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第23話 最後の依頼

だが、運命は非情だった―

ここで、インターホンが鳴ったのだ。


池田さんが立ち歩き、壁に貼ってある細長の黒い紙を丁寧にどかす。

露わになった機器のボタンを押す。


「はい」

「戸田です」

「玄関のカギはかけてませんので、お入りください」


今どき珍しく、インターホンにカメラはついてないらしい。

声から男性と分かったが、顔は分からない。

だが、来客があるっていうのは本当だった。


「最初に言ったとおり、来客なので、もうお帰り下さい」


池田さんはピシャリとこう言った。


――――

玄関を出ると、ミニバンが停まっていた。

側面にトダ診療所と書いてある。

さっき玄関ですれ違った男性は、白衣だった。


ということは―灰皿があったが、さすがに医師が来るのでタバコは控えたようだ。

この点だけは、藤原さんと違ってありがたい。


「すべて終わった。

まさか、まっくろさまが池田さんの救いになっているとは思わなかった」


神馬さんは、池田邸を眺めている。


「なにしろ、まっくりさまの教えは―自分の暗黒面を認めれば認めるほど、救われる―だから。

選択も行動も関係ない。

心のなかで認めれば、それだけ救われるんだから。

これじゃ、邪教に勝ちようがない。

私の負け―完敗」


神馬さんの敗北宣言―


「できる事はもう何もない。

本当にこれが、さ(・)い(・)ご(・)。

私にとって、ごは後(あと)。

池田さんにとって、ごは期限の期」


最後と最期―


「でも、私が他人の最期(・)を、これ以上どうこう言う権利はないし」


おキヨさんは邪教・まっくろさまをこう言った。


―多くの人たちから、大切なものを奪っていく悪い奴らです―


おキヨさんは正しかった。

まっくろさまは、池田さんから大切なものを奪って行った。

しかも池田さんの最期(・)の最期(・)に。


――――

幸恵(さちえ)さんがドアの正面に座り、ボクたちはドアに背を向け座る。


神馬さんが作った報告書を読み終わった幸恵さんは

「かなりくわしく調べてくださり、ありがとうございました」

と言ってくれた。


表情は温和そのもの。


だが、幸恵さんは納得してるのだろうか?

性格が良い幸恵さんのことだ。

若いボクたちに気を遣っているだけではないのか?

だって、何も分からなかった。


「いえいえ、いいんですよ。

お二人は、警察じゃないんだから。

お二人ができる範囲のことをして下さればいいんです」


鷹宮(たかみや)探偵も、探偵業は警察・検察・裁判官じゃないと言っていた。

クライアントの要望に応える。

もし幸恵さんの要望が、後悔を残さないことなら、これでいいのかもしれない。


―二階堂くん、もう分かったよね?

私たちのすべきことはただ1つ。

安藤さんが納得する報告書を作ること―


ボクにこう言った神馬さんは、本心ではどう思ってるのだろう?


「できることはやったと、私が満足すれば、それでいいんです。

息子の景一は、もう昔のことって諦めてます。

孫の直(なお)なんて、会ったことがない祖父に興味もないでしょう」


「直さんは、山谷(やまたに)さんのお孫さんと仲が良かったんでしたっけ?」


「真実(まみ)ちゃんのことですね?

ええ、仲良しですよ。

お正月なんて、一緒に振り袖を着て初詣(はつもうで)に行く約束をしたそうです」


幸恵さんは笑顔でそう答え、このやり取りで報告書の提出は終わった。


2人で部屋を出ると、神馬さんが

「むしろこれで良かったのかも」

とつぶやいた。


どういう意味か知りたかったが、神馬さんの顔が苦しそうだったので、なんとなく聞けずじまいのまま、調査は終わった。


単なる大学生に戻らないと―


だってもう12月後半。

1月に試験が始まる。

1月中旬から1月下旬が真剣勝負だ。

なにしろ単位がかかっている。


鷹宮探偵事務所にも最後の挨拶に行くべきだろうが、そんな暇はない。

探偵助手だったことなどまったく忘れ、試験勉強に没頭していった。


――――

「戸田です」

「玄関のカギはかけてませんので、お入りください」


ずっと繰り返してきたこのやり取り。

だが、今日は気が重い。


またあの質問をされるだろう。

だが、今日は正反対の答えを言わなければならない。


廊下を通り、部屋に向かう。

いつもの部屋に入るため、ドアノブを引くと―これは驚いた。


壁がちゃんと見える。

細長の黒い紙がすべて、剥がされていた。


驚きながら、椅子に座ると、いつもの質問が来てしまう。


「戸田先生、タバコを吸っていいですか?」


池田さんから頼まれていた。

―死ぬことが確定したら、喫煙を許可してください―


なんとか年は越せるだろうが、1月の中旬、長くて下旬が限界。


医師の倫理としては、喫煙を許可すべきではない。

だが、1人の人間として、余命1ヶ月の人に禁煙を強いることは間違ってるように感じた。


「池田さんの判断に任せます」


「ありがとうございます」

と言うと、池田さんは立ち上がり、うしろのタンスに向かって行った。


視線をテーブルの灰皿に移す。

タバコを取りに行ったんだろう。


だが、池田さんは2封の封筒を持ってきた。

1つは大きい封筒、もう1つは縦長の小さい封筒。


「もう死ぬまでタバコは吸わなくていいです。

だけど、戸田先生に1つだけお願いがあります」


「なんでしょうか?」


「私が死んだあと、郵便局に行って郵送してもらいたいものがあるんです。

一般書留で」

と、池田さんは大きな封筒を掲げた。


こっちが裏面なので、郵送先が見えない。


思わず戸惑っていると、

「最期(・)は、先生の言う通り、病院にでも施設にでも行って、誰にも迷惑が掛からないようにします。

ですので、ですので、私が死んだあと、すぐに、本当にすぐに、これを一般書留で郵送してほしいんです」


一般書留ってことは、紛失防止なのだろう。

池田さんにとって、かなり重要な事らしいが、話がわからず、安易に引き受けることができない。


「もちろんお礼は致します。

費用込みになってしまい、申し訳ありませんが」

と、小さな封筒を差し出される。


「なんですか?」


「10万円です」


驚いて封筒を開けると、お札(さつ)がパンパンに入っている。


「ぜひ、受け取ってください。

その代わり、絶対にこれを郵送してください。

私は、この国の郵便システムを信用しているんですよ。

宛先にちゃんと送ってくれる。

そして、秘密は守ってくれる」


「憲法で保障された通信の秘密ですか?」


「さすが先生は、私と違って学(がく)があります。

きっと、難しい言葉では、ナントカの秘密って言うのでしょう。

私には、その辺のことは分かりません。

郵便局の人が、中身を盗み見することなく、ちゃんと宛先に届けてくれる。

そう信じているんです」


「しかし、私は医師にすぎないので…」


「私には、身寄りがいません。

こんなことを頼めるのは、戸田先生しかいないんです」


池田さんに子どもはいない。

奥さんは、かなり前に交通事故で亡くなったと聞いている。

しかも、ひき逃げ事件で犯人は捕まってないはず。

池田さんは犯罪被害者なので、断りにくい。


「しかし、宛先も分からないのでは引き受けようが…」


「ああ、そうですよね。

気づかずに失礼しました」


こう言って、池田さんは封筒を差し出した。

宛先を見ると―


〒170-6020

東京都豊島区東池袋3丁目1-1 サンシャイン60ビル20階


株式会社 鷹宮探偵事務所

神馬 明日翔様

二階堂 衛様


私でも知っている、日本で最も有名な探偵事務所―

鷹宮探偵事務所だった。

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