第25話 追及の始まり
1月31日―
3人が入って来たので、すかさずドアの前に移動した。
まさか、安藤食品にまた来るとは思ってなかった。
これまでと変わらずこの部屋は殺風景だが、これから起こるのは、殺人犯への追求だ。
視線を動かし状況を把握する。
幸恵さんと神馬さんは、すでに後ろ向きに座っている。
テーブルを挟み、山谷耕助がこちら向きに座り、両隣にヤツの奥さんと娘さんが座った。
山谷一家3人の表情が見える、というか山谷耕助の表情や動きが見えるのが大切なのだ。
ボクの仕事は、山谷耕助の逃亡を防ぐこと。
逃亡阻止のため、山谷たちをテーブルの奥に座らせることになっていた。
少しでもドアから遠ざけるために。
そして、神馬さんに言われた通り、腕を組み仁王立ちのポーズ。
さらに、山谷を睨みつけろとの指令。
殺人犯を威嚇するために。
山谷が
「こちらは?」
幸恵さんが
「鷹宮探偵事務所の方です」
山谷は眉間にしわを寄せ
「直さんのことで話がある。
だから妻や娘も連れて来て。
そういう話でしたが、これはいったいどういうことでしょうか?」
幸恵さんは、山谷の質問を無視し
「こちらをお読みください」
幸恵さんの表情は見えない。
だが、その言葉には冬山のような冷たさがあった。
神馬さんが、3人の前に紙を置く。
3人が同時に目を通し、ほぼ同時に表情が凍り付いた。
家族だと手紙を読むスピードも同じになるのか―
こんな不謹慎なことを考えてしまった。
いけない、いけない。
山谷にガンを飛ばさないと―
「デ、デタラメだ。
社長は、こんなデタラメを信じるんですか?」
「どうかしら?」
「こんなの、死ぬ間際の人間が書いた妄想だ。
というか、池田が勝手にやったんだろ?
それを私に押し付けてるだけだ!」
「池田さん自身が社長になれると思ってた?」
「知りませんよ、そんなの」
「とりあえず、埼玉県警には手紙の原本をお渡ししました」
山谷がギョッとした。
「犯罪の可能性があるんですから、届けるのが当然でしょう。
それとも、警察にこれを見られたら困るんですか?」
今度は山谷が質問を無視した。
「2004年の犯行だと、殺人罪に時効は適用されません。
警察の立場では、放っておくわけにもいかないでしょう」
と、神馬さんが幸恵さんを援護する。
「だ、だが、証拠がない」
「ええ、そうですね。
冬眠からさめた熊が主人を食い散らしたら、何も残ってないでしょうしね」
山谷もさすがに言葉を失った。
「山谷さん、証拠が必要ですか?
私は警察ではありません。
でもね。
探偵だって、2004年に登山口駅で駅員をしてた人くらい、簡単に探せるんですよ」
ハッタリだ。
高橋さんから話を聞けたのはおキヨさんのおかげ―
だが、そのハッタリに山谷は動揺している。
「ところで奥さん」
神馬さんが急に奥さんに顔を向け、こう言ったので、奥さんはビクッとした。
「登山口の駅員さんによると、奥さんもましろさん付近に行ったんですよね?」
「ええ、行夫専務のことが心配だったので…
でも、でも…」
奥さんはかなり動揺している。
当然だ。
「奥さんは、駅員さんにどんな質問をしました?」
「え?
ええと、ええと…なんだったかしら」
小刻みに震えてしまって、頭が回転してないようだ。
「登山届じゃないですか?」
「ああ、そうだった。
行夫専務が間違って登山届をどこかに出したのではないか?
そう思ったんで」
「元駅員さんもそうおっしゃってました。
なるほど。
登山届が想定外のところに提出されてしまった。
その登山届を見つけることができれば、行夫さんがどの山に登ったのか分かる。
非常に合理的な質問です。
ところで…奥さんにもう1つ質問です」
「なんでしょうか?」
「旦那さんは、駅員さんに何を聞いてました?」
「ええと…
ああ、そうだわ。
防犯カメラのことを聞いてました」
「具体的には、なんと?」
「防犯カメラはどこに設置してるのか?―
だったかしら」
「そうですね。
元駅員さんも同じことを言ってました。
防犯カメラについて他には?」
「ええと、なんか…
秘密の防犯カメラがどうこう…
ああ。
入山口のどこかに一般人が知らない秘密の防犯カメラはないのか?―でした」
ここで娘の真実さんが、厳しい表情をした。
「奥さん、おかしくないですか?
奥さんの質問は分かりますよ。
でも旦那さんの質問は意味が分かりません。
なんで防犯カメラを」
「どこかに行夫専務が映ってたらって思ったんだ。
なにもおかしくないだろ!」
「警察がまっさきに防犯カメラを調べることくらい、誰でも想像できるでしょう?
当時の防犯カメラの映像は不鮮明だった。
となると、警察も見落としてるかもしれない。
だから防犯カメラの映像を良く調べてくれ。
これなら分かりますけど、秘密の防犯カメラってなんですか?」
「だから、私たちの知らない防犯カメラだよ」
「私たちが知らなくても、警察は知っているでしょ。
北山市役所や南山市役所が、警察に隠している防犯カメラがあると?
本気でそう考えたんですか?」
「あの時は…そう、行夫専務がいなくなって、頭が混乱してたんだ」
「どこかに行夫専務が映ってたら―ってどういう意味ですか?
行夫さんが映っていたら困る―ってことですよね?
だって、あなたと池田さんが行夫さんと一緒に映ってるから」
「あんたの言ってることは、屁理屈だ」
「私が言ったんじゃない。
奥さんの証言ですよ。
入山口のどこかに一般人が知らない秘密の防犯カメラはないのか?―って」
「それがどうした!」
2人ともヒートアップしている。
「分からないんですか?
入山口のどこかに一般人が知らない秘密の防犯カメラはないのか?―って、おかしいでしょ」
神馬さんが―入山口の―を強調すると、真実さんは小さな声で「アッ」と言った。
気づいたようだ。
「だから、なんで―入山口のどこか―なんですか?
―ましろさん付近のどこか―でしょ、普通は。
だって、行夫さんは電車で来たかもしれないんだから。
駅は?
駅の周りは?
駅から入山口に行く道路は?」
山谷は反論せず。
「そんなに不安だったんですか?
だから駅員さんに聞かずにはいられなかったんですか?
まぁ、いいでしょう。
この手紙には、冬禁山の入山口に車で行ったとあります。
駅周辺を無視し入山口の防犯カメラだけを心配した質問と、この手紙の内容って一致しちゃいますよね」
「たかが、たかが、それだけで私を殺人者扱いするのか!」
「それだけ?
随分と往生際が悪いですねぇ。
死ぬ間際になっても反省しないタイプですか?
それじゃあ、池田さんよりヒドイ」
「好き勝手言いやがって。
たった1つじゃないか。
その防犯カメラの件―たった1つだけで私を殺人犯扱いするのか!
ふざけるな!」
「なにをおっしゃっているんですか?
防犯カメラの話なんてまだ序章―プロローグ―です。
序章で素直に認める選択肢も用意したのに、その選択肢を放棄するんですね。
それじゃあ、しかたがありません。
本編に行きますか?」
「今度はどんな戯言だ?」
「駅員さんに変な質問をした―
それ以上にまずかったことがあったでしょう?
バレるの、怖くなかったですか?」




