんが覚えていたくらい印象的なので。
話は以上です。
なにか言いたいことは?」
山谷はブルブル震えている。
「これで私を有罪にできると思ってるのか?」
「有罪?
どういう意味?」
「だから、私を裁判で有罪にできるのか?って聞いてるんだ!」
「裁判って、刑事裁判のこと?」
「当たり前だろうが。
そんなことも説明しないと分からないのか、バカが」
「バカなのは、そっちでしょ。
ちゃんと言いましたよ。
私は警察ではありません、って。
ああ、カンが悪いので100%説明しないと分からないんですね」
「あああん、なんだと!」
「私は警察でも検察でも裁判官でもない。
私は探偵です。
刑事裁判なんて興味もなければ、関係もない。
そんなのは、公務員たちにお任せします」
山谷は絶句した。
「これでいいですね」
「な、なにも良くないだろ。
じゃあ、あんたはなんのためにこんなことを?」
「え?まだ分からない?
ウソでしょ?
…
奥さん、お嬢さん。
このやり取りを見て、どう思いましたか?」
山谷は目を見開いた。
「あなた―もういいです。
よく分かりました」
「分かっただと?」
「あなた―あの時とまったく同じ顔をしているわ」
「お母さん、あの時って?」
「昔、コイツ浮気したのよ。
興信所が集めた証拠もあったのに、しらを切って。
1回だから見逃したけど、それが間違いだったのね」
「おい、いつの話をしてるんだ」
「アンタ、みっともない顔をしてた。
で、散々に変な言い訳して。
あの時とまったく一緒じゃない!」
「どこの者とも分からない興信所の浮気調査なんて、信用できないだろ」
「なに言ってるの!
忘れたの?
日本で一番信用できる興信所―鷹宮探偵事務所の浮気調査よ」
「お母さん、じゃあ、じゃあ…お父さんは…そういうことなのね」
池田さんから手紙の使い道を託された神馬さんとボク。
2人が決めた使い道は、
――家族裁判所で有罪判決を引き出す――
奥さんが下した有罪判決はともかく、娘が下した有罪判決は死刑判決と同じくらいキツイだろう。
山谷耕助被告にとって。




