第24話 死後の告白
神馬 明日翔様
二階堂 衛様
お二人がこの手紙を読んでいるという事は、私はすでにこの世にはいないはずです。
失礼な書き出しですが、若く、そして聡明なお二人に時候のあいさつみたいな形式は不要と存じます。
よって、いきなり本題から入ることにします。
安藤行夫専務がいなくなった件についてです。
いや、件ではない。
責任という甘い言葉で済ましてもいけない。
もし行夫専務が亡くなった理由が完全に立証されれば、私も犯罪者です。
行夫専務の失踪の話なのに、あなたたちはいきなり社長交代のことを聞いてきました。
この時点で「ああ、すべて分かっているんだな」と察しました。
いや、察しただけで、あのとき、私は何も言わないと言う選択をしたのです。
その後も質問が続きましたが、すべて答えないという選択をしました。
最後の最後まで間違った選択をして、取るべき行動を取らなかったのです。
最後の最後まで、行動する勇気を持てなかった意気地なし―
私は根っからの意気地なし―死後にしか、自分の罪を告白することができない。
私は意気地がないだけではなく、卑怯でもあります。
意気地がなく、卑怯な人間がすがったのは宗教でした。
行夫さんが亡くなった1年後、妻をひき逃げで亡くしました。
私には出来過ぎた妻だった。
意気地なしの卑怯者、そして中小企業でうだつの上がらない私に対し、なに1つ文句も言わず、いつもニコニコしてくれていた。
死ぬべきは妻ではなく、私だった―あれから何十年も経ちましたが、今でも本当にそう思っています。
ちなみに犯人は捕まってません。
犯罪者が、犯罪被害者の遺族になる―
こんな皮肉な話はないですが、自業自得です。
だが、私は自業自得な状況に耐えられず、宗教に傾倒しました。
マトモな宗教なら良かったのでしょうが、私がすがったのはまがい物の邪教だったのです。
―自分の暗黒面を認めれば認めるほど、救われる―
ただ認めさえすれば救われる、何も行動はいらない。
こんな安直な教義を本当に信じ込んでいました。
この邪教がまっしろさまという名称をひっくり返し、まっくろさまと名乗る邪教だったのも、また皮肉です。
そう、行夫専務は、まっしろさまに行こうとして亡くなりました。
並山のお稲荷さんではなく、冬禁山の湖に行こうとしたのです。
行夫専務は、どこで知ったのか、まっしろさまのことのことを私に話しました。
私が登山に詳しかったからでしょう。
ただ、行夫専務はまっしろさまについてフワッとした知識しか持ってませんでした。
埼玉県にある山を登っていくと、まっしろさまと呼ばれる湖がある。
冬にまっしろさまに行くと、願い事が叶うと地元では言われている。
行夫専務が知っていたのは、この程度です。
並山のまっしろさまは知りませんでした。
行夫専務の話がフワッとした感じだったので、私もフワッと「1人で行くのは危険だと思いますよ」と答えて終わりました。
そして、私はこのやり取りをあの男に話してしまったのです。
男の名は、山谷耕助。
私と同じ営業課でしたが、彼もうだつの上がらない社員でした。
山谷は私よりだいぶ若いのですが、ダメ社員どうしで傷をなめ合っているところがあり、2人でよく飲みに行ってました。
その日も、場末の居酒屋で並んで座り、安い酒をあおって、お互い仕事の愚痴を言い合ってました。
この時、ポロっと行夫専務にましろさんについて相談されたことを、山谷に話してしまいました。
すると山谷は「冬禁山で危険なのはどこなの?」と聞くので、知っている危険ポイントを説明。
山谷は大した興味を示すことなく、居酒屋で行われた愚痴は次のテーマに移っていきました。
数日後、また山谷から飲みに誘われました。
驚いたことに、連れていかれたのは、いつもの安い居酒屋ではなく、私のような人間が一生行くことがないはずの高級な飲食店でした。
もちろん個室です。
料金のことを心配しましたが、山谷は「いいから。いいから」としか言いません。
学がなく、頭の回転の悪い私でも、なにかイヤな予感がしました。
そして、イヤな予感は的中します。
山谷は、まずこう言いました。
「もし行夫専務がいなくなったら、次の社長は誰だろうか?」
私は黙っていました。
すると「私に社長の椅子が回ってる」などと、とんでもないことを言ってきます。
さらに「婿の行夫専務がいなくなった場合、男性の親類は私だけになる」
「いや、景一くんがいるじゃないか」と反論しました。
「景一くんはうちに入社してないし、うちよりも大きな会社に勤務している。
そこを辞めてうちに来るかな?
少なくとも奥さんは許さないだろうね」
なるほど、この話には説得力があります。
さらに山谷は話を続けます。
「栄吉社長は、古い人間だ。
能力より血筋、そして女性社長はダメ。
だったら、どうなる?
私しか残ってない。
婿の行夫専務が筆頭の社長候補なら、行夫専務の甥である私が次点の社長候補だろう」
愚かにも私は、この話に納得してしまったのです。
「私が社長になれば、池田さんのポジションも考える。ただし…」
そして、山谷はあの恐ろしい計画を話します。
行夫専務の殺害計画を。
そして、私たち2人は、その計画通りに行夫専務を殺害しました。
最初に行動したのは私です。
行夫専務に「山に詳しい私が同行すれば、まっしろさまに行けると思います」と言いました。
行夫専務が乗り気になると、さらにこう続けます。
「とは言え、私も若くありません。
不測の事態もありえます。
念のためもう1人連れて行った方がいいでしょう。
そうだ、山谷さんがいいのでは?
かなり若くて体力があるし、なにより親せきですし」
後日、3人で山谷さんの家に集まり、まっしろさまに行くための話し合いをします。
山谷が「奥さんの性格を考えると、まっしろさまに行くと知れば心配するでしょう。内緒にしておいた方がいいと思います」と言うと、行夫専務も同意しました。
幸恵さんには、あいまいに“ましろさんに行く”とだけ伝えること。
まっしろさまに行く当日は、軽い登山をするような格好で家を出て行くこと。
さらに当日は、幸恵さんから連絡が来るとめんどくさいので携帯電話をもっていかないこと。
山谷は行夫専務に次々と提案します。
若いお二人はご存じないかもしれませんが、当時は携帯電話が普及したばかりで、携帯電話を持ち歩きたくない高齢者も多かったのです。
行夫専務も仕事上やむを得ず携帯電話を持っていた感じだったので、山谷が言ったすべての提案を受け入れました。
そして運命の当日。
私と山谷は、前日から山谷の家で犯行の打ち合わせをしてました。
そこに行夫専務が約束通りに合流し、こっちで準備しておいた真冬の登山に耐えられる服装に着替えました。
そして、3人そろって山谷の車で冬禁山の入山口へ移動。
山谷は「ここには防犯カメラはないはず」と言い、電車ではなく車で移動することに決めてありました。
真白線の乗客は少なく、登山口駅から旧庁舎駅まではガラガラです。
もし、私たちの他に1人か2人しか乗客がいなければ、私たちが目立ってしまう。
だから電車は避けました。
話が脱線してしまいました。
文章を書くのが下手で申し訳ありません。
冬禁山のふもとにある駐車場に車を止めました。
もし、ほかに登山者がいた場合、行夫専務に「実際に来たら、危険なことが分かった」など適当な理由をつけて、計画は中止することになっていました。
ですが、残酷なことに、登山者は誰もいなかったのです。
登山の専門家と言う理由をつけて、私が先頭で山道を歩きました。
背後から行夫専務が「社長としてうまくやれるように、お願いをしたいんだ」と話しているのが聞こえてきます。
さすがに精神的に参ってしまい、予定よりも少し早く「この先、危険な地点があるので、安全か見てきます」と行夫専務たちから離れました。
お二人はお気づきのことと思います。
神馬さんはあえて―運命の分岐点―という表現をしてましたから。
そう、運命の分岐点を安全な地点から危険な地点にするために、先に行ったのです
右矢印が書いてある看板が、大きな木にロープで括り付けてあります。
私は、恐ろしいことにロープを登山ナイフで切り、看板を木の後ろに隠しました。
そして、だいぶ遅れて来た2人に「確認したら安全でした。左側に行ってください」と言いました。
私の役割は、ここまでです。
私が先頭で歩き続け、後ろに二人が続きます。
途中、道が狭くなり、二人並んでは歩けなくなります。
山谷が一番後ろを歩く計画です。
でも、怖くて振り返ることができません。
少し歩くと、右手に大きな岩が見えます。
細い山道がさらに細くなり、山道が微妙に左にカーブし、なにより、ここで人が落ちれば確実に死に、1月にこんな山道に来る人はいない―つまり、人を突き落として殺すには絶好の場所に差し掛かりました。
私は、できるだけなにも考えないようにして、歩き続けることしかできません。
ついに、背後から「あぁぁぁ」という行夫専務の叫び声が聞こえました。
私は見ていません。
ですが、後ろから行夫専務を突き落としたのでしょう。
山谷は下を念入りに確認してたけど、私は恐ろしくて見ることができませんでした。
運命の分岐点に戻ったとき、ロープを結び直したのも山谷です。
恐怖でなにもなにもできなくなった私を見かねた山谷は、私の自宅の最寄駅まで車で送りました。
「ここからは自分で帰って。私と池田さんが一緒にいるのを奥さんに見られたくないから」
「うん」
信じられかもしれませんが、私と山谷のやり取りはこれが最後です。
私が退職する時ですら、山谷とは口をきいてません。
あの日を最後に、山谷と話すことなく、私は死んでいくのです。
だから、ここに書いたことしか私には分かりません。
たとえば、行夫専務の軽装をどうしたのか?
うまく証拠隠滅したのだろう、としか言えないのです。
また話が脱線してしまいした。
山谷と口を利かなくなったのは自然の流れでした。
というのも、次期社長は思いがけない展開を見せたからです。
行夫専務の帰還が絶望的になったころ、1つのうわさが流れました。
―栄吉社長が有力幹部たちに次期社長を打診している―
会社組織に長く属していれば、この手のうわさが本当か分かります。
さらにショックなうわさが流れます。
―打診を受けた幹部は、誰一人として社長を引き受けなかった―
まさか―
だけど、このうわさが本当だと知ります。
ある幹部が、バカにしたように話しているのを聞いてしまったのです。
「こんな中小企業の社長なんて、やりたくない。
オーナー一族で全株式を持ってるんだから、社員が社長になったってうまみがない。
だからよほどのお人よしか、なにも分かってない無能じゃなきゃ、こんなの引き受けない」
私たちが、行夫専務を殺してまで手に入れようとしたモノが、客観的には無価値だった。
そして、次期社長は幸恵常務に決まりました。
なんで?
女性はダメじゃなかったのか?
たしかに栄吉社長は、古い考えなので女性の社長は歓迎しなかったでしょう。
だからと言って、行夫専務の甥に過ぎない山谷が社長になるはずもなかったのです。
婿自身と婿の甥、この2人には明確な差があります。
婿の行夫専務はたしかに栄吉社長と血がつながってません。
だけど、自分の人生を幸恵さんに、安藤食品に捧げたのです。
婿になるとは、そういうことです。
だけど山谷は、自分の人生を捧げたわけでもなく、むしろ能力もないのにコネ入社した。
どう転んでも、山谷が社長になることはなかった。
こんなことに気づけなかった自分が情けないです。
努力することを放棄し、勉強することを放棄し、ちゃんとした選択をすることを放棄し、適切な行動をすることを放棄した結果ですから、誰のせいでもありません。
なにより、私は臆病者で卑怯者です。
だから、自分が死んだ後しか、恥をさらすことができない。
生き恥をさらす勇気すらない。
最後にそんな人間が、死後とは言え、恥をさらす選択をしたのかを説明します。
幸恵社長から電話で「鷹宮探偵事務所の人たちに会って欲しい」とお願いされたときには驚きました。
人づての依頼を断っており、それで終わったと思ったので、何十年ぶりに幸恵社長から直接の依頼を受けるとは思ってもみませんでした。
思わず「どうして今さら?」と聞いてしまいました。
幸恵社長に聞きました。
二階堂さんも同じ質問をしたそうですね。
幸恵社長は二階堂さんにこう答えた。
―80才到達が見え始め、死について考えるようになった。
悔いを残さないで死にたい。
結果はどうなるかわからないけど、死ぬ前にやるべきことをやっておこう。
そう思った―
神馬さんは、私にこうおっしゃいました。
―池田さんは、今、運命の分岐点に立っている、立つことができている。
どこが手遅れなんですか?―
二階堂さんの質問、幸恵社長の答え、そして神馬さんの言葉―
この3つから導き出した卑怯者の答えが―この手紙を書き、鷹宮探偵事務所のお二人に託す―でした。
そうです、私は最後の最後まで若いお二人に丸投げしたのです。
なんと卑怯な―
ただ1つだけ言い訳を言わせてもらえば、自分で書いた手紙をどう扱って良いのか、分からないのです。
私が安藤食品から離れて数十年、だから現在の安藤家や安藤食品のことは分からない―とは、ヒドい言い訳でしょうか?
鷹宮探偵事務所のお二人には、みじめな老人の死に免じ、この手紙をどう使うのかを決めてほしいのです。
幸恵社長に見せても構いません。
警察に届けても構いません。
マスコミに流したり、ネットに公開しても構いません。
不要なら破り捨てても構いません。
この手紙をどうするか、お二人にすべてお任せします。
死の直前、神馬さん・二階堂さんのお二人にお会いできて本当に良かったです。
邪教の神は私を救ってくれませんでした。
ですが、本当の神は、こんな私にも救いや希望を用意してくれたみたいです。
聡明で勇敢なお二人に、そんな神のご加護があるよう切に祈りながら、駄文を終わりにします。
池田 勇希




